第5話 嫌疑と覚悟

 振り返れば、洞窟の入り口の剥き出しになった岩肌に背を預けて立っている少年が一人。

 俺やテコナと年は変わらないだろう、十代半ばか後半ほどの男だ。おっさんたちと似たような格好をして、黒々とした長い髪はテコナと同じように三つ編みに結ってある。俺ほどではないにしろ、背丈は高く、日に焼けた浅黒い肌をして、美丈夫、とでも言えばいいのか、目鼻立ちは整って、その面持ちは悠々として頼もしい。すらりとした体つきは華奢なように見えて、露わになった二の腕や首筋はぎっちりとして逞しく、筋肉が詰まっているのが目に見えるよう。無駄な肉を剥ぎ落とし、鍛え抜いた筋肉だけ残したような……その細身に隠された肉体美が垣間見えるようだった。


「何を言うのだ、エイシ?」


 テコナは俺の手を離すと、ずいっと俺とそいつの間に割って入ってきた。


「酒呑童子様に祈りを捧げて目を開いたら、こやつが鬼門の前に現れていたのだ! 鬼でないなら、なんだと言うのだ?」

「どっかの國の間者だってことも考えられるだろう。お前が十六になる今日、この洞窟に酒呑童子様に祈りに来るのは、都にだって知れ渡っている。よその國にだって知れてるさ。考えたくはないが、この場所もすでに暴かれてる可能性もある。昨夜からこの洞窟に忍びこみ、ころ合いを見計らって出てきただけかもしれない」


 鬼じゃない、と気づいてもらえたのはいいが……間者、てスパイのことだよな? そんな疑いをかけられたら……やばくね!? 拷問とかされるんじゃ――。

 ぞっと悪寒がして、咄嗟に「そんなわけ……」と否定しようとした俺の声をかき消すように、


「そんなことがあるわけないだろう!」とテコナが叫んだ。「祈りは捧げたんだ。もし、仮にこやつが間者だったとすれば、別にもう一体、鬼が現れるはずだ!」

「それは……」とエイシと呼ばれた男は、急に勢いをなくして黙り込んだ。


 痛いところをつかれた――みたいな。

 その瞬間、それまで、お祝いムードだったおっさんたちの間にも嫌な空気が立ち込めるのが伝わってきた。ちらりと視線で何やらやり取りをしている。

 テコナも黙り込み、その背中は心なしか震えているようにも見えた。やがて、「お前もか」とぽつりと言うテコナの声は、悔しそうで寂しそうな……そんな落胆に満ちたものだった。


「お前も……他の者たちと同じか。私が酒呑童子様に認めてもらえるはずはない、とそう思っていたのか? 私のような軟弱者に、酒呑童子様は鬼を授けてくださるはずはない、と……だから、キジマコータローが鬼ではない、と疑ってかかっているのか?」

「それは……違う!」と血相変えて、エイシは否定した。まるで浮気を疑われている彼氏のような必死さだが……。「俺はただ、そいつがどう見ても鬼じゃないから疑っているだけだ!」

「何を言う!? 見よ、この上背に、逞しい胸板! そして、鋭利な刃のごとき眼差し! これが鬼でなければ、なんなのだ!?」


 ただの、強面の元高校球児っす……と、言えるわけもない。

 むうっと俺は口をへの字にして、なんとも渋い気持ちになりながら立ち尽くした。


「確かに、キジマコータローは鬼とはかけ離れた姿をしているし、鬼としての記憶もなくしているようだが……」

「怪しすぎだろ!」とその重大事実を聞き漏らすはずもなく、エイシはすかさず食いついてきた。「記憶がない、て……明らかに、間者ではないか!」

「怪しくない! キジマコータローは正真正銘、テコナの鬼だ! それとも……エイシ、お前は次期頭首である私の目を疑うというのか!?」

 

 まるで、鶴の一声。その一言は、一瞬にしてエイシを黙らせた。悔しさをその端整な顔立ちににじませつつも、エイシはぐっと閉口した。

 それに満足したようにテコナはふうっと息を吐き、ぐるりとおっさんたちを見回した。


「キジマコータローが稀有な鬼であることは私も認めよう。お前たちの中にも疑っておる者もおるだろうが……私が保証しよう。このキジマコータローは酒呑童子様より賜った鬼だ。もし、これが鬼でないと分かったときには、私は次期頭首の座を譲り、責任を取ってこの國を出よう!」

「え!?」


 思わず上げた声はエイシや他のおっさんたちと綺麗に重なった。

 ちょっと、待って。俺が鬼じゃなかったら……なに? この子が國を出る……!? なんで……なんでそんな話になってんだ!?


「そこまでの覚悟がおありならば……何も言うまい。信じましょうとも」ふいに、一番年上だろう、真っ白な長い髭を三つ編みに結ったじいさんが、「よっこらせ」と片膝を地に着き、陽の光を煌々と反射する禿げ上がった頭を見せつけるように首を垂れた。「ようこそ、アシハラへ。歓迎しましょう、キジマコータロー殿」


 年長者にそんなことをされたら、従うしかない……というのはどこでも同じようだ。じいさんに倣うように、他のおっさんや、エイシまでもが次々に片膝ついて、俺に頭を下げだした。

 ホッとしたような、満足げな笑みを浮かべるテコナの傍ら、頭を下げる屈強なおっさんたちに囲まれて、俺は滝のように流れる冷や汗を背中に感じつつ、頰を引きつらせていた。

 もう、笑うしかないよな。この状況……。

 鬼じゃないと知れたら、テコナは國を追われ、俺は間者の疑い賭けられ拷問必死。

 ダメだ。詰んだ。鬼じゃないなんて、もう絶対、言えねぇ……!

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テコナの鬼 立川マナ @Tachikawa

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