35話 知識とは暴力なり

久しぶりに見た彼は、同一人物とは思えなかった。

髪色も、瞳の色も違う。でもそれでも彼が持つ特異な雰囲気だけは変わらない。

一瞬の緊張は、生命の危機のためだ。

このまま殺されるのではと息を詰めた私は、持った紅茶のカップをはしたなくも音をたてて落としていた。

ガチャっと嫌な音がよく響く。


「っ!」


「こら、突然そうやって人の後ろに立たない。」


場違いな言葉と共に、彼の頭の横に銀のプレートが飛んだ。

それを何の気なしに音もさせず受け止める事もさることながら、それを投げたのがジェインであることにも驚いた。

ジェイン君が注意するのをふっと顔を背ける事で拒絶する姿はまるっきり子供の仕草だが、どんなやり取りなのか。


そう言えばこの人たち、何気に年下だった。

そう思い出した後にやはり変わりに変わった姿を擬視してしまった。


「あの・・・」


「ほら、ご挨拶しろ。お前のその無駄な背と無駄に威圧的な態度が問題だと父上にも言われたばかりだろう」


そう兄に言われて静かにため息を吐く姿はゲームのスチールのままだ。


「お久しぶりです、伯爵。このような姿であなたの前に居る無礼をお許しください。ギルベット家が第二子、ヴァン・ギルベットでございます。」


言葉と共に見事な騎士の礼をくれる彼。

驚きに固まった私は、ただただ彼を見つめる事しかできなかった。

いやだってゲームの中の彼とは別人なのだ。

声だけが本人ってことに違和感しか感じない。


「っ・・あの、ヴァン様でお間違いないでしょうか?」


そう聞き返すと少しだけ嬉しそうに笑う彼に私は、やっと彼が間違いなくヴァン・ギルベットであると認識した。


「その・・その髪と瞳は?」


そう言葉にすると彼は、嬉しそうに頭を上げて、ほほ笑む。


「私も、またギルベットですので」


そう笑うと兄を見てしてやったりと笑う。年相応というよりも幼い印象を受けたが彼のその言葉の意味を理解することが出来ないでいると今度はジェイン君の方から淡い光がしてそちらを見る事になった。


視線を向けた先には、第一王子と同じ髪、瞳の色をしたジェイン君が私を見て微笑んでいた。


「伯爵でもご存じなかったようですね」


そう言われても状況がつかめずにいると次はルクス王子から言葉がかかった。


「・・ギルベット家が代々王家に仕えているのはこの力のおかげなんだ。」


「それは・・影武者という事で間違いありませんか?」


そういうと彼は、どこか諦めたような微笑を浮かべて頷いた。

この世界には魔法が存在するが、まさか自身の瞳の色も、髪の色も変化させられるなんて知らなかった。


「その・・魔法師の血筋とは聞いておりませんでしたが」


「魔法というか、どっちかというと治療師が使う魔法に近いですね。自身の体内にある色素を操作するので」


遺伝することがあまりない魔法師としての力を代々受け継いでいるというのは、にわかに信じがたい事だった。


「その・・・」


「うん、お察しの通り国家機密の一つだよ、ギルベット家は、代々この能力で王家に仕えているんだ。まぁ、直系に受け継がれなかった時のためと他家にこの能力を知られないために多くの制約をもってるけどね」


