第四部 決死
太陽が照らす初夏の工場
この日も、自走砲は目潰しをつくっている。裏のゴミ箱から漁ってきたいろいろの容器に、コークスを詰めてできた代物である。
十分な日照りと脱出できるかもしれないという希望から、今日に限っては各々テキパキとした働き具合である。
彼らはみなこの日を待っていたのである。晴れだと光合成システムがより良く作動できる。
目潰し兵器を各々が隠し持っている。最初の目標は、総員で壁とつながっている東倉庫を占領することである。そのためにも、看守の装甲車を制圧しなければならない。蜂起は全員で行うほうが効率的である。
ジープが地図と東倉庫配属の退役物体と確認したとおり、東倉庫には有事の時に退役物体を制圧するための武器や爆発物がある。
会社が修繕をあまりしていない結果、鍵が壊れている排水管があり、武器を奪ってそこを集中的に破壊すれば脱出が可能であるため、この案になったのである。
しかしながら、自走砲はこの案には不賛成だったようである。敵の勢力を把握できないままうかつに行動することをあまり行いたくはない。
このことがジープ以外の元上官陣の反感を買い、自走砲に戦いの火蓋を切る役目が押し付けられた事になった。
「‘‘冷血の偵察兵’’さんなら、このような役割も軽々とこなせるはず」
こう言われてしまったのである。
冷血の偵察兵。自走砲はそのあだ名を毛嫌いしていた。上層部はいつもその言葉を口にして、自走砲に危険な任務を実行させてきたのである。
任務が成功するたびに、まわりから嫉妬されていた。過酷な任務を重ねるにつれて、まわりは嫉妬ではなく何かを恐れる目をしてきたのである。
そうしているうちに周りの者たちが次々と退役して、新しい者たちが入り、旧世代の残りである自走砲との距離が、段々と離れていった。
これらことを知らずに装甲車は相変わらず自走砲を罵ってトロッコを運ばせようとする。
「早く運べ、スクラップめ」
黙ってトロッコを押す自走砲をつまらないと思った装甲車は、自走砲の砲塔に据えてある辞書を、その目の前でとり上げたのであった。
「さすがスクラップ、持っているものまでスクラップだ。なになに、こんなに古臭い辞書なんか、今誰が使っている。こんなものなんか、見せしめにこうしてやる」
そう言って装甲車は、辞書を高く持ち上げたかと思うと、まだ乾いていない水たまりに辞書を叩きつけたのであった。
だが、それが装甲車の犯した最大の過ちであった。自走砲に目潰しをかけられ、その後にセンサーとの接続が切れてしまった。
一瞬の出来事だった。慣れた手さばきで装甲車のうしろに回り、そのセンサーのコードをサバイバルナイフで切断した自走砲の行動を境に、退役物体らの反撃が始まったのである。
もがき苦しんでいる装甲車から、自走砲は産業ガスバーナーとプリペイドカードをもぎ取った。
まわりの騒動に目もくれずに、自走砲は辞書をひろいあげた。泥水に濡れた辞書が、しおれた花束のように垂れ下がっている。ぼろ布に辞書をくるませると、自走砲も東倉庫に向かった。
いまは亡き伍長の辞書を、泥水につけてしまった。その事実が、自走砲を痛めつける。
伍長は自走砲が心を許した数少ない人間であった。自走砲に言葉というものを教えた人でもあった。伍長にしてみれば、言葉というのは気持ちを載せて運びあう、他人とのつながりの一つである。伍長がいたならば、ここでなにをするのだろうか。
そのようなことを漠然と思いながら、自走砲は東倉庫に突入した。すでに東倉庫は制圧されつつあるが、事の変化を感じた装甲車らが、ガスバーナーをもってこちらに突進してくる。
下水道に東倉庫から奪った砲弾などを繋いで作った即席爆発装置をどんどん詰め込むジープらだったが、このまま迫りくる装甲車に対しては無防備であった。
この時、倉庫のシャッターが開き、中からドラム缶が転がりだした。倉庫の立地が少し高いおかげで、ドラム缶は勢いをまして転がる。何両かの装甲車がドラム缶にあたり、勢いがそがれた。
先頭の装甲車が東倉庫に接近したその後、爆轟とともに、東倉庫につながっていた壁が、軋んだ音を立てながら崩れる。それを皮切りに、壁の外に散り散りに駆け出す退役物体らであった。
計画の打ち合わせ通り、バラバラになる。元々退役したものなので、退役した生活を各々でおくることが、退役物体らの願望であった。
東倉庫から火の手が上がっている。燃え盛る火の中で、壺から出した雨水を被って、出口を探す自走砲がいた。その後を死に物狂いで追いかけている何両かの装甲車。
自走砲は退役物体たちが逃れるために、一秒でも多く時間稼ぎをしていた。火の手が及んでいない部屋を発見し、その中に消えた自走砲。
追ってきた装甲車も、突進してくる。ブレーキの効きが突然悪くなって、ドラム缶に突っ込む装甲車。
「な、なにっ」
潰れたドラム缶から、洗剤の匂いが漂う。この部屋に、洗剤の泡が広がっている。そのもとをたどると、サバイバルナイフでドラム缶をこじ開ける自走砲がセンサーに映る。その方向に加速する装甲車であったが、空回りして進まない。
一つまた一つ、立て続けに洗剤を流す自走砲、突進してきた装甲車らが、洗剤の沼にはまる。雨水が、乾き始めていた。ジェリカンから出した水を被って、出口を探し続ける。
構造物が崩れて、四方を火の壁に囲まれてしまった。どちらかに突破しなければならない。自走砲は東の方向に飛び込んだ。火の壁を通り抜ける感覚がする。その先に、草原と巨大な入道雲が、こちらを覗いている。
脱出は成功したが、退役物体らを見かけない。辺りに散らばる履帯あとや轍を、少し空虚な感じで一瞥すると、それらを払って跡を消す自走砲であった。
第四部 over
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