31話 机上は世界を造る
2週間という時間をフル活用したのは、私ではなくギルバートの方だった。
レムソン使節団をもてなすという理由と王妃様の特別な伝手を利用して時間稼ぎをしてもらったが、もうそろそろ限界だろう。
一足早く城に戻っていた私は、それこそ鬼気迫る勢いで全ての準備を整えていた。
もう二度とあんな無様な会談をする訳にはいかないからだ。
机上は、私の領域だ。
相手が誰であっても、もう負けない・・そう思ってますが、まずは、内部をどうにかしないといけなかったらしい。
「えーっと・・・それは真実なのよね?」
「はい、特別・・な方法で聞かせていただきましたから」
微笑のなかに闇深い何かを感じるんですけどマリーさん。
特別の意味を知っているので何も返せなかったが、まさか現神官長の息子とそして・・一国の王子(仮)に薬を盛るとは思わなかった。
「ありがとう、マリー・・でもあまり無茶はしないでね」
マリーに頼んでいた事実の確認は、思いの外早く済んだらしい。
でもいくらなんでも自国の王子になんてことをするのか。
溺愛されているという自覚はあるが、こうも実感する事がおそろしい事もない。
「あら、お嬢様への暴挙を考えれば本当なら・・・こちらを」
「マリー・・・怖いからやめて」
自国の王子に自白剤なんて恐ろしいもの盛る侍女は、とても清々しい笑顔で新に薬瓶を持っているので慌てて止めた。
「わかっております。冗談ですわ、お嬢様」
絶対ウソですよね。そんな綺麗な笑顔でもあなたの目は本気です。
「それよりも、今の報告を聞く限り随分とあちらも詰めが甘いようで、安心したわ」
「はい、・・・こちらが考えてたよりわ、ですが・・それでお嬢様、御子様はなんと?」
「それがね・・・事情を聞こうにも・・・・」
私が1週間程で城に戻った頃、私は、事情を聴きにもう一度御子様に面会を求めた。
だがそれは叶わなかった・・というよりもできなかったのだ。
理由は、もう言わなくてもいい気がするが公爵様のおかげだった。
朝昼夕と・・・随分と熱心ですねぇ。グルベス様。
「ここまで徹底してくれて、本当にありがたいわね」
こう、わかりやすく動いてくれたのは、こちらとしてはありがたいのだが、その対象になってしまった御子様には大変申し訳ない。
「そうですねぇ・・・まあ、あの方が迂闊な事を言わなければいいのですけど」
「そうね、言質を取られてしまったら・・・ちょっと怖いけど。王妃様がどうにかしてくださるとは思うの」
そのために病み上がりの王妃様を監視役としてお願いしたのだ。
「で、そのエヴァン男爵は、どうなんですか?明日には会談を再開しなければなりませんが、もしも」
「大丈夫よ、多分」
そう遮ったのは、他でもない私が一番不安だからだったりする。
ーーーーーー
二度目の決戦は、宵の口より始まった。
前回よりも手狭ではあるが、機密性はあるその部屋を選んだ理由を両者が理解している。
円卓も前回とは違って、楕円系だ。
中央線を引くように細長いクロスが横切りまるで陣地を示してるようだ。
「今宵は、また一段とお美しいですね。ラピス」
そう彼は告げる。彼の賛辞をテキトーに流してもいいが、そこは大人として、女として返す事にした。
今日の衣装は、前回とは違いこの国の伝統的な型のドレスだ。
薄い生地を幾重にも重ね、動きによってその美しさを増す・・・ダンスの際に綺麗に見える事を考慮して作られている。
そのせいか異様に重いのだが迫力はある。
「お褒めの言葉有難うございます。此度はお時間をいただきありがとうございます。・・そしてこれが、おっしゃっていた献上いただいた品ですわ・・お確かめ下さい」
そう告げて、後ろに居た従者に運ばせたのは、レムソンから送られた品々だ。
そこには、ちゃんと『レムリナの髪飾り』もしっかりある。
「ありがとうございます、では確かめさせていただきますね?」
食えない笑みを浮かべてゼスランは自身の後ろの鑑定師にその品を受け取らせた。
「そういえば・・・一つお話しておきたい事があります。」
「何をですか?」
「此度の同盟条約の規約・・・変更をさせていただきますわ。」
私の言葉に視線が集まる。
「・・・それはどのようにでしょうか?」
「まず、御子様に関する全ての事項を白紙にさせていただきますわ」
「っ!それは困り」
「私共としても心から残念に思っていますの、ね」
私のすぐ後ろに控えていたミカエルの同意を求める。
彼がまるで人形のように勢いよく頭を振る。自身が現在どんな状況に置かれているのか正しく理解されているようだ。
