33話 真実は創るもの

 レムソンとの交渉が終わった私を待っていたのは大量の書類だった。


 ・・・うん、日常だ。


「ちょっとサムっ!!この経理表の上から二番目、なんで丸なんてあるの?」


「えーー俺じゃないです。」


「貴方の印が押してあるけど、あなたの印は、誰に偽造をされたのかしら。あと、えーじゃないわ、治療師の人数がこの3ヶ月前の数字と違うのは何故?給与の数字がズレてるけど」


「うそ・・これが天変地異っ!!って違いますよ。それは、魔法師と治療師を取り違えて報告したバカが8人もいたのでその補正を終えたというのを丸って書いたんです。」


「あなた・・いい加減に書類の書式を覚えなさい。あなたのそのいい加減な丸という図形のおかげでおかしな提案が通ろうとしてたわ」


 前世の記憶を得てから、私は事務という職についてより効率的な書類の処理の仕方を覚えていた。

 それを利用した書式に変えてから、作業効率は随分とアップしたが、あのパソコンという四角いものが欲しいと切実に思う日々は変わらない。

ノートパソコンという贅沢は言わない、せめてボックスでいい。


 私の手足となって走りまわる人数は、増え労働力が手に入ってもあの小さな箱程の能力はないのだ。


「えーーーいいんじゃ・・・」


 最後までは言わせなかった。彼の前には明後日までに必要な決算があげられているのだ。


 先日レムソンとの条約を結び、やる事は増えてしまった。

 だが向日5年の間の治療師や魔法師の人員がほぼ確保できたのは嬉しい誤算だったが。


「あなた達まで私を困らせるの?」


「いえ・・・すんませーん」


「そう・・後二日でそこにある数字の山を片付けて」


「えーーーいくら素数大好きっ子の俺でもそれは」


「・・・三食食べれて数字があればいいと言ってたじゃないの」


 他人とのコミニケーション能力がない・・だが仕事が出来るのがこのサムだ。


 ちなみに知識がありすぎて、無駄な事を考えてしまうのがレイモンドでその無駄な事が極たまにものすごく重要な事だったりする。


 魔法師と治療師との連携を取ってくれる元宮廷公認魔法師の最年少クィルス。


 商業ギルドとの強いつながりを持つ家の出であるゼル。

 そして王家に長く仕えていてこの国の歴史を記録し管理するのがカインの実家であり、その知識を持っている。


 癖がありすぎる部下たちを指示しながら、私はこの3日間を過ごしていた。


「あのーーー」


「なにかしらクィルス?」


「いや・・あの私ってもうお役御免にはなりませんかね?」


「なんで?」


「・・・その新に神官長をお立てになられましたし・・治療師と魔法師の手配については、レムソンとの連携も必要になりますから・・私よりももっと適任者がいるかと」


「新たな神官長がなにか?」


 現在前神官長のふざけた法案を全て神官庁に突きかえしている。

 それが目的でもあったのだ。


 今頃新神官長がたった神官庁は阿鼻叫喚状態だろう。


 人材とは発掘するものだと久々に実感したここ数日。神官庁からの夢物語を描いた計画書は、届かない。


 残るは既に起きてしまった・・進めてしまった案件のみ。


「いえーあの方はとてもいい方ですよ。あの膨大な量の計画書と請求書や指示書も全部引き取ってもらって・・久しぶりに机の色を確認できましたし、なによりも魔法師の素質を持っていらっしゃる・・ただ、俺なんかよりもずっと神官庁の事をご存じなので」


