第5話

「瀬川さんと矢沢さんはこの近くに住んでいるので、ぜひ頼りにしてください」

車内は無音だ。しかし外でいつの間にか降り始めた雨のせいで、心が落ち着くことはなかった。家まで送りますよというから、乗せてもらったが、彼女と二人きりでいるとさっきまでの異様な話がすべて出鱈目だったのではという気がしてくる。それはヒメが今まで浦見の印象が押しに弱く引っ込み思案というものだったためだ。まだ、怪しい集団に騙されているのではないかという疑いがぬぐえないでいる。

そんなヒメの思案をよそに、これで先輩の命は安全だと安心しきった浦見が意気揚々話している。先輩も護生の会に入ってくれると心強い、とかなんとか。

「まだ入るってきめたわけじゃない」

「命がかかってるんですから、入るにきまってますよ」

あまり男の話をしたくないので、仕事の話に切り替えた。行松に課された市場動向のまとめはどうなっているかを聞くと、まだできてませんと頼りがいのない返事をした。


武史が晩飯を用意していた。イワシのかば焼き、それから野菜の盛り合わせ、そして第三のビール。

 武史に料理を任せたら、いつも魚料理になる。もともと、彼がスーパーの水産コーナーでアルバイトしていたため、簡単な魚なら料理できるのをアピールしてくるのだった。 

「おいしいよ」

「ありがと」

「来週、後輩に呼ばれて晩御飯食べてくることになったの」

「うん、わかった」彼はカレンダーをみる。「こっちも適当に食べておく」

「ねぇ、眼鏡かして」

「まぁ、別にいいけど」変なの、といいつつ黒ぶち眼鏡を寄越した。

やはり、武史は爬虫類だった。半魚人かもしれない。それか地底人。人外の存在で、指は5本だがそのすべてに魚のヒレのようなものがはえている。爪はするどくとがっている。口内の、飯を咀嚼する唾液はヒメが今まで見たことの無い色だった。おそらく光の加減でそうはならないだろうというような世界の理屈から外れてしまった未知の色をした体液。

「眼でも悪いの」とヒメを心配する武史の眼は鉛に似ていた。瞳がないからこちらを向いているとわからない、まるでウルトラマンだと彼女は笑いそうになった。

「そうみたい、ここのところずっとパソコンと細かい字の資料と睨めっこしかしてないから」

「眼科に行った方がいいよ」

「そうする」

眼鏡を返したら、武史がいた。

「どうしたの、ヒメ、悲しいことがあったの、言ってくれないとわかんないよ」


「テレビで酷いニュースがやってたよ。なんでも女の子を攫っては殺してた男がいたんだけど、そいつ自分の家に火をつけて死んだらしいんだ」

「へぇ」


 その晩、浦見にメールで確認したところ、それが山科の力だといった。 

 

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