34話 戻ることのない時間

時に人は自身ではどうにもならない問題に打ちひしがれる時がある。


目の前のその人もまた、国王という地位を持ちながら、その問題を他人よりも多くもった人なのだ。

豪奢な椅子はその重厚さで彼の責任を目に見えるようにしてくれているとも思う。

第二王子の婚約者であった頃、この人を父と呼ぶ日を楽しみにしていたのだ。

そう口にすることは、もうできないが。


「・・・バーミリオン伯、貴殿の考えをもう一度言ってくれぬか?」


素敵なバリトンが絶望に彩られても、私はただ淡々ともう一度同じことを告げる。

それが臣下であり、外交を任された私自身に出来る唯一だからだ。


「フォースが開戦の準備を整えております。そして、まず確実に近日中に、フォースは、この国に戦を仕掛けるでしょう。・・この事実は既にスレス将軍にはお伝えしましたが今の所は、打つ手がございません」


謁見の間に響く言葉を場の重鎮たちが戦慄の元に聞き入る。


「それは、どういう経緯でわかった事ですかな、伯爵?」


この場でもっとも冷静なのは、宰相だけだった。


根拠をと求めるその姿に私がそれを告げようとすれば、刺すような視線で続く言葉を吞み込むことになった。


「バーミリオン伯、まさかそなたの差し金ではあるまいな」


本当に良いタイミングでいらっしゃいますね、ハーネス伯爵。


貴方が無視した案件だよ。


そう言ってやりたいのを必死にこらえる、こんな時に馬鹿馬鹿しい言い争いなどしたくない。


「発言は、後にせよ」


王がそう言ってくれて助かった。

ここには旧制家が多すぎる。


「私も、隣国の宰相とそして彼の国の考えは読めませんが、5年以上前から周到に計画されていたとだけ。私も力及ばず申し訳ございません」


恐らくは、フォースとの外交をすべて取り仕切る筈のバーミリオン家が揺らいだ。

それが最初のドミノの一端だった。

叔父を見くびっていたわけでもない。あの人がどういう人なのか、シルヴィアとしての記憶が告げていた。


「そなたはどう動く?」


「私がフォースに向かっても、5年も掛けられたこの計画を突き崩す手はありません。それこそ同盟を組めればなんとか・・ですが、我々には差し出すカードが少ない・・先日レムソンから得たものではとても交渉の手札にはなりません。」