「・・・で、実際は?」


 彼が並べるもっともらしい理由を却下して、彼自身の要求を聞かなければならない。


「えー・・・まぁ、もうそろそろフォースが動くという事です」


「・・・うん、随分と簡潔にありがとう」


 さて、と・・・忘れてなんてなかったわ。

 そう忘れてはなかった。ただ見て見ぬふりをしただけです。


「レムソンとの開戦は防げても、フォースとは無理ですよね?伯爵」


 それを私に聞くのね、カイン。

 彼は、国の歴史を管理し司る家の出であるので政情をよく理解している。


「あっ言っておきますと、ジュヴェールとフォース国との戦績は、確か建国時から20年後に一度現フォレンのゴルデロの谷の開戦では」


「言わなくていいからカイン・・・開戦なんてしたら、十中八九負けるわ。叔父上は・・そういう人よ」


 例え親族が居ようとあの人は容赦なく采配を振るうだろうと簡単に予測がついた。


 国力は、同等だが魔法師の数が段違いなのだ。

 魔法師を主とした国軍を持つのは現世界ではフォースのみ。

 その実力は最強と謳われている。

そんな国を相手に治療師と魔法師を国で数を把握すらできていないこの国が勝てるとは思えない。


「伯爵がかわいいー格好してお願いってしてもですか?」


「・・・・ねぇ、サム。日頃から思うのだけど・・あなた私をなんだと思ってるの?」


 サム自身は、商家の出身で算術が異常なまでに得意という事で財務官の試験を受け歴代最高点をたたきだした逸材だ。


 ただ、天才となんとかは・・・を地でいってくれる人で上官との折り合いがすこぶる悪く、彼の中で人間は数字で管理できない奇妙な生き物というカテゴリーらしい。


 そういう人間で・・事象を全て数学に収めようとする癖があるが、それができないとふざけた提案ばかりする。


「伯爵は、俺の雇い主です」


「そうね・・・とにかく今は少し黙ってて、でクィルス、あなたがフォースとの開戦を予測して第二執務室を辞める事に繋がりが見えないのだけど・・」


「・・・あの伯爵、フォース国の動きが読めない中であなたがレムソンとの交渉をしていて何か意図的なものを感じませんでした?」


「・・・そうね・・まさかタイムリーに御子様が勝手に売りとばしたレムリナ石の事を把握されているとは思わなかったわ、叔父様ってどこに間者を置いているのかしら」


「た・い・?」


「ごめんなさい。・・なんでもないわ」


 今回の会談でレムソンから明らかにおかしな要求をされたのは確かだ。


 我が国での御子様の地位を揺るがす事件、それをどうにか内密に処理を進めようとしていた時に言われた条件がレムリナ石の確認だ。

 明らかにこれは、どこからか情報が洩れているという事態にはっきり言って背筋が凍る程に恐怖したのだ。


 まさかそんな大事が他国にまで知られる事になろうとは思わなかったが、なんとか機転を利かせる事ができて幸いだった。


「そういえば、どうやってレムリナの髪飾りを取り戻したんですか、伯爵」


「・・・取り戻してなんてないわ。」


「えっ・・だって会談の時に」


「アレが本物だとどうして思うのよ」


「?」「は?」「えっ」「ちょ・・まって下さい」「どういう意味です?」



 サム、カイン、クィルス、レイモンド・ゼルという順番で反応が返る。


 5人の視線を一身に受けた私は、彼等には話してなかった事実を話す事にした。話しながらなんとかクィルスを引き留める案を考えだすためだ。


「・・あれは、私の持っていたレムリナを軽く加工したものなの。王家の印が確かに入ってるし・・・私が以前にあちらに呼ばれた時に宝石商にもらっておいたの・・不測の事態が起きた時のために内密に入手しておいたけど、まさか本当に使う日が来ようとは思わなかったわ」


