第7話

 「先輩」と声をかけられたので浦見にまた給湯室に連れて行かれるのかと身構えたが、そうではなく資料の確認を頼まれただけであった。

 気が変になっている。これではだめだと、トイレで顔を洗うついでに鏡で昨晩できた傷口を確認した。

 ―武史になんていえばいいんだろう

 女二人で食事をしていたら首から流血しましたなどと、うまい言い訳がみつかるはずなかった。

 まぁ武史なら何も気にしないだろう。

 ため息をついてデスクに戻ると、行松がにやにやしていた。

 「やっぱ首のそれって武史くんにつけられたの?」

 「ちがっ」

 「照れなくていいよ。わたしなんてしょっちゅうアザ残っちゃうし残しちゃうもん」

 ははは、と朗らかに笑う気楽な彼女にいくぶん励まされた気がした。

 「で、武史くんとは仲直りしたの?」

 「えっと、まぁ分かり合えないところもあるけど、少なくとも私にとっては良い男、かな」

 「なにそれ、ノロケ?」

 

 そうだ、とヒメは考え直した。いくら武史が爬虫類みたいだとしても彼の眼鏡をかけなければ、ふつうの人間じゃないか。

 かつてセックスしたときも、保険の授業やAVでみた人体そのもので、何も不都合などない。それに怪しい集団ではあるけれど同じ悩みを抱えた人たちもいる。



 「ただいま」

 鼻につく臭い、燃えカスのような、脂のような。

 なんだか焦げ臭いのは武史がグリルで焼き加減でもミスしたからだろうか。

 「ねぇ、換気くらいしてもいいんじゃないの」

 

 リビングの中央で炭化して黒焦げになった武史が眠っていた。



 山科は来れないということでテレビ電話がつながっていた。浦見と瀬川と、数人の知らない女たちがいた。

 「私はいったはずですよ、あなたの最も身近な禍だと。それが武史さんだったということです」

 「信用できると思いますか」

 「ええ、信じてもらえないでしょう。それに焼死するところなんて見たくないでしょうから瀬川さんに頼んでひと晩、彼から遠ざけたんです」

 「どうして武史が死ななければならないんですか」

 「それも言ったはずです。そうしなければ殺人鬼になると。放っておくことなど、してはならなかったわけです。あなたに、彼は突発的に殺人鬼にならないと証明できますか」

 「卑怯ですよ」

 「それに、その男は人間ではなかった。その上、いつ殺人鬼になるのかもわからない。その男を悼む気持ちはわかりますがしつこいと、あなたもあの男と同じところに送りますよ?」

 「先輩、あまり逆らわない方がいいです」

 「どうしてよ、みんな知っていたの? 武史が、この人に殺されるのを」

 「はい」

 「どうして言わなかったのっ」ヒメは浦見の胸元をつかんだ。

 「じゃあ、あなたの恋人である武史さんは殺人鬼予備軍なので燃やして殺しますといって、信用したんですか?」

 「あとね」瀬川さんは意を決したようにいった「山科さんに口答えすると、その男みたいになるのを忘れない事。これは護生の会の第一の原則だから」

 「は? 何を言ってるの? 山科は私たちを守るんじゃないの?」

 「私たちは、殺人鬼と山科トミ子の呪殺から身を護るために集まっているんです」悔しそうに浦見はつぶやいた。

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世界の半分は化け物 古新野 ま~ち @obakabanashi

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