サイボーグは生身の夢を見るか

砂鳥 二彦

本文

 生身があるだけで人は幸せになれる。


 俺はそんな広告を暗い路地から見て育った。もうその頃から両手両足は機械の身体、サイボーグに変わり、汚い仕事を請け負っていた。


「だけどいつか俺も……」


 そしてその願いはついに叶った。俺は星間採掘事業で大山を当て、大金持ちとなったのだ。


 今はこれから身体を生身にするため、手術を受ける病院へとスーパーカーを飛ばしている最中だ。


 ああ、俺はなんと幸せ者なんだ!


「それでも、生身は羨ましいとは思いませんよ。デイジーさん」


 助手席にいるのはガリアという、脳以外のほとんど全身をサイボーグにした貧乏人だ。ボディーガードとして腕が立ち、頭もなかなかいい。育ちが良かったとは聞いたが、なら何故サイボーグなんだ? ワケが分からない。


「どうしてだ? ガリア。生身ほどいいものはない。そもそもお前は身元を証明する目玉(めんたま)や手足の指までサイボーグ化しちまっただろ。それでどうやって生活するんだ?」


「生活するだけならデジタルパスポートだけで十分です。情報は機械化(サイバネ)脳にインプットされているので、命さえ取られなければ生活はできます」


「脳まで機械とはイカレタ話だな。どうだ? ついでにお前も生身を取り戻さないか? 金なら余りあるほどあるぞ」


「……遠慮しておきます。デイジーさんを守るのにもこの機械の身体は必要ですし。他にも生身より頑丈なうえ、コストも低いのです。そして何よりもこの身体には愛着がありますから」


「ブッ。生身ならともかく機械に愛着か、お前は変わった奴だよ。まったく。生身は良いぞ! なにせ食欲がある。内臓までサイボーグにすると、液体燃料か固形燃料しか食えない。まだまだあるぞ!」


 俺はアクセルを踏みっぱなしにして、どんどん愛車を加速させる。どうせ運転も今日限りだ。生身だと事故で死ぬのが怖い。これからは交通機関も使わずに自宅で悠々(ゆうゆう)独り暮らしだ。


「生身には触感がある。温かさやつめたさが感じられる! 今まで俺達は人の温もりなんて残された生身の部分でしか感じられなかった。それもそのはず、敏感な指先は物心ついたころからなかったからな」


「しかし生身だと火傷や凍傷もあります。危険では?」


「馬鹿か? 安全もコストも、金持ちの特権だ。それをカバーするための金だ」


 ガリアが要らない忠告をするも、俺は構わない。それくらいの制約くらい、今までの苦労に比べれはなんてことはないのだ。


「生身はいいぞ。自分で呼吸できるんだ」


「それは逆に窒息する恐れがあるのでは? 水場やガス地帯ではリスクが増しますよ」


「そのくらい承知の上だ。それに生身はいいぞ。小便や大便ができる」


「それは逆に汚いのでは? サイボーグなら余分な排せつ物は少なくできますよ」


「そのくらい承知の上だ。それに生身はいいぞ。普通の食事ができる」


「それは逆にお金がかかるのでは? 摂取型の燃料でも味や食感はプリントできますよ」


「そのくらい承知の上だ。しかし、さっきから反論が多いな。俺が生身になることに不服か?」


「いえ、そんなわけではありません」


「ならどうしてだ? はっきり言え」


 デイジーは少しためらった様子を見せてから、正直に答えた。


「では言わせていただきます。デイジーさんは今のままでいいと思います」


「何故だ? それは願いか、それとも根拠があるのか?」


「根拠はあります。デイジーさんはガイア仮説というのを知っていますか」


 ガリアは急に難しい話をしはじめた。だが俺も大人だ。それくらいの野暮ったい話にもついていってやる。


「ガイア仮説とは星を1個の生命体としてみる仮説です。詳しく言えば、星と生物の相互関係の『恒常性(ホメオスタシス)』なのです」


 ガリアはその後も言葉を続けた。


 星と生物との相関関係には一定のバランスがあり、多種多様な生物と星の環境で星そのものが保たれているというのだ。


 つまり星の環境、それこそ大きさだったり銀河の位置が変われば、住んでいる生物も変わる。逆に生態系が変われば、星の環境などが変わってしまう。


 ガリアが言いたいのはどうやら後者のようだった。


「現代は人の機械化や技術の発展で、星は大きく変わりました。それこそ機械の身体と最新技術がなければ生命が危ないほどにです」


「ほーん。お前が言いたいのはこの星に住む最適な身体はサイボーグであると言いたいのか」


「そうです。私はその理論に基づき、家を捨て、身体を捨てました。それが最適だと思ったからです」


「なるほど、そうなると俺がしようとしていることはお前にとって正反対なことだな」


 確かにガリアの言う通り、この星の環境は砂漠化や氷河期化、酸性雨や自然災害により生身で外に出るのは危険が多い。


 長い年月を見据えれば、この星の環境の悪化は進み、より人の機械化は進むだろう。


「だが俺はサイボーグのままでいたくはない。いや、生身になりたいんだ」


「……そこまで決心が固いのですか?」


「何せ俺が働きだしたのは、自分の身体を生身にするためだったんだ。親の稼ぎで手術代は稼げない。だったら、俺が俺のために稼ぐ。そのためだけに働いてきたんだ。今更、この惑星の事情で俺の夢は変わらないよ!」


