32話 勝利とはかくも静かに手に入る
「ち・・・治療師はその・・・そちらにお願いしようと」
レムソン側はそう視線を下げた。
ここまでの話でどうしてそういう思考になるのか。
なんでこちらが態々そんな事する必要があるのだろうか。確かに最初の原案を出したのはこちらだが、元々はそちらが手を出した案件だろう、こちらが協力する必要はないのだ。
そう内心でイライラとしながら、表面上はおくびにも出さない。
「あら・・・検疫のための施設をいち早く設営までなさって、駐屯する軍人もいるのに、治療師だけはこちらが用意するようにというのは、・・・いささか、協力しかねますわ。」
「でも・・」
「此度のこの条約条件にも含まれていなければ、口約にもありません。」
そう記録を付けてあるのだから。それは確かだ。
「治療師の絶対数が足らないのが現状のように思えますが、貴国では、どのような案が?元々が検疫を目的にあるものですよね?医師と治療師・・魔法師も一定数の確保が必須でしょう。」
私の言葉に黙り込む彼等にそう迫る。
「・・・この件に関しては、一度国に戻って検討をさせていただきたく思います。」
「そうですね・・こちらとしても正式に抗議の文書を送らせていただきますね?」
さっさと軍施設なんて潰してくださいね。という意味を込めて私は書簡を2枚差し出した。
「これは?」
「我々が守った二つの条約に対する対価というべきでしょうか、お読みください」
私自身がここまで時間と労力を割いた案件だ。ただでは済ませない。
しばらくの沈黙が場を支配する、青ざめてく面々を見つめながら、私は静かに彼等の返答を待った。
「・・・ラピス・・これは随分な対価ですね」
「こちらは、対価としては等価であると思いますが」
「これが等価というのですか?」
「お時間が必要ですか?」
「・・・」
先に告げて、退路を塞ぐ。
ついさっきと同じ対応なんてさせてやらない。そのためにこういう話の進め方をしたのだから。
流石は次期宰相というべきか、ただ一人が私の言葉に対する言葉を返した。
「麦とリンゴは・・このままで構いません・・・ですがこのギルド間の」
「えぇ、しばらくはそのようにしてもらいます。」
続く非難の言葉は全て遮ってやる。
各国の魔法ギルドおよび一部の国の認めない商業ギルドには各々その国の中でしか主な活動を許されないという国法がある、それを撤廃してもらうという要請だ。
国という大きくそして小さな枠組みの中でしかその力を振う事が出来ないのだ、なぜなら彼等の生みだす利益が莫大である事と、彼等に課す税金の倍率には国によって大きな差があるからでもある。
それの撤廃。
平たく言えば彼等へ自由交易を認めさせるという事だ。
「これは承服しかねます。」
「あら、それほどのことでしょうか?」
「あなたもご存じのはずだ、この様な事をすれば」
「先に28年前の公約を放棄したのはそちらです、そしてそれに代わるものを提示された。・・あなた方の要求をこちらも妥協し受け入れた。・・・こちらに落ち度はありません」
魔法師および治療師という人間は、国の認可を受ける事が義務づけられる。
この世界では、“魔法”を使える者が生まれる。
これは先天性であるが、その絶対数は人口に対してとても少ない。
魔法師同士の婚姻では子が生まれにくいという統計もあるので、先天性であることを逆手にとっての増員は望めない。
天性のものであるそれを利用した職に就く事が多い彼等は、国によって出生直後から管理されるようになった、そう国が定めるまでに時間はかからなかったのだ。
彼等の能力は、常人のそれを軽く凌駕するもの、日常生活レベルで役に立つものと様々であったが、何時しか彼等の持つ力は脅威であるという認識がある一人の魔導師により生まれたからだ。
レムソンはそれが顕著で、我が国よりもずっと治療師や魔法師の地位が低い。
力のあるモノに対する管理が厳しいとも言う。
「魔法師と治療師の管理は、各国の犯してはならない領分であるとお分かりのはずだ」
「そうです・・・ですが、それを言うなら、そちらの他国への治療師の派遣要請は、その領分を侵しているとは考えが及びませんでしたか?」
私の言葉に黙り込んだ相手に、私はそっと微笑む。
「領分というお言葉を借りるならですが・・・、こちらは、あなた方が提示した条件を呑み、それを実行した。それに対する対価は必要であるとお分かりですね?」
こちらとて戦争をしたいわけじゃない。
しかもずっと撤廃するというわけじゃない。たった5年だ。
その5年が勝負だ。
「ですがっ」
「5年と期間を絞りました、それがこちらとして最大の誠意ですわ」
彼らにそう告げて、私は、立ち上がった。
交渉中に立つという行為は、あまりいいものではない。一度席について、もう一度立つ時は、相手と交渉を終えた後、手をつなぐその時でなければならない。
でも私は、今、ここだと感じた。
私の動きにドレスが揺れる。
「私は、既に次期王妃候補ではありません。・・ですが、この国を守る盾であり剣であることをお忘れなきよう・・・こちらは、あなた方が行った全てをこの条件で目を瞑ろうと譲歩したのです。」
事を荒立てるつもりならこちらにも考えがある。とそう存外に告げてやる。
そうだ、国境に軍施設を建設する意味などただ一つ、宣戦布告に過ぎない。
国力は、はっきりいえばこちらが上だ。戦争をした所で負ける事はまずないと言い切れる。たとえこの疲弊した今であっても・・最悪相討ちになろうとも。
レムソンは、元々があまり土地柄として農作が向かない国で、外交も現宰相・・私の前にいる男の代になるまであまり上手いとは言えないものだった。
だからこそ、こちらとの交渉が強引になってきているのが分かる。復興に手いっぱいになるであろうこの隙を狙われたというだけだ。
「っこちらをあまり」
「侮りも蔑みもしません。レムリナ石は、そちらの出した提案を受け入れました」
そう、魔法石などあまり市場価値のないものだ。ただレムソンは、レムリナを利用したいだけなんて見え見えだった。
それを許した。他国との貿易が生む利益はまずそれを運ぶ道を造らなければ生まれえないのだ。
「・・・流石・・ですね。」
そうヴァーン宰相は憎々しげに告げた。
勝利は今・・私の前にあった。
「この条件は、私の全てをもってして通します。それでよろしいでしょうか?」
彼は満面の笑みを浮かべてはいても明らかに私をまっすぐに見ていた。
「ゼスラン・ヴァーンの名を懸けていただけるのでしょう?」
「はい・・確かに」
これで勝利だ。
それを確信した後、私は、立ち上がった無作法を詫びてからもう一度椅子に戻った。
なぜなら、私に視線を向ける人が居るからだ。なにを言いたい?