やっぱり・・そうですよね、王子。と納得したがそれをなぜこのタイミングで私に暴露する理由がわからなかった。


「君が言っていた亡命をするために君に明かしたんだ」


「ルクス王子、あの、えっえ?」


このタイミングでそういう事を言うかな。

そう思いながら、ジェイン君とヴァンを見て私はもう一度王子に視線を戻した。


「君がその身をもってとそう告げた時には、必ずこうすると決めてたから」


そう彼が告げた後、ヴァン家の二人が私の両肩に手をのせた。

そして次の瞬間に私の全身が淡い光に包まれた。


体全体に染みわたる暖かな力に驚きながらも、動けずにいる。

なにをされているのかわからないからだ。

時間にして数秒だった。


「っ何を?」


と頭を傾げた時、自身の目に映った髪が鮮やかな藍色に染まっているのを目にする事になった。


「うん・・・・やはりシルヴィアはどんな姿でも美しいね」


スッと目の前に手が伸びてくる。一房だけ脇に流していた髪を捕らえられた私は、彼がそのまま私の髪に口付ける姿をガン見してしまう事になった。


うん・・様になりすぎる仕草に頬が熱くなったが、必死に冷静を保つ。

ここで、負けるな私の理性。


「・・・でも君の瞳は紫藍が一番だな」


そう言われましても・・・現在鏡のないこの状況で自分の容姿がどうなったのかも確認できない。

このままではいけないと状況を理解するため、私は静かに息を吐く。

深呼吸は大切だ。


「ルクス様・・・、お話が読めません。あなたは私に何をしろと?」


「君がもしも、自身を交渉の台にあげた時は、そうしてくれとそう君の父君と約束したんだ。そして君は陛下に告げた。もしもの時は自身を使って交渉するとね」


そう言った彼の瞳が揺れている。


「殿下?」


「ルクス様、伯爵が戸惑ってます。ちゃんと最初から説明してあげて下さいよ」


そう切り出してくれたのはヴァン様だった。

助かります。


「・・・そうだね、まず何から話したらいいかな・・」


「時間ならあるだろう。第二執務室にはさっき言づけたし・・俺が足りない所は俺が補足するからさ。なっルクス」


「こら、ヴァン、ルクス様に向かってそんな言葉遣いを」


「いいよ、ジェイン。お前も戻してもいいし」


「っ・・・伯爵・・ご無礼をお許し下さい。そして決して後ろを振り向かぬようにお願いします」


そうジェイン君が言って私の横にやってくると後ろにいたヴァン様に何かしらして再び元に戻った。


その間数秒だが後ろを振り向く勇気が出ない。


うん、だってつい数瞬前は、無音だったのに風を斬るような音のあとにヴァン様の呻き声しか聞こえないから。


「・・相変わらずだな、ジェイン」


「王子もあまり甘やかすとハークライト様2号を生み出されますよ」


「っ・・・・わかった」


色々とツッコミどころがあったが全て聞き流さないといけない気がする。

不敬罪とか・・色々ね。


「君から内政を継いだ途端に色々と面白い事があってね、その処理に随分と手間取ってしまって・・レムソンの事は君に一任させてしまってすまなかった。・・あとハークライトを離宮に隔離するのももうそろそろ限界でね。だが下手に地下牢につないだりすると旧制家共がうるさい。」


困ってしまうね。と続いた言葉の後重いため息が落とされた。


「色々とは?」


「そうだね、そこにいるヴァンがハークライトに同行していたから、僕も安心してたんだ。それがまさか随分とその・・・・・妄言を民に吹聴したようでね。その収拾に国中を廻る事になったんだよ。後、御子様に対する色々な間違いを正さないといけないんだ」


おっと、思わぬ事を暴露された気がする。そして妄言ってなに?聞きたくないですけど教えてください、ルクス様。


「まぁ、その内のいくつかは、本当に実行に移さないといけない状況にまでおいこまれていてね・・・無計画にも程があるモノをどうにか形にするのに時間がかかったんだ」


「妄言っていうのは、失礼ですよ。ハークライト王子は全て本気で実現しようとしてましたから」


そうジェイン君が微妙なフォローを入れるがそれは、なんだろう火に油でなく爆弾を投下するようなものだと思う。


「妄言って・・その孤児院の寄付とかですか?」


「いや、それはまだ実現可能だし、現実問題それは既に施行する。ただ・・ネンキン制度とかあとは全国民の医療費を王家が負担するとか・・他国からの侵略をさせない、しない・・自国の軍を廃止するとか・・・ゼッタイ平和主義ってなんだよ、ふざけんな。・・・うん、なんていうか色々とやらかしてくれたんだよ。」


あぁ、あれか、となんとなく理解できた。あと心の声が漏れてます王子。

流石御子様・・・何も言いませんが・・いや心の中で言っておこう。ここは日本じゃありません。


戦争という概念がないもんね、流石だなぁ。


神官庁の人間は、御子様を祀り上げる事で自身の地位を上げようと画策していた。簡単に言うと彼女を神聖に祀り上げる事によりそれを召喚した自分たちはより敬われるべきだという事を民に示したかったのだが、随分と極端な事案を出している。


「ハークライト様は実現が出来るとおっしゃいました・・が合言葉なんだよ」


ハークライトがそれを助長した理由は、自身の妃に彼女を据えたいからだろうが、それを利用したまわりのおかげで現在色々と問題が起きている。


「民の不満が神官庁に向けばまだいい。だが矛先は御子様に向かっているよ。自分達は御子様の願いでたくさんの援助と献金を行ったのになぜとね」


「もう・・・ですか」


思っていたよりも早く事態は悪化の一途を進んでいるらしい。


「ヴァンからの報告で、御子様の今後を神官庁に任せられないと思って、新興貴族の中から色々と見繕っていた間にレムソンとの交渉の場が持たれてた。・・・僕の婚約は元々破棄される事はわかってたんだけど、ハークライトがあそこまで バカとは知らなくって。本当にすまなかった。」


頭を下げる王子に慌ててそれをやめさせる。


「王子、頭をお上げください」


「君の侍女に手を借りて、他に何をしたか聞き出せたが・・なんというかその・・・あれを廃嫡しても問題が出てきてしまって・・」


うん、よかった。マリーだけの判断で自白剤を盛ったんじゃないのか・・・。でもルクス様、弟に自白剤を盛るってどうなんだろう。


「まず頭を上げてください。・・・その廃嫡でもぬぐえぬ問題って」


怖くて聞きたくない内心を何とか奮い立たせて言葉を紡ぐと目の前で王子の持つ紅茶がこぼれて行く。


「っちょお・・ルクス様っ?」


「王子、こぼれてる。兄さんっ」


見事な連携で布巾が飛んで、ジェイン君が布巾を受け取り的確に王子の紅茶が処理されていく。熱さを感じないほどのショックってなに。


「・・・すまない。・・・まず、僕の知らない所で随分と勝手な約束を取り付けてるんだ。ヴァンに聞いたものを合わせても、現在の国庫の数倍は掛かりそうなものばかり。水路の開拓、諸外国との国境における魔獣退治、平民への教育布教と孤児院の新設までは、まぁいい。だが新な神殿の建設と貴族の私財を全て報告させ国の管理下に置くとか、商業ギルドを国営にするとか、税を一律化するとか、無料の娯楽施設を作ったりとか・・本当に本当に本当にバカだった・・・」


