第6話
一週間後、山科トミ子のもとにむかう車内で、助手席に座る自分というものをまだ夢かなにかだと思い込もうとしているヒメは、市販の睡眠剤を服用してむりやり気分を落ち着けていた。私のをあげましょうか処方薬ですよ、という浦見の提案を断り、ぼんやりと流れていく風景をみていた。田舎にむかっているようで、ぽつぽつと立つ街灯の灯りはこころもとない。
「運転変わろうか」
「眠剤飲んだ人にはまかせられません」
「あんたも飲んでるでしょ」
「私は慣れてますから」
もうすぐ県をまたごうとしたあたりでカーナビは目的地であることをつげた。
すっかり暗くなっているのに開いている店がない。ところどころに民家があり、それらの光とたまにとおる車だけ。虫のさざめきがきこえる。どこかで馬鹿な犬が必死に吠えている。
「ここです」
表札のない平屋の玄関、インターホンをおすと老婆の声で待ってましたよと返事があった。
「失礼します」と靴を脱いであがる浦見の後をおう。
「いらっしゃい。色々と戸惑われているでしょうけど、とりあえずおかけください」
脚が悪いようで壁に手をつきながら歩く老婆、これが自分の命を守ってくれるなんて到底思えなかった。
ガーベラの育つ鉢と小型のテレビが置かれたテーブルには急須と湯呑が用意されていた。
「番茶ですよ。寒いでしょうし、飲んでください」
変哲の無い老人の一人暮らしの部屋だ。宗教のトップとは思えないつつましい暮らしぶりに、すこし意表をつかれた。
「どうですか、旦那さんとはうまくいってますか」
「籍はいれてないですが、まあ、とくにかわらずです」
「ごめんなさいね、年寄りだから同居しているとすぐに結婚に結び付けちゃう」
いかんねぇと笑う。
「前置きはなしに聞きます。私を呼んでどうするつもりですか」
「もちろん、あなたをお守りするんです」
「だから、どうやって」
「呪い、ですね。主に」
また厄介なことを言い始めたと、ため息をついた。
「呪いなんて、そんなおまじないみたいなもので誰かを退治して人命が助かるなら私ではなくて世界のために役立ててください」
「ええ、役立てています。今日もすでにひとり、殺人鬼の予備軍を呪殺しました。毎日のことです。役目を賜ってからは毎日しています。もう70年以上ずっと。本当に生きるとは地獄なんだと身に染みています」
そして老婆は茶をすすって、ガーベラの花びらを一片ちぎり噛んだ。するとガーベラが血を流し始めた。
そして、ヒメはなにか首筋に触られる感触を覚えて手で払うと血が流れていることに気がついた。
「いつもはこれを燃やしています」花びらをゴミ箱に捨てた。
「まぁそういうわけです」
「あなたに不思議な力があるのは認めます。だからと言ってあなたが私に何をするのか分からない。見返りでも求めているんですか」
「お金をくれるなら年金暮らしなのでとってもありがたいんですけれどね。まあ、払いたくないなら別にかまいません」
「先輩の命を狙う殺人鬼を、この方が先回りして退治してくれる。まあそれだけです。私はお歳暮は送っていますけどお金は渡したことないですね」
「社会人1年目から取ろうなんて思ってませんよ」
では、今晩も。そう言って山科は花びらを1枚ちぎり、息をふきかけると発火し始めたので、ヒメは腰をぬかした。
「あなたの最も身近な禍を呪いました」
その晩は、山科の供応にあずかり、翌朝、そのまま浦見の車で会社にむかった。
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