第3話 回避失敗と本格的改革

 現在時刻は5時30分。パソコンの周りには、約10本のエナジードリンクの空が散らばっている。


「はぁー。やっと終わった」


 と俺はつぶやき、冷蔵庫のあるリビングへ直行する。目には酷いくまができ、ここ数日何も食っていなかったかのようなげっそりとした顔になっている。俺は冷蔵庫からコンビニに売っているうどんとプリンを取り出し、妹のななこが近くで寝ているのにも関わらず、音をたてて食べた。当然ななこは起きてしまう。


「ん〜うるさいなぁ。お兄ちゃん、なんで今そんなもの食ってんの?マジでうるさいんだけど。は?プリン食ったの?!めっちゃ楽しみにしてたのに!はぁほんとにゴミアニキだよね。この時間まで何してたのか知らないけど、今すぐ、プリン買って来て。私のプリン食べたんだから、2個買って来て。いや、買ってこい。命令」


「はい。分かりました。すみませんでした。以後気をつけます」


 俺はいつもなら、こんなとき素直に命令に従わないのだが、今の俺には反抗する体力がない。大人しくコンビニ行ってプリン買ってこよ。あと、エナジードリンクとチキン買ってこよ。

 俺は言われたプリンを2個しっかり自腹で買い、ついでに俺が欲しかったエナジードリンクとチキンを買って家に帰った。現在時刻は6時をまわっていた。仮眠する時間が...トホホ。


 コンビニから帰って、買ってきたチキンを食べ、エナジードリンクを飲み干し、テレビを見てゴロゴロして、時刻は7時になった。俺はあいつに会いに行かないといけないため、準備を始めた。そして、家を出て、あいつとの待ち合わせ場所という名の、地獄の場所に向かった。


「やっと着いた〜。ここ遠いんだよ家から。」


 そんなことを言いながら、目的地の中に入った。ここは、あいつが仕切っているといってもいい編集社だ。あいつの父親がこの編集社の会長で、1番のお偉いさんだ。その娘ということで、あいつは特別に編集社で働いている。働いているというよりも、遊んでいるって方がしっくりくる。給料が出るわけでもなく、ただただあいつの暇つぶしということだ。あいつはラノベが好きで、編集社にいればいろんなラノベを一足先に読むことができるため、編集社で仕事をして遊んでいる。


「こんにちは〜。サイタです」


「あ、こんにちは!サイタ先生!お疲れ様です」


「あの〜徳川さん。今ってあいついますかね?」


「あいつ?あ〜歩美ちゃんのことね。歩美ちゃんならまだ寝てるよ。今日6時くらいにここに来て、まだ時間じゃないから寝てよ。って言ってから今まで寝てますよ」


「そーですか」


 徳川さんはこの編集社の方で、25歳のお姉さんという感じの美人さんだ。必ず、出迎えをしてくれる。サイタというのは俺の作家としてのペンネームで、その由来は、そうた→ソータ→ソーダ→サイダー→サイタという変なものだ。ソーダをサイダーに言い換えるという発想はあいつが思いついたものだ。やっぱあいつは変わってるよ。


「おはよ〜徳川さん。あ!そうくん!ちゃんと時間守って来てくれたんだね!」


「あ、ああ。ちゃんと時間は守るよ」


「じゃあ!早速会議始めよ!はやくこっち来てそうくん!」

 

「わ、分かったよ」


「歩美ちゃんもサイタ先生も頑張ってね!」


 俺は歩美に引っ張られて、会議室に向かった。俺はやや緊張している。なぜなら、今から地獄が始まるかもしれないからだ。


「よし着いた。じゃあそうくん、私の前の席に座ってね。今日はご褒美も用意してあるから、頑張ろうね!」


「歩美が俺にご褒美を用意してるの?めっちゃ気になるな。教えてくれないか?」


「いいよ〜。じゃあ先にご褒美をあげるから、今日はめっちゃ頑張ってね!」


 今日でこの会議は9回目だ。俺は9巻まで作品を出している。俺の書く作品はファンタジーもので、莫大な人気がある訳ではなく、人気が無いわけでもない。つまり、普通。まぁ俺はこの人気度に満足している訳ではないが、このくらいでいいだろうと思っている。そんなことよりも、9回目にして、初めてご褒美が用意された。どんな怖いご褒美なのかとても心配だ。


「じゃあそうくんちょっと目をつむって」


「ああ分かった」


 次の瞬間、俺の顔に服が被せられた。


「おい!なんだよ!なんで顔に服なんて被せるんだよ!期待して損したよ!え、なんで歩美、下着姿なんだよ。」


「だって、そうくんの書いてるラノベの主人公がダンジョン攻略のご褒美に、脱ぎたての服を顔に被させてもらうっていう描写あるじゃん!ラノベのご褒美シーンっていうのは、作家の性癖なんだと思ったの!」

 

「そんなわけないだろ!そんなこと言ったら、作家全員、性癖丸出しの変態になるじゃないか!」


「だってそうじゃん!私ね、そうくんの他に2人の作家さんを担当してるんだ。そのうちの1人のラノベに、脱ぎたてのパンツを顔に被るっていう描写があったんだよ。さすがに、脱ぎたてのパンツは私が嫌だから、未使用のパンツを持ってきて、顔に被せてあげたの。そしたら、その作家さんがめっちゃ喜んで、ニヤニヤしてたの!だから、そうくんもそうなるんじゃないかなって思ったの!」


「マジかよそれ!いいか歩美、歩美はJKなんだぞ!華のJKなんだから、好きじゃない人の前で、服を脱いだり、未使用だからといってパンツを人の顔に被せたりするのはやめておけ!俺はラノベに性癖を書くような事は断じてしてない!だから、はやく服を着て」


