abrp年e月rr日

小学校の最終学年、先生からおまえらが見本となるのだぞとこっぴどく言われる学年。しかし年齢においては、いつでも他学年にマウントをとれる学年。つまり、大方の生徒が年上の立場を意識する学年ともいえよう。


私は昨日、まさに新学期を迎え、最終学年、6年1組に割り当てられた。担当の先生は2年前と同じで、比較的陽気でエネルギッシュだけど冷静でもある若い男の先生だ。クラスメイトもいつものメンバーが数名、その中に君もいたのでなかなか悪くないクラス分けだった。


ワックスの匂いがする新鮮な教室で少し大きくなった机と椅子や、新しい時間割に興奮し、新しい教科書を読みながら帰り、始業式は終わった。


そして今日、席替えが行われた。初めは名前の順番で座っていたが、どうやらくじ引きでランダムに割り当てするらしい。この時期はほんとうに運気を高めておかないと大事な場面で当たりを逃す。なので春休みに当たりつきのガムやアイスを買うべきではないと断言する。さもなくば、私は学校で全く知らない人だらけのクラスに迷いこみ、熱血系の背脂ましましよりも濃い、そのくせにやけに不条理な、4組の次郎先生に出会っていたとも断言する。


そんなさなか、私の気運はここ数ヶ月使われていないだけに溜まりに溜まって、宝くじで100万円ならあっという間に当ててしまうほどに高まっていた。つまり、席替えは大当たりだったのだ。断っておくが、私の席替えが100万円に値すると言っているわけではない。しかし、年を経て備忘録として見てみると、あの頃の運勢は(もしかしたら)と考えざるを得ないほど破竹の勢いだったのだ。隣にはグループのメンバーの一人がいて、後ろには5年の時に共にジャングルジムの覇者になろうと野望を掲げた面子の一人、そして斜め前の席には悠然とした振る舞いで「よろしくね」と話しかけて私の消しゴムを取ってきた君がいた。消しゴムを忘れてきたとおっしゃるが、返してもらう際、妙なにやけ顔をしたので怪訝に思うと、消しゴムの角が8隅すべて丸くなっていた。これは消しゴムの5割を使われたに等しい。私は仕返しを考える。


私は案の定、授業などお構いなしに周りの人と話しまくった。席替え初日であったが、この口数は次の席替えがくるまで単調増加だったと思う。とある日は授業中に泣いているものだから先生に心配されたが、それは決して今までの人生後悔や、人間関係への絶望ではなく、隣の子の造った自称史上最強のミサイルボールペンが、天井に規則的に並んだ丸い空洞めがけすっぽりと突入していったためだ。


授業内容が一切入っていないのを自慢できるくらいまでに調子に乗っていた私であるが、私は授業中は君に話しかけないようにしていた。君は受験をするのだ。


つい先週の話。友達の家から帰る途中に家の前の通りで、君を見た。


「まだ学校いたの?」


「いや、塾だよ、ほら、そこの角にあるでしょ。結構前から通ってたんだけどな」


「まじかあ、知らなかった、てかこんな時間まで勉強かよ、大変だな」


「まあ、受験するからしょうがないよ」


「えっ、じゅけん?」


このとき私は受験とは何なのかよく分からなかったが、とにかく勉強をしていたらそれをするものだと思っていた。


「これも前言ったくない?」


君がはにかむ。私は会話でうっかり前と同じ話をしたり、同じ話を振ったりするような阿呆癖が稀にあったが、これは思い当たる節が無かった。


「いや、初めて聞いた」


私は新米の社会人のごとくキリッとした目と眉で応えた。


「君も受験する?」


君がさらにはにかむ。きっと冗談だろうが、私は一瞬戸惑った。私がもう少し勉強に励み、自信を蓄えていたらどう思ったのだろうか。君がいるだけでグループの連中よりも濃密な馬鹿話が出来る。しかしこんな私に「じゅけん」をする資格など無い。家が近いから中学になろうがなるまいが君に会うことは可能だったし、恐らく私の友達グループの面子はほとんどが私と同じように公立の中学に進む。


でも君が行くなら私も。


脳裏によぎった贅沢な思惑はすぐさま、私の勉強への怠惰と未来の正当化によってぐちゃぐちゃになってどこかへ行った。


「それはむーり、頭打たないとむり」


「多分頭打ってもむりだよ」


こうして私は彼女の受験を知った。そして授業中は勉強の邪魔をしないと真摯に誓った。それでも他の人とぺちゃくちゃ話していたから邪魔になっていたかもしれない。年を経て反省する。


6時限目はクラス会議だった。係を決める回だった。掲示係、配布係、黒板係、保健係などいつも通りの役職が黒板に並べられていく。私はこだわりがなかったので、毎回友達に合わせていた。そういえば君が過去に何の係をしていたか知っていないし、何をやるつもりなんだろうと思い、君に何係になるのか尋ねようとした。


「えー、6年から学年委員を決める。クラスの代表を2名選ぶんだ。仕事はクラス会議の進行、司会。また、ある係の仕事が多くなってしまったときにヘルプとして助けること、そして全校集会で点呼をしてもらう。そんなに辛くないぞ」


いや、辛いだろと内心で即答すると、「つら」と囁きが後ろの席から即座に聞こえてきた。先生が話したことで教室は沈黙に包まれた。絶妙にタイミングが悪い。君は何の係を選ぶのだろうかと思索する。大抵は2人仕事で、4,6人定員の係が少数ある。もし君が我が信念を貫く強固な魂で選んだ係の定員が足りなければ、2人仕事でも惜しみなく私が後追いで立候補しようと思っていた。言うまでもなく、いつものメンバーの中でも、私から率先して愚痴を言えたり、つまらない悪戯をしたり、一方で尊敬するような考え方を持つのは君だけだ。


年を経るといかに自分がずうずうしい奴だったのかが思いしれて、備忘録を書くペンがいつも以上に歪にガリガリと音をたてている。


「学年委員から決めるぞー。今日の司会も担当してもらうからな、誰か立候補いるか」


そんな、と内心で即答する前に、私の眼前で勢いよく、その勢いで雲さえ切り裂くのではないかと心配するような挙手が炸裂した。その確固たる意思を感じられる姿は正しく君で、もうすでに学年委員の風貌があるようにさえ感じられた。その覇気で教室は沈黙となった。


「よし、じゃあ&2;#、委員長決定、あと一人ぃ」



私は配布係になった。愚かである。ならず者である。誰かにしばいて貰った方がいい、間違いない。それからは自己嫌悪が暴走して他人にまで感染してしまいそうだったのであまり口を開かなかった。


「委員長になりたかったの?」


私は終礼前、君に問うた。


「うん、楽しそうだから」


「すごいよ、がんばって」


「何が?まあ、ありがとね」


私と話していた君が終礼の時間だと先生に急かされて前に出る。ことごとく今日の先生はタイミングが悪い。また、このときすでに運勢は使い切っていたと考えられる。


私は君が委員長になった理由を知りたかったが、未だ真相は知らない。そして私は手のひらを返したように委員長にならなかった。このときの私は君を尊敬の対象として強く意識していたのだと思う。だからこそ同じ道を歩もうと思えなかった。私は無理だと決めつけてしまった。身体の全身から溜息の音が聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る