黄昏の時代(あの日には戻れない)

 そして、人同士の殺し合いが始まった。

 余った瞬間接着剤は、人から人の心を奪った。

 気に入らない相手の口を塞ぐために使われた。

 自分を愛さない女を椅子に接着して身動きをさせずに家に据え付けた。

 他人の家の農耕具を固めて使えなくした。

 家畜を泥棒から守るため、柱にその体を張り付けて動けなくした。

 大賢人は失意の中、自らの命を絶った。

 俺? 俺は今、コレガ山の麓で、一人で暮らしている。

 することなど何もない。ただ、もう一度転生が叶い、もとの世界に戻れるのであれば、ここなのではないかという曖昧な期待のもと、ここにいるだけだ。

 それももう諦めつつある。大賢人もいないわけだから、そんなことがまた起こるのか、誰に聞くこともできない。

 一番近いあの町までも、一月以上もかかる場所だ。誰も尋ねてはこない。一年に一度くらい、あのエルマという女性が現れて、町の様子を伝え、俺の様子を見にくるくらいだ。人間の数は、ケルナイたちが跋扈していたあの時代より、さらに減っているそうだ。黄昏の時代。このまま人は滅びるのだろうか。そのといに、エルマは返事をしなかった。ただ、私の腕の中で泣きながら眠った。

 たまに思うことがある。

 「なんで俺、瞬間接着剤なんか持ってきちゃったんだろう」

 「他にも、人の心をくっつけて、ケルナイたちと戦うすべはあったのかもしれなかったのにな」

 「じいさんにもわるいことしたな」

 そんなわたしも、もうすぐじいさんである。

 転生なんか、するもんじゃあない……。

 嘆いてもどうしようもない。俺が悪いわけじゃないんだから。

 俺は毎日、手元にある最後の瞬間接着剤を、飲み下そうかどうか、迷っているーー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

瞬間接着異世界転生(俺は異世界に接着され、そしてーー) yoshitora yoshitora @yoshitora_yoshitora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