第三部 工場

固く乾いた土が振動する。


 工場の中庭で十分に日光を取り込むと、強制労働が始まる。自走砲は今日も構内鉄道に沿ってコークストロッコを押している。


 石炭をコークスに変えるコークス炉から、コークスを燃料とする高炉に運ぶ。工場内の一つの建物から、別の建物の間を機械的に往復するだけ。建物の外に出ることができる自走砲は、一両の装甲車に見張られ続けている。


 港の空き地で説明を受けていた時に、ほかの自律物体がもっていたこれからの生活に対するあこがれも、今この結末を迎えて意気消沈に変わりつつある。

 

 工場の敷地は雑草の楽土になっていた。雑草が生い茂る空き地のむこうに、自走砲らを捉えている大きな外壁が、こちらを見下ろしている。


 「なぜそこで止まっている。早く運べ、もたもたするな」

 

 自走砲が辺りを探り過ぎたせいか、トロッコを押すロボットアームが止まっていた。


 「壁をみても無駄だ。この工場の堅牢なセキュリティシステムをかいくぐったものはいない。お前らは一生ここで働くだけだ。壊れるまで働いて、壊れたら溶鉱炉いきさ」


 装甲車は続けて自走砲の所持品だったプリペイドカードを出して、


 「おっと、こんなところに10000ドルが入ったプリペイドカードがある。ゴミにこんなお金を与えるなんて、軍もお金が余っているなあ。無駄だからこのおれが貰ってしまおう」


 大口を叩き奪ったお金見せびらかす装甲車に目もくれず、トロッコを押していく自走砲。辺りに立ち込める殺伐とした雰囲気を、この装甲車はまだ知らない。


 コークス炉につくと、薄汚れのジープが、その見覚えのあるロボットアームでシャベルを使って、トロッコにコークスを注ぎ込む。カラカラ、乾ききったコークスが音を立てて落ちる。辺りにコークスの微粒子が飛ぶのを、自走砲のカメラが察知する。


 殺伐とした気配をかき消すように、休憩時間のチャイムが鳴った。装甲車らが休憩するために作られた時間である。


 ジープと自走砲を見張っていた二両の装甲車も、ヒューマノイドに変形して休憩しにどこかへ行った。最新の技術が詰まった監視装甲車は、ヒューマノイドに変形ができるようだった。


 もちろん退役物体らに休憩時間はないと思われたが、監視役が休憩している間に、少しは休憩できる。


 「サー お久しぶりです サー」自走砲がトロッコの様子を調べながらジープにつぶやいた。


 


 「あのチャイムがなかったなら、おぬしはあの装甲車に切りかかったのだろう」


 ジープはすこし咳払いをして、コークスの粉々をとばしながら、


 「だが、たとえその一台を倒したとしても、仲間を呼ばれてガスバーナーでスクラップにされてしまう。わしは何両もの退役物体が見せしめにそうされるをみた」


 「サー そうでしたか。やはり冷静さが少し欠けてしまったか。だが、目の前で退役金を用意してくれた方々を侮辱されることはとても耐えがたいのであります。 サー」


自走砲はそう言ってコークスを一つつかむと、それを石ころで削り始めた。


 「とても耐えがたいが、何か打開策があるわけでもない。ここは策を練るのが一番だ、くれぐれも見つからないように」


 「サー イェス サー」


 「ところで、もうわしはおぬしの上官ではない。口調を戻してくれないか」


 自走砲とジープは同期に自律化された仲であった。上等兵として戦い続けた自走砲とは違い、ジープは昇進して大尉に上り詰めたが、車軸の不調で自走砲より先に名誉除隊になったと話していた。


 「先ずは地図が必要だと思う。消火栓のうしろにあったはずだ、相手がまだ休憩時間の隙に、それを確保するべきである」


 目標を明確にしながら、ジープは自走砲に命令を出す。


 「分かりました」


 消火栓は工具で簡単にこじ開けることができた。ジープが扉の裏の地図を抜き取る。


 ジープはたくさんの区画から、製鉄所の位置をさがす。全体の北東の端に、製鉄所があった。

 