 国花やその国しか生きていない動物など送られた際には取り扱いが難しいことがある。

 管理が難しいという場合の時には、、もらう側もまた特別な対処が必要なのだ。


 今回はその一つが上手くいったというだけ。私自身レムリナ石の予備を用意する事を父に言われてなければ考えもしなかった。


 とにかくレムソンから手に入れていたレムリナを軽く加工したものを用意していてよかった。


「えーだってアレって王家しか」


「王家の血筋であればいいのよ・・たとえ遠い人でもね」



 王家の血が入っていればいい。

 そういうものと聞いたのは、父からだった。父が王家の血に反応するという術式だと相手から聞いていたからあの紋章を刻む事ができた。


 私にとって自慢の父だった。


「えーっとそれって」


「後で詳しく話すけど・・聞いたら二度と口にしない事。いいわね?」


「いいえー」「聞こえません」「聞きません」「あーーーー」「あの・・僕は辞めたいって」


 サム、カイン、レイモンド、ゼル、クィルスが同時にそう返すけどもう無意味だ。


「この話しを聞いても辞めれる?」


 私の言葉に絶句する第二執務室の面々に私は微笑を浮かべた。


「伯爵ってたまにズルいですよね」「本当に」「酷いです」「・・・」「ああああ」


 サム、カイン、レイモンド、ゼル、クィルスの5人各々の反応を見てもそこまで深刻な顔の人間はいなかった。


 それが救いともいえる。


「僕の知り合いがフォース国に居るんですけど、この間手紙が来たんですよ。フォース国で徴兵が始ってるなんていう恐ろしい手紙が」


 クィルスがそう言いながら、手元の書類を一枚私に渡してくれる。


 そこに書かれていたのは、現商業ギルド長からの鉄や銅などの急激な原価高騰で、城壁の修繕費をもう少し工面して欲しいという内容だった。


「これがフォースからのサインという事かしら」


 急激な高騰の理由は、予測できる。


「いや、これが最後通告です。・・見て下さい。ここ5年の間に軍備に必要なものが少しずつ、フォースに集まってますから」


各国の物流をまとめたものが、提示された表を指し示す。

彼と彼が贔屓にしている商業ギルドの人間がまとめたものだ。


「ゼル・・何故今まで黙ってたの?あなた知ってたんじゃ」


「すみません、でも僕が気づいたのって伯爵が投獄された後だったし。一応はハーネス様には伝えたんですよ」


 そうだった。


 忘れていたが、私が投獄されて、ジルベット様が倒れた後は、ハーネス子爵もとい役立たずがここの指揮を執っていたのだ。


「ハーネス様はなんて?」


「ただの脅しだと・・」


 終わった。


 せめてその情報が私にも届いて居れば、あの牢の中からでも指示が出来たというのに。


 後悔は後にたたないものだ。


 そして全ての事に辻褄があった。

 いや確信に変わっただけだが、まさか叔父上本気ですか、この国を滅ぼす御積もりですか。


 聞きたい相手はここには居ないし、実際に聞いてみたところであの方は答えてはくれない。



「・・・今回のこのレムソンの一件は全て最初から叔父上の差し金という事ね」


「さすがですね。やり方が伯爵と同じでえげつないっ」


「ねぇ、サム・・本当に黙ってて」


「へーい」


 5年前から計画って事は、私が伯爵位得ようとして必死になってた頃には、叔父上は既に動き出していたという事で。

 正確に言えば、父が亡くなった後すぐに彼は全てを予測して動いていたのよね。


 怖い・・・。


 叔父上の用意周到さが、まじめに怖いです。


 執務用の大きな机から立ち上がり、そっと5人の書類で山が出来た机を避けながら、執務室の扉に手をかける。


「ごめんなさい・・ちょっと行ってくるわ」


「陛下ですか?」


「それとも国軍の要、スレス将軍の所ですか?」


 レイモンドが陛下、ゼルがスレス将軍を押す。そのどちらに相談しても既に事態は一刻を争うことを意味していた。


 この国には陸軍、海軍、中央を統括する騎士団の三つの国軍を持つ。

 その全ての総指揮をとっているのはスレス将軍だった。


 ちなみに隠しキャラの祖父だ。


「ねぇ、ゼル。あなたが私に今までこのことを話さなかった理由はなに?」


 そう、私が地下牢から出され、第二執務室を再び稼働させてから既に2ヶ月は、経っているのに、このタイミングで彼は今私に告げた。


 その意図が分からなかったから、ここを出る前にそう聞く。


「・・・あなたが、間者ではないと判断したからですよ。シルヴィア・バーミリオン伯爵」


 そう言いながら、彼は私の方へやってくる。数枚の書類を手にしながら、彼は今までの彼とは違う表情を浮かべていた。


「そう、・・何時から私を疑ってたか、教えてくれる?」


 彼の信頼を得られたことを喜ぶべきか、それとも疑われたことを怒るべきか判断がつかなかった。


「・・あなたが投獄前に私に託したものが何か、お忘れですか?」


「っ・・・そうだったわね。ごめんなさい」


 そう私は、投獄前に彼に託した物があった。


「貴方が毒殺されれば、大義名分がフォースには出来る。最初は自作自演じゃないかとも思いましたよ」


「そう・・ね。ではあの文書は届けてくれたのね、ゼル」


 商業ギルドに強いパイプを持つ彼に託した一通の手紙。

 それは隣国の宰相である叔父への最後の願いとなる筈だった。


「えぇ、あなたとの約束でしたから」


「あの手紙を読んだ?」


「いいえ・・・」


「ありがとう・・信じてくれてたのね」


私が隣国の宰相である叔父宛てに書いた手紙。その内容がどういうものなのか、彼は知らなかった。盗み見る事も叔父に届けないで処理する事も出来たのに。

それをしなかったのだ。


それが全てだろう。


「スレス将軍には既に私から報告済です。国防の要はハーネス様とは違う考えのようでした。」


「そうなの・・・陛下にも?」


「いいえ、あちら側が先走る可能性があるので」


「本当になんであなたが第二執務室なのかしらね、あなたがもし国府の」


「それは、俺が新興貴族だからですよ・・よく御存じでしょう。筆頭であるあなたなら」



この国を二分する勢力。

何時しか王政では収めきれなくなったそれを私達は旧制家と新興家と分けた。


建国時より100年の内に爵位を持った家を旧制家。それ以降に戦果や他の褒章により爵位を得たものを新興家としたのは私の生まれるずっと前の事。


そう我がバーミリオン家こそ新興貴族の中心たる家だった。


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