「……分かりました。デイジーさんの生身の身体は私が守ります。存分に夢を叶えてください」


「おう、言われるまでもないぜ」


 俺は病院の駐車場にドリフトで入り、車を止めた。


「じゃあ行ってくる。最新技術で手術は4時間足らずだ。どこかで暇をつぶしていてくれ」


「分かりました。手術の成功を祈っています」


「はっはっはっ。縁起でもねえや」


 俺は愛車から降りると鍵をガリアに渡し、白亜(はくあ)の城へと乗り込んだ。




 俺の夢は叶った。手術は成功。これで夢の生身の生活だ。


「しかし歩きにくいな。生身の脚だとこんなに疲れるのか」


 俺は麻酔から目覚めて病室から抜け、外観と同じ白い廊下を歩いていた。


「腕も重いな。肩も背骨も機械化していたからな。この疲れも贅沢の1つか」


 病院を出る途中、廊下ですれ違った看護師が俺を見て小さな悲鳴を上げた。よほど全身生身の人間を見るのが珍しかったのだろう。


 俺は看護師に「ごきげんよう」と手を振ってやると、看護師は引きつった顔で手を振り返してくれた。


  やはり生身は良い! 歩くたびに風を感じ、消毒液の臭いさえさわやかに感じる。足の裏で感じる無機質な病院の床は涼しく、心地よくさえある。


 俺は腕を広げると、両腕がクジャクの羽のように展開する。ピノキオのように高い鼻から息を吸い込み、吐く。その度に窓際のカーテンが揺れ動いた。


「オプションで肺を2つにしたのは正解だったな。この肺活量、よいではないか」


 俺は自分の胸に手を当てる。そこには鼓動があり、手を押し返すほどの脈動がある。


 心臓は大きな身体を維持するために4つも埋め込んだのだ。これならどんな激しい運動にも耐えられる。


 俺は病院から抜け出し、正面玄関のすぐそばに愛車のスーパーカーを止めていたガリアの元へ向かった。


「戻ったぞ。暇な4時間何をしていた?」


「……!? デイジーさんですか?」


「おう、ずいぶん体格が変わったからな。見分けられなかっただろう」


「そ、そうですね。しかし噂に聞いていましたが、それが富裕層に人気な多体手術ですか」


「入れられるオプションは一通り入れたからな。身体はかなり調子がいいぞ」


 俺は両手合わせて6つの腕を大きく振り、4つの脚でアスファルトを踏みしめる。


 5つの耳はガリアの声も、病院内の声もよく聞こえ、6つの目玉は周囲を余すことなく観察できた。


 1番の自慢は10本ずつの指だ。これならどんなものでも細部まで触って確認でき、細かいものでも持ち上げられる。繊細さは機械にも負けず劣らずだ。


 ただ残念なのはこの身体に会う服が病院にはないことだ。仕方なく俺はタンクトップに半ズボン、はだしの状態で外に出たわけだ。


「さて、自宅に戻ろうじゃないか。問題は身体が入るかどうかだな。その時は多体者専用タクシーでも呼べばいいか」


 俺は意気揚々と愛車の後部座席に乗る。どうやら身体は入るし、座るのも可能だ。問題は無し、順次完璧だ。


「では車を出しますね」


「ああ、ただし安全第一にしてくれ。今の身体は機械ほど頑丈ではないからな」


 俺は走り出す車の中でこれからの生活を思い浮かべる。


 つい最近買った屋内プール付きのマンション最上階。セキュリティは万全で、医療設備も完備している。バーやカジノには直通だし、ショッピングも楽しめる。


 ではまず何をしよう。何から始めよう。何をすべきか。


 一先(ひとま)ず女だ。これまでは安宿のばあさんしか相手にできなかったし、新しくてみずみずしい若い女の方がいい。それもとびっきり美人の!


 俺がそんな想像をしていると、重要なことに気付いた。


「ガリア、大事な忘れ物をしてしまったぞ!」


「どうしました? 何を忘れたのです?」


 ガリアはバックミラー越しに俺を見て、戸惑(とまど)った様子だった。


「1番大切な性器の再接着を注文し忘れちまった。俺の大事な部分がない!」


 俺はそう言って高笑いをした。


 そんな俺につられたのか、ガリアも大笑いをする。俺よりも大声量なくらいだ。


 ああ、本当に生身とは最高だ。

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