その視線が何を意味するのか、それを知らなければならない。
「・・貴殿が用意した2週間の間、我々は、そちらの御子様にお時間をいただき親交を深めてきました。」
今までただ黙っていた相手がやっと私にそれを告げる。グルベス公爵だった。
「はい、こちらとしても残念な限りですわ」
「御子様はどうおっしゃってるのですか?」
「グルべス公爵様・・・御子様もとても楽しい時間でしたとおっしゃってましたわ」
「そうか・・こちらもとそう伝えて欲しい」
そう私に告げたのは、グルベス公爵の横に座っていたラスボス(?)っぽい感じの雰囲気を背負ったゼスラン・ヴァーンだ。
さっきまでの苦々しい顔はどこにいった。
なんだろう・・この随分と含みがあるのだが。
「こちらの親書。本物ですね?」
「はい」
確認の元にもう一度手に取ったグルべス公爵は、芝居じみた大げさな身振りで私に視線を送る。
「どうも・・・あなたを見くびっていたようだ」
そういいながら、親書と、私達が返した王子のサイン入りの紙片を手元に置く。
彼は、一応は何かを考えてるそぶりを見せているが、その手元が僅かに震えている事と眉間のしわが増えている事から彼の思惑を私が崩したのが見てとれた。
「・・・こちらとしては、この親書通りに進めてもらっていることを念頭に動いてましたわ?」
全くのウソだ。
それは相手が一番わかっているだろうが、私はそれをおくびにも出さないで言い切る。
ここは、言ったもの勝ちだ。
「御子様の遊学は、まだ時期を見させてもらいます。・・・現在彼女の後見を探してますので」
「後見?」
ダールトン元神官長との交渉なら勝機があるとそう考えているのが手に取るようにわかるのだ。
「はい・・・、新しい神官長が決まり次第でその方にお願いしようと思ってますの」
私の言葉に横に座ったままだったミカエルが私を睨む。
いや、睨まれても困るのだが。
流石に自分が次期神官長ではないとわかっているのだろう。悔しげに握られた手が見えた。
「ほう、それはそこにいらっしゃる」
はいはい、そうです。
でも彼ではないです。
あなたの思惑なんてこちらも察しておりますわ。ゲームの中であなたが行った様々な工作の起点は、私という存在だったけど、今の彼の中の原動力はなんなのだろうか。
それだけが想像できない。
シルヴィアの記憶では、ゼスラン様との対話の記憶は、他国の人間ではダントツだ、シルヴィアの中でも彼は、注視する人物とある。
「いいえ」
わざと私にそう言わせる事で、こちらの陣営を崩そうとしているのは分かる。
でもそうは、いかないし・・ある意味好都合だった。
私はそう思いながら、テーブルのした、あちらからは見えない死角からマリーに合図を送った。
それに頷いて彼女が動く。
既に彼も準備を整えているらしい。
「少し早いですが、内々には決まってますし・・・ご挨拶だけさせていただきましょうか?」
「えっ」
彼がこちらを揺さぶるためだったセリフは、私にとって引き金でもある。
「どうぞ・・お入り下さい」
私の声に、扉の前に居たマリーが頷いて扉を開けた。
音をたてて開いた扉、靴音は一つ。
彼は、堂々とやってくる。その胸に神官長である証のクロスと彼の家の紋章リンゴの花を合わせた新たな紋章を刻んだ銀の略綬(りゃくじゅ)。
「・・・こちらが、次期神官長・・エヴァン・ギルバート長官です」
神官の地位を冠したものは、爵位を返上する事がこの国の決まりだ。
「・・・ご紹介に与りました、エヴァン・ギルバートと申します。」
完璧な仕草だった。騎士でもなく貴族でもない・・・彼は確かに神官の血を受け継ぐものだとそう実感する。
礼に合わせて揺れる銀の輝き。
これを造るために1週間の時間を要したと聞いたがなかなかの威力だった。
目の前のレムソン側は、その顔色を変えている。自身が利用した相手が、今度は敵側の駒となって出て来たのだから。
「・・・このような場で申し訳ありません。近日中には、彼の就任の儀を行いますのでその際にはどうぞお越しください。ヴァーン宰相閣下」
私の言葉と共に、彼がもう一度レムソン側の面々に一礼する。
内部の統制を取れば、こちらが有利だ。
「・・・ぜひに・・・」
厄災が起こらなければこの国は、貴国に劣りはしなかった。
私は、この時、そう彼等に宣言したのだ。
私がここに居るかぎり、あなた方には勝利はないと。
さてお片付けは終わりです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます