第二部 ビジネスマンション

森林を抜けて大きな鉄橋に差し掛かる貨物列車。

 二段重ねのコンテナを運ぶ台車に紛れて、自走砲たちを運ぶ台車が連結されて走っている。


 生活開始費として支給された10000ドルのプリペイドカードと都市部のビジネスマンション入居招待券を交互に見ながら、自走砲は今後の生活を想像することができなかったのである。


 除隊された人はそれぞれの故郷に帰る。除隊された自律物体やロボットは本来、どこに住むか自分で決めることができるが、ここ数年にできたビジネスマンション入居プログラムで、条件はあるものの都市部に無料で入居できるらしい。


 プログラムを企画したのは、ラクトース社という巨大企業。港の空地で一通り説明されると、自走砲らは台車に乗った。


 良くない予感がする。漠然としながら、自走砲は薄々感じていた。できれば断ろうとした自走砲だったが、将官らの顔を潰すわけにはいかない。

 将官がいる前で、堂々と


「プログラムに参加しない方はいらっしゃいますか?

いらしたらこちらに署名してください」


 などとうそぶくラクトース社代表が、ほくそ笑んだようにみえた。


 意外と本国内にも敵はいるようだった。パンフレットにはあたかも高級そうなマンションが描かれている。周りを見渡すと、まだ事の重大さに気づいていないようだった。


 ロボットアームに握りしめたサバイバルナイフが、冷酷に光った。


 だが、まだうかつに行動できない。ものすごい速さで走っている貨物列車から飛び降りるのは、たとえ装甲化された戦車でさえ致命的な怪我を負うかもしれない。


 それに、自走砲は工具と少しの予備部品くらいしか所持していない。ここはあえて事の成り行きに任せることが、最善の策だと、自走砲は考えている。


 周りの景色が一変し、トンネルを抜けると確かに大都会にさしかかった。


 「鋭い刃物をしまって都市生活を満喫しようじゃないか、そこのキミ。都市の住民が怖がるかもしれないじゃないか。もう戦争とはおさらばだぜ」


 そのように軽口を叩くのは、台車の後部に搭乗している大型バイク。


 それにしても杞憂なのか、と少しは疑った自走砲だったが、それでも警戒を緩まなかった。それからして少しばかり都市の風景を眺めていると、それが今までいたところをとは全く違う場所であることを自走砲は知った。

 行き交う自動車と、交差点に集まる人々。見たことのない物があふれかえっている。人々はみな大きなゴーグルみたいなものをかけ、プリペイドカードでゲートをタッチするだけで店から物を買う。


 町中バーコード案内板であふれていて、それを読み取る人々やヒューマノイド。もちろん、バーコードの意味がわからない自走砲らにとっては意味不明な行動である。


 列車の上でよるを過ごした自走砲たちから見ると、朝の都会は魅力的に見えるものだった。


 しばらくすると、目的地に近い駅で列車は止まった。すこし都心部から離れた立地に、黒一色の洗練された新築マンションがたてられていた。

 ヒューマノイドらは何故か乗用車に乗せられ、べつの交差点に消えた。

 案内の人が乗る乗用車に誘導されながら、大型バイクや自走砲らはセキュリティ門を通り抜けた。パンフレットは万全のセキュリティをも謳っていた。

 

 契約の書類にサインをするよう促される自走砲ら。一部の者たちがあこがれていた都市生活がまくをあけると思われたが、後ろから突然振動とともに、セキュリティフェンスの下から、分厚いコンクリートの塀が立ち上がり、マンションの敷地を取り囲んだ。辺りに砂利の匂いがする。


 予想外の出来事に声を上げようとした者がいたが、どこからともなくでてきた何台かの大柄な黒塗の武装車に、大きなロボットアームで抑えつけられた。薄く土によごれた塗装から、熟練者だと自走砲は考えた。砲弾などの反撃手段がない以上、どうにもできない。 誘導の乗用車に乗った人が、声色を変えて笑った。


 「どうもどうも、新入居者たち。新しい生活があると思いましたか?残念でした。命が惜しいのならそこにある契約書にサインをしろ」


 「そもそもお前ら自律物体にまで人権に相当する権利を与えるなんて可笑しい。ヒューマノイドに与えるほうがよほど良いだろう。この世界は常に下僕を必要としていることを見せつけてやる」


 武装車が大型ガスバーナーを持っているのがみえる。命令に従わない者はスクラップにされてしまうことを、退役物体らは察して誰も声をだせなくなってしまった。


 自走砲の予測は大きく外れてはいなかった。だが、なすすべがない。ナイフと産業ガスバーナーだと、勝負にもならずにナイフが融けてしまう。


 投げて運良くガスボンベに刺さっても、誘爆する確率は少ない。渡される契約書を書く以外に、生き残る道はないだろう。


 契約書は過酷なものだった。10年の無賃労働を無理やり組まれる。戦争用に製造された退役物体の多くは、名前の書き方を知らない者も多く、四角や三角でたらめな幾何学模様を殴り書きにする。


 自走砲は部隊の後方で資材管理をしたことがあることもあって、名前は書けるのだが、このようなこそくな敵に対して使うものではないと思い、 三角にバツを書いた。 


 押さえつけられたまま、持ち物を調べられる自走砲ら。持ち物を漁られるのだが、相手の興味は10000ドルが入ったプリペイドカードに釘付けで、ほかの所持品には目もくれず、刀と証書類、工具や部品は無事であった。


 放されて整列させられる。装甲車のセンサーが光る。変な真似はできないだろう。 


 隣を通り抜けた退役物体の機銃台座が、誤って自走砲の砲塔に載った木箱を落としてしまった。木箱が開き、埃を被った辞書がその姿を現した。

 

 自走砲は何かを思い出したかのように木箱と辞書をひろいあげた。


 トレーラーに順番にしばりつけられ、マンションの敷地から運ばれだす自走砲ら。すこし離れたところの豪華マンションの窓辺で、ヒューマノイドたちが生活を満喫しているところが自走砲の望遠鏡に映る。


 少しばかり虚しさが込み上げる。これが差別かと。遠い昔の上官から貰った辞書に、書かれた単語を思い出す。


 自走砲に搭載されている自律装置には昔、致命的なエラーが存在していた。ひとが喋る言語を理解できなかったのである。当時の自走砲に言葉を教えた人間が一人いた。


 この世界には、機械語だけではなく、感情を伝え合うことができる言語が存在することを。昔の上官で、伍長だったその人間は、ある戦闘で亡くなっている。


 自走砲が思考の奈落におちていると、灰色の壁がみえた。マンションの二階よりも少し高い外壁で覆われた工場に、乱暴に降ろされていた。


 入り口は赤錆色の鋼鉄の扉で、突破するのは難しそうだった。

 

 相変わらず産業ガスバーナーをもった装甲車が、見張りをしている。工場の建物に入ると、巨大なベルトコンベヤーに、完成品の家具を載せていく自律物体たちが、装甲車によって監視されている。もちろん自走砲らはそれが家具であることを知らない。


 自律プログラムを搭載すると人権に相当する権利が発生してしまうので、できるだけべつの機能を詰め込んだ家具を、低コストで生産させている。


 光合成システムを搭載したヒューマノイドを雇う人件費はとても高い。だが、自走砲のような退役物体には大抵光合成システムが搭載されているので、退役物体をこき使うことで、人件費のコストを切り下げている。


 狭い通路を通って、自走砲や戦車のような大型の車両は、奥にある製鉄所に連行された。


 工場は区画で管理されていて、各区画が壁で隔てられている。

 

 べにいろに光る溶けた鉄が、高炉に注がれている。管理の装甲車が、乱暴に言い放った。

 

 「おい、そこのスクラップども、トロッコを運べ。早く働け、さもないとあの溶鉱炉にぶち込んでやる」

 

 産業ガスバーナーをロボットアームに持つ装甲車相手に、自走砲らは黙って働くことしかできなかった。


 コークスが入ったトロッコを押しながら、自走砲は辺りを注意深く見回した。まだ脱出に使える物がたりていない。相手の素性がわからないまま、うかつに動けないだろう。


 装甲車の見ていない隙に、自走砲はコークスを三粒くらい、自分の車体にぶら下がってある麻袋に滑り込ませた。


 コークスのような石炭を高温で熱した物質は、ほとんど炭素しか残っていない。自走砲らの今後の生活は、穴ぼこだらけのコークスとともに、燃え尽きてしまうだろうか。


 第二部 over

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