0870

奈良みそ煮

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 ピピッ

 

「ねえ、何やってんの。早くしないと置いていくよ」

 改札機の先で、普段の交通手段が自転車の俺を急かす奴は学校内でもよくしゃべるクラスメイトの女子だ。

「分かってるって、ちょっと待ってろよ」

 改札横の券売機で目的地までの料金を調べ、財布から280円を流し込んだ俺は聞き馴染みのない機械音声のお姉さんの案内の後に受け取った切符を慣れない手つきで改札に通す。


 カシュッ


 小気味のいい音とともに排出されたそれを目的の駅まで大切にしまおうとしていると、

「今どき珍しい人もいるのね。ちょっとそれ貸してよ」

 華麗な手つきで奪い取られてしまった。

 俺の切符をまじまじと眺めていた彼女は、急にニヤつき始めると、妙なことを言いだした。

「ねえこれさ、あたしにくれない?」

「何言ってんだよ、それじゃ俺が改札に通れないじゃないか」

 こいつは俺を駅に閉じ込めるつもりかと訝しんでいると、あははっと笑いながら答えた。

「ちゃんと駅員さんに言えばもらえるわよ。ほら、電車も来たし、行こ?」

 交通系ICカードが主流になっている今ってやっぱり切符は珍しいのだろうかと、到着した電車に乗り込みながら考え込んでいた。

 どんどん便利になっていけばその分、忘れ去られていくものも多くなる。

 俺以外の駅を利用する人間はみんなそうだったから、こういった慣れないことに心がワクワクした俺としてはちょっぴり寂しい気もした。

 だからか、切符を欲しがるのも記念としてと思うとアイツの気持ちも頷ける。

 まあ、アイツの事が気になっている俺としてはもうちょっとマシなプレゼントを送ってあげたいところでもあるのだが。

「ねえねえ、さっきの切符見せてよ」

 俺の言いたいことが顔に出ていたのか、俺の切符を要求してきた彼女にそれを手渡すと、切符の端を指さしてこんなことを言ってきた。

「ほらここ、四桁の数字があるでしょ。ここの両端の数字が同じの切符は『両想い切符』って言って、好きな人との両想いの確率が真ん中の二つの数字の確率と一緒なんだってよ。つまりさ……」

 途端に顔を赤めながら、

「……これだけ、アタシは好きってこと」

「……お、おう…………」

 やっぱり、この切符をあげるのは断ろう。

 流石に初プレゼントが切符じゃ男が廃るからな。

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0870 奈良みそ煮 @naramisoni

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