うん・・お見事。

流石王子、既に計画書としては読んでいたからそう驚かなかったけどね。


「もしかして・・そのどれかに王家の印でも押してましたか?」


いや、ない。それはないだろうと思いながらも聞いてしまったのは、それがゲームのスチールというものに出て来たことを思い出してしまったからだ。


「・・あぁ」


ゲームの中では御子様を助けるために隠し持っていた王家の印を押して関門をぬけていたシーンはなんというか、ちょっといや、かなり問題だろうと考えていたが、それでもヒロインが助かるには必要なものだったために全て無視していた。

各領に据えられた関門は、たった一つの印章だけは拒めない。


「・・・その印に効力を持たせないための廃嫡ではないのですか?」


そう、王族として生まれた時に各々が持たされる王家の印は、廃嫡や崩御後であれば、無効となる筈だった。


「王家の威信が全て地に落ちてもいいと思ったが、あのバカが三連同盟に関与する書類に勝手に自分の印を押したらしい。向う2年は更新はない。」


なんですかねぇ。

絶望的っていうか、詰んだ。


ちなみに三連同盟とは、国の全ての商業ギルドと魔法師ギルド、公的文書には明記がないが傭兵ギルドもまたこの同盟に加入している。


簡単には、商業ギルドでは、特に多いのだが、各国のギルド間での問題は、すべて国が間に入るというものだ。


「ハークライト様がなぜそんな書類を?」


そんな重要な書類を持ってこられた記憶ないんだけど。そう、陛下と王子の元に届く書類の内、私が目を通さないものなんてない筈だ。しかもそんな重要な書類なら記憶に残っていてあたり前だが、どんなにシルヴィアの記憶を探っても、そんなものが手元に来た事なんてなかった。


「バカが、旅の途中で立ち寄った時に勝手に印を押したらしい。しかも新に項目がつけたされていた。」


ついに王弟をバカと呼び始めたルクス様に同情するように、ジェイン君がその背を叩いた。


そう、この三連同盟の内容は、2年事に更新する際にギルドが出してくる要求を一つ叶えるという特別な処置がとられる。


ちなみに一昨年は、各領に入る際の荷物検査の簡略化が書かれていた。


物流の流れを確認するために行っていたのだが、確認に異様に時間が掛かるから申告制にしてくれとあった。


武器や武具の密輸や物流の偏りなどが意図的に行われたら困るのでその案は却下して、各領の物価によって値段の変化が大きい品物を一部関税の撤廃をした。


「此度の案はなんと?」


「そんなに重大ではないが・・そのギルドに属する人間が此度の奇病を患った際には優先して治療を受けられる事と後遺症やその後の生活を国が支援する事が丁寧に書かれていた。」


なんだ、よかったとそう思った瞬間に嫌な予感が胸に過ぎった。

それを口にしょうとした時には、後ろから声が掛かった。


「その条件が意図して民に歪められて伝わってる・・ギルドに所属したものしか治療を受けられないとか、国が支援をするのは国にとって有益であるものだとか。それとここ最近はアカリ様が治療院を巡回することを辞めてただろう。それがタイミングよく重なった。」


そりゃあ、これ以上とんでもないことをしないようにと、レムソン国の公爵様のお相手をさせてたしね。


「えっ・・それにしては期間が短いような」


「あぁ、伯爵が投獄される前ぐらいからさ、神官庁が彼女の行動を制限していたんだ。まぁ、お布施の多い地域にばかり巡回させてた感じで」


おっと・・・それは初耳です。ヴァン様。そしてなんでそんな面倒そうな感じで言うかな。


「俺は言ったよ。同じ所ばかり周っててもしょうがないって。でもアカリちゃんってさ。素直なんだよ。」


またきてねって言われたからって理由だけで行く場所が重なっても気にもしてなかった。

そうヴァンが続けたあとに布巾が再び今度はさっきとは違って目視できるギリギリの速さで頭上を跳んだ


ジェイン君が素敵な笑顔です。


「お前のその無駄にデカい態度でアカリ様に助言すればいいんだろうが、何故っ」


「っ無駄だって。俺はあの頃はハークライト様の傍にそうそう居たくなかったから」


殴っちゃったしと再び続いた言葉に驚いて振りかえれば、顔面に布巾を叩きつけられたままのヴァン様と目があっていたずらっ子のようにベッと舌を出された。


「とにかく、アカリ様の後見が決まったのはラッキーだよね。俺、流石にアカリちゃんを暗殺すんのちょっと嫌だったし」


そう続けられた事に息を吞んだのは、私だけだった。


























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終わりから始めましょう -女伯爵は事後処理中ー  @124KOISI1

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