「どうしたら・・」


「陛下・・・そのような弱気ではいけませんぞっ!そこの娘は、フォースの血縁であるのです。あなたをまどわせ」


あああああもう、だから嫌なのだ。

私がいつフォースの密偵になった。そう否定したい自分をなんとか抑え込む。

だめだ。ここで投げてはいけない。


「私の言が信じられないのなら、このまま全て切って捨てていただいても構いません。ですが・・・私を廃する意味をもう少し考えてはいかがかしら、ハーネス様?」


この私こそフォースからの人質の役目を得ていた。

それを害したのは、そちらの陣営だろうと存外に告げてやる。


「バーミリオン・・」


私を諌める声に私は一度頭を下げた。

やはり難しかったのかしら・・。

お父様のようにはできなかった。その無力さを実感する。

打つ手がない、そう感じながら、思考を廻す。


「もし・・もしもの時は、この身をもって交渉を行いましょう。」


最後の手段だった。

これが切り札になると私は知っているのだ。


「そなた・・」


「先代のようには上手くできなかった。ただそれだけの事です。陛下」


現フォース国には、たった一つだけ、だがとても重要なそして甚大な問題があった。


「そなたは、それでいいのか?」


「・・はい」


「わかった・・・。すまなかった・・バーミリオン伯爵」


陛下がそう告げた。

狼狽える重鎮たちを無視し、私はただただそれを静かに受け入れた。





ーーーーーー


陛下との謁見を終え、私は静かに私自身のために用意された執務室に向かった。歩きながら、目的の人物を探す。


「マリー!」


そう呼べば、彼女は音も立てず、淑女らしい動きで私の元に来てくれる。


「お嬢様・・、淑女たるもの大声で私を呼ぶのは礼儀に反しますよ」


「悪いけど・・今すぐに伝令を出して」


「なにか?」


彼女が纏う空気を切り詰めた。

私自身もまた、それを見て覚悟を決める事になった。


「叔父上と会談の場を設けるために準備が必要なのよ」


「それは・・もしや」


「もしや、どころじゃないの。一度領に戻るわ。母上にも早馬をとばしてくれる?」


「わかりました。・・・今すぐに」


彼女がその言葉を告げて、部屋を出るまで私はただ、ただ思考の海に身を沈めていた。

これで、逃げる事が出来なくなってしまった。


隣国のフォース国唯一の欠点というべき問題。

彼の国に世継ぎが生まれていないというとても大きな問題が。


「あぁ、だから亡命したかったのになぁ」


独り言ちた言葉がおちる。

ゲームの中でシルヴィア・バーミリオンの最後は3パターンで用意されていた。


一つは、修道院へ送られ、その後自身の身の上に耐えきれずに自害する。


一つは、御子様への数々の暴挙に対する断罪の場として設けられた裁判の場で自身が利用したゼスラン・ヴァーンに無理心中を強いられる。



そして最後は、隣国フォース国王へ側室として望まれ送られるという終わり。その後ジュヴェールの密偵に殺される終わりだ。


ゲーム内では既に70を超えたおじいちゃんって設定だったけど、今のこの世界では違った。

現在隣国の王は、まだまだ男盛りであり既に8人の側室が居るのだがその誰も後継者を生む事ができないのだ。


「男の方が不能っていう概念ないのよね・・・この世界」


このまま隣国へこの身が送られればどうなるのか、大体は予想が着く。


ジュヴェールの全てを知るとも過言じゃないと自負できるぐらいには内政に手を出していた私が隣国に嫁ぐ事など誰も許しはしない。


今度こそ私は、事故かそれとも暗殺かで殺されるだろう。

折角助かったのになぁ。


だからこそ、亡命したいと願ってたのに、ゲームが終わった後ってチートの意味がないと思う。


どこか遠い場所で静かに余生を楽しみたかった。だけど叔父上との会談が上手くいくとは到底思えなかった。


同盟など組む必要はないとそう言い捨てられるとわかってる。

でも私は一度、あちらの王に望まれた事がある。・・叔父上との2度目の会談の場でそこに突然に乱入した男に。


あの言葉が本当なら・・そしてあの時の記録が残っていれば何とかなるかもしれない。


たった一分の望み。

父の最後の願いを叶えるためなら・・・。


この身も命も全て賭けてやろう。

そう思いながらも・・ただ今は静かに己の無力を嘆いた。



どれくらいの時間こうしていただろう。

外から差し込む光が茜色に染まっていた。


第二執務室を用意されてから、ほとんどここを利用したことはなかったが、随分と良い場所を用意してくれたのだと今気が付いた。


窓の外には美しい庭園が茜色に染まっていた。