「・・・御子様には既にお話したのですが、伝わってなかったようでして・・ご本人からは何も?」
そう微笑と共にまずは先制攻撃を入れてやる。
さて始めましょう。後始末を。
今回の同盟破棄と協定違反、新たな同盟に関する事項とそれに関係しての輸出入に対する関税の増減撤廃。
全てを述べるまでに数分。
ゼスランは、ただただにこやかに私を見つめていた。
その視線はにこやかにはふさわしくないが。
先ずは前提を覆す。
「此度の件・・・いくつか不備がありました。まずこちらを・・・正規の文書はこういう内容でしたので、それに対するこちらの応えをお持ちしましたわ」
微笑ながら、エヴァン男爵が保管(?)していた最初にこちらに送られた文書を彼等の前に提示する。
「上記2つの内容は、既に解決済みですね?」
上質な用紙には、他のものとは違いわかりやすく端的な内容が記されている。
我が国への特別処置についてだ。
・原因不明の奇病の原因解明のため両国間での情報共有を要求する、原因の排除が難しい場合は、軍用施設を国境へと併設しそれについての管理を両国間で決める。
・レムリナ鉱石の輸入経路の確執化。
・御子姫であるアカリ・テンドウ様のレムソンへの遊学、レムソン建国記念式典への参加。
と三つの要求がもう少し丁寧な言葉で連なっている。
3つのうち2つは既に対応済みだと判断出来た。そして3つ目の条件に私は歓喜したのだ。
「これは・・・この書状は、既に破棄するものとして」
「破棄・・・ではその破棄の理由を教えて下さい。・・・我々は既に2つの事項についてあなた方の要求を呑み、既に実行しております。それを破棄なさるなら、それなりの代償も必要だと思うのですが?」
「そんっいくらなんでも・・それにこの記録は・・誰が」
「正式な議事録です。・・これがその証ですが」
とん、と指し示すのは、行商人たちがよく利用する契約印だ。
「こんなもの、前回は」
「はい。1年以上も前のものですから・・・探すのに苦労いたしましたわ」
「一年も前に交したのですよ、しかも今とでは状況が」
「状況が変わっているのはお互い様ですわ」
そうですよね。・・でもそれはこっちのセリフです。
レムソンのお客人。
「・・・ですがっ・・・これは我々にとっては、話が違います。」
「そうなのですか?」
慌てたように彼等は、私達の前に金糸の豪奢な紙を差し出す。
これは正式な書簡であると示す。
「はい・・・我々は、先日お渡しした」
そうだ。彼等が本当に望んでいるのは2週間前に私達に提出した方の条約だ。
「一度印を押した物は、こちらではなくこの親書の条約だった・・・ちがいますか?」
彼等が私に差し出した粗末な紙には、日付とそして立ち合い人の紋章と名がつづられていた。
そう日付だ。
「我々は確かに」
「この親書は、立ち合い人であるエヴァン男爵が保管していたものです。確かにそちらの王の王印が押された正式書面ですわ。こちらとしては、第二王子であるハークライト様が署名なさっているのを確認させていただき事実の確認も各所で行い全てを把握した上でこちらの書面を我々が受理したという事になっていました。」
「・・・」
「軍用施設の併設の条件は、その施設には軍医いえ治療師が必ず常駐するとありますが、・・・それだけの人員をどう確保するのですか?我が国の治療師は、既に現在瘴気の浄化に全勢力を持って在ったっています。ならそちらから、治療師を派遣していただくことになりますがよろしいですわね。・・・その施設には、検疫というものをしてもらう必要があるのですから」
エヴァン男爵が持っていた議事録を彼等の前にそっと差し出す。
もともとレムソンは、魔法師の生まれにくい土地柄ゆえにこの国にいる魔法師の数の約5分の1程度しかいない。
「っ・・・」
「エヴァン男爵が立ち合い人としての義務として記録員を雇って下さっていたらしく、我々もなんとか事実の把握をする事ができました。」
種明かしと同時で彼等の首元に言葉の刃を突きつける。
「まだ全ての施設を廻って確認はしてませんのですが、西国境に出来た施設のうち5つは、治療師や軍医も置かれていないようですがどういう事でしょうか?」
治療師いや、魔術師自体がある意味国の財産である。
しかも元々魔術師の少ないレムソンが『検疫』の機能をもった施設を造る事が出来るはずがない。
「そっそれは・・」
「検疫の機能を持たない施設など必要ない・・そう私は思いますけど?」
後処理は、速やかに。
「どうなさるおつもりですか?」
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