 一方自走砲は消火栓に細工を施して、水源を得られるようにした。トロッコでコ高炉とコークス炉を往復できる自走砲だからこそ、両方の退役物体に水を渡すことができる。


 ここまで見てきた景色を考えると、自走砲はあることに気がつく。雑草が生えられるということは、どこかから種が飛んでこなければならない。もしや、あの壁の向こうは。


 「おい、どうかしたか。さっきから動いていないぞ」


 ジープが少し怪訝そうに言う。


 「何でもありません。ただ、東の壁ばかりに雑草が生えるということが気になりまして」


 「そうか。ここは外に一番近いから雑草の種が届く。中庭や通路、西のかべにはあまり雑草を見ない。さすが‘‘冷血の偵察兵’’、自走砲なのが玉に瑕だがなあ。おぬしが歩兵戦闘車だったなら、わが軍も更に強力だったなあ。」


 「‘‘冷血の偵察兵’’?」


 まわりでコークスの焼き具合を見ていた退役物体である一台のトラックがつぶやく。


 「おいお前、‘‘冷血の偵察兵’’を知らないのか、ほら、あそこにいる自走砲のことだよ。噂によるとかなり旧式なのに前線をかいくぐってきた敵を撃退したらしい」


 となりの退役輸送車が声を抑えながら言う。


 「その他にもかなり危険な任務を与えられていたらしい。にもかかわらず平気で生きて帰ってくる、化物だ」 


 会話が聞こえたのかそうでないのか、コークスの削りかすを紙コップに詰めて、目潰しを作る自走砲。それに驚いて戦略的に撤退する退役トラックと輸送車。


 トロッコにコークスを積み上げると、休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。


 装甲車が戻ってくる頃にジープはすでに地図を隠している。


 「早く働けスクラップども。刻まれたいのか」


 産業ガスバーナーを片ロボットアームに持つ装甲車の罵声が辺りに響く。だが、すでに脱出計画は少しだけ進んだ。トロッコを押す自走砲を見ながら、そう思うジープであった。


 高炉とコークス炉を何往復かすると、夕焼けが西の空に吸い込まれた。操業を続けている製鉄所の光は消えない。稼働する機械の音に紛れて、雨粒の音がするのを、自走砲は聞き逃さなかった。


 チャイムがなって装甲車がまた休みを取りに行った。夜の休み時間は少しばかり他と比べて長い。装甲車がいなくなるのをみ届けた自走砲は、砲塔の右辺に括り付けてある壺を、雨が当たる建物の隅に置いた。


 他の退役物体が自走砲に近づいてくる。砲塔に括り付けてある六つのジェリカンには、消火栓からくすねてきた水が入っている。他の退役物体が持つ容器に、順番に水を注ぐ。休憩時間外だと少しずつしか水を届けられないのだが、休憩時間だとほとんどの仲間に水がまわる。


 乾燥な工場内では、水は貴重な資源である。部品などを洗ったり、砂埃を落としたりすることができる。


 他の退役物体の様子を見ながら、自走砲は彼らの容態の変化がひと目でわかる。


 「もうほとんど持たないぜ」


 例の大型バイクがさけぶ。それを聞いてか、集まっている退役物体らから、不満な声上がり始めた。


 「どうせスクラップにされるなら一矢報いをいれてからだ」


 「偵察兵殿が消火栓に細工しなければこのおれはもうスクラップにされてしまっていたかもしれない」


 そのような中、はっきりとした声が響き渡った。


 「ならば、この私たち自ずらの手で、脱出を成し遂げれば良い」


 その声のもとをたどると、ジープがロボットアームにもつ地図を広げる。それを見ると、彼らに希望が戻ってきたようだ。


 だが、脱出が失敗すればどうなるかを、この時誰もがわかっているのである。夏の夜空にかけた誓いであった。


 雨水がたまってきたのを見て、自走砲は壺を回収した。壺の口に茶碗を被せる。陶磁器特有のくぐもった音が、自走砲にとって先の見えない夜に吸われた。


 第三部 over

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る