「どうしてかしら・・」



叔父上が何時仕掛けてくるかは、わからない。

私が叔父上の立場ならとそう考えを巡らすともう時間はないように思えた。


トントンと控えめなノックがした。


私がここにいる事を知るのは、マリーだけだから多分彼女だろうという予想の元に入室の許可を出す。


扉がゆっくりと開いた後、そこに立っていたのは、半月ぶりのルクス王子だった。

茜色に染まる部屋に彼の美貌がまるで幻のように存在した。


「ルクス王子・・・どうしてこちらに?」


彼が今最も大変な立場に立って居られると私は痛い程知っていた。




「・・・突然すまない。」


彼がそう言いながら部屋に入ると彼の後ろにはやはり護衛のためかジェインくんが仕えていた。


茜色に染まってはいてもやはり日輪と比べると弱い光に彼がそっと指をかざして部屋の明かりを灯してくれた。


「いえ、・・そのご機嫌」


突然の事に驚いて口上の言葉も全て忘れてしまった。無礼にも程があると慌てて礼を取ろうとすれば、彼がいいと言葉で遮った。



「いいから・・バーミリオン伯・・・その少しいいだろうか?」


彼がおずおずとそう申し出てくれたので私も是と応える。


「はい・・」


「ジェイン・・紅茶を頼めるか?」


「はい・・」


本来侍女の役目であるそれをジェイン君に頼む理由は、今ここに別の人間を置きたくないことを暗に示した。


「どうぞ、こちらに」


元は私専用の執務室だが、現在はほぼ資料室と化している。紅茶を飲めるようには出来てないがしょうがないと資料が置かれていたテーブルを勧めて、私は慌てて片付けようとした。それもまた苦笑とともにいらないと言われてしまう。


彼が椅子に腰かけ、私にも椅子を勧めるので、それに習い椅子に腰かけると自分がどれだけ長い間立ち尽くしていたのかわかった。ひざと足首が痺れるように痛んだからだ。


「・・・久しいね、そしてレムソンの件は本当によくやってくれたね。」


「いいえ・・・あの、」


よく見れば、彼の頬は以前よりも少しこけていて、目の下には隠しきれない隈が浮かんでいる。

上手く取り繕うとしてもそれが追いつかない程に彼が追い詰められている事が分かった。

あぁ、この人もまた。


「フォースとの戦火を免れる術はない・・・そう陛下に報告していたと聞いた。」


そうですよね、このタイミングでここにわざわざ私の元に来てくれる理由なんてそれしかないよね。


「はい。レムソンとは違いますから」


国力はあちらが上。そしてなによりも宰相の地位を持つ叔父が身内贔屓など一切気にも留めない方だと記憶しているからだ。


私は、もう既にシルヴィアという存在に変化してしまった。

なんというか、不思議な感覚だがまるで夢を見ていたという感覚と共に、薄れゆく前世の記憶を探る。


ゲームの中でしかなかったこの世界が現実の世界。


全てを受け入れ生きるために必死に過ごした4か月、毒を飲まされてからまだ4か月しか経ってない。


「私が地下牢に入る前、叔父上に一通の親書をおくりました。」


「あぁ、聞いている。それが大臣や他の者に漏れて、君は国家反逆罪などと馬鹿げた罪状の上で投獄されていたね」


「それはいいのです。・・叔父上に書状を送ったことは確かでしたから」


彼の瞳から光が消えて行くのを見て慌てて話題の変更を試みる。

今更過ぎたことを言っても何にもならないからだ。


「中に書いたのは私が死ぬことがあれば、母と弟をお願いしますというものです。決して国を裏切るなんて考えてなかった。そして出来るならこの国を救ってほしいという嘆願書でした。・・・姪の私の最後の願いとして聞き届けてくれないかとそう望みを託しました。」


今思えば、バカなことをしたとそう思う。

いくら私が血の繋がった姪だとしても叔父上は、隣国の宰相なのだ。

そんな人が私的な考えで動くようなら、シルヴィアはずっと前それこそ5年前に亡命でもなんでもしてるだろう。


「君の叔父、ルーン侯爵はとても・・その」


「そうです。あの方は、決して情などに惑わされません」


非常に言いにくそうにそう切り出されると少し恥ずかしい。

でもあの時はもう、この手しか考えられなかったのだ。


「そう思う」


そう苦しげに言われてしまった。


「王子、伯爵・・・紅茶を」


そう言いながらジェイン君が置いてくれた紅茶の香りにそっと思考の海に入った自身を浮上させた時、いつの間にか背に感じた気配に振りかえるとそこには、ヴァン・ギルベットが不機嫌そうな顔で立っていたのだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る