「好きじゃない人の前って。てか、そうくんの性癖が脱ぎたての服を顔に被せることじゃないんだったら、なんで、その、あ、あそこが反応してるの?」


「あ、ホントにごめん!これはその不可抗力で。服を顔に被せられて反応してるんじゃなくて、歩美の下着姿に。」


「そうくんの変態!」


「歩美がやったことだろ!!」


 こんな事がご褒美だったとは。実を言うと、割とガチ目に性癖なんだよな。てか、歩美顔を赤らめて可愛いな。じゃなくて、


「歩美、はやく会議始めないか?多分今回はじご、いや、ちゃんとした会議になると思うからさ。今回は自信あり!」


「じゃあ始めよっか!」


 歩美が俺の原稿を読み出して、2時間後、


「はぁ全然ダメ!そうくんやる気あんの?なんなのこのくそみたいな原稿。なんも盛り上がるところがないじゃん。全く面白くない。これは今日家に帰れません」


「え、今回自信あったのに!嫌だ、嫌だ、もう地獄は味わいたくない!やめてくれぇ!」


「ん?地獄?ふーん、編集社で私の監視付きで原稿の作り直しのことを、地獄って言ってたんだね。そうくん、私優しいから、エナジードリンク10本買って来てあげるね。今日は明日までずっと寝ないで、原稿の作り直しだよ」


「ま、マジですか?!ホントにごめんなさい。地獄なんて思ってません。歩美、いや、歩美様の監視付きで原稿を作り直せるなんて、天国のようです。そうそう、地獄と天国を言い間違えたんです。だから、どうか、どうか、2日連続オールだけはやめてください!」


「あ〜そう。どうでもいいから、はやく原稿の作り直し始めて。」


 あーあ、やらかした。もうおしまいだ。さよなら、短い人生。






あれから、何時間も経ち、時刻は午後11時。


「あ〜今日中に間に合った!!」


「おつかれそうくん。これが嫌だったら、これからちゃんと原稿作ってくるんだよ。あと、地獄なんて言わないことだよ」


「肝に銘じておきます。」


 俺は椅子から立ち上がり、帰ろうとするが、


「そうくん。まだ帰らないで。少し、雑談しようよ。」


「ん?雑談か。いいよ。」


 雑談ってなにすんだろ。はやく帰りたいな。


「ちょうど1年前かな?私ね、そうくんを見てびっくりしたよ。私は中学の頃から、編集社でそうくんと関わってたけど、高校に入ったとき本当にびっくりしたよ。身長は高くなってるし、めっちゃイケメンになってるし、中学の頃とは全くの別人になってたもん。」


「あ〜俺自身もびっくりしたよ。春休みだけで、身長が15センチも伸びて、180センチにもなってて、なんもしてなかったのに、どんどん顔が変わっていって、俺なんて、中学では空気に溶け込んで、誰にも干渉される存在じゃなかったのに、高校入った途端に、みんなに喋りかけられて、同じ中学のやつにも喋りかけられて、でも、そいつらは俺の中学の頃を知らないんだぜ。面白い話だよ」


「そうくんは中学の頃みたいに、クラスの空気に溶け込んで、黙々とラノベを書いたり、ラノベを読んでいるっていう学校生活に戻りたい?」


「戻りたいね。人と話すのはあんまり好きじゃないし、なんか、学校の方がラノベを書くの意外とはかどるし。てか、歩美は人と話して、陽キャになりたいんだよな?」


「うん。そうだよ。いつも言ってるじゃん。私ね、

視力いいのに、なぜか、人を見たら、目付きが悪くて、睨んでるって言われるじゃん?それってなんでかな?」


「俺はそんなことないと思うんだけど、歩美は、喋りかけて来そうだなって人をめっちゃ見るじゃん?その眼力が強すぎて、睨んでる風に見えるんじゃないか?それをやめたら、すぐ陽キャになれるよ。」


「そうだよね」


「ああ。いい事を思いついた。俺は陰キャボッチの誰にも関わらない生活が欲しい。そして、歩美は陽キャの生活が欲しい。そんな、現状と理想が真逆で、理想とするものが真逆の俺たちで、協力して、理想を手に入れるっていうのはどうだ?」


「そうくんそれ良い!それは具体的にどうするの?」


「俺はクラスで、歩美に積極的に関わりに行く。そして、俺が歩美を陽キャにしてやる。その後、俺は人から嫌われる行動を取り、今のカーストトップから自ら下がっていく。それに追い風を立てるように、俺から変なことを言われたなどのことを陽キャ集団達に歩美が言いふらして欲しい。そうすれば、周りから嫌われていき、嫌われるを通り過ぎると、人は興味というものをなくす。そうすれば、俺の理想が現実に変わる。これで俺たちはパッピースクールライフを手に入れられる!」


「あ〜分かった!それじゃお互いに頑張ろ!」


 歩美は一瞬、引きずった顔をして、すぐに笑顔に戻し、俺の作戦に同意した。周りから人気があり、常に監視される学校生活では俺は執筆活動はできない。なぜなら、集中できないから。そして、執筆活動をしていることを多数の人間に知られたくないからだ。この理由はただ俺のこだわりである。でも、このこだわりはなかなか捨てられない。そこが難しいポイントなのだ。


 俺はまだ知らなかった。その引きつった顔が何を意味するのか。そして、俺がとんでもない間違いをしていること、これから起こる出来事が俺のただの空回りであること、こだわりを捨てられる捨てられないとか馬鹿馬鹿しいことを言っていること、陰キャボッチだから執筆活動をできるという定義は成り立たないということを。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

理想が真逆な俺たち!! 八幡信者 @hschimanshinja

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