第7話 オススメのケーキ

「一応パーティ組もっか。名前もこれで嘘じゃないって分かるし」


 そう言うので、俺はアクアに教わりながらパーティを組んだ。ウインドウのアイコンのうち人が描かれたものが、フレンドやパーティ関係のものらしい。そこで彼女の名前が確かに“Aqua”であると判明した。


 アクアは店に向かうと言うので、俺はその後をついて行く。


「そういえば、その綴りでサージェルって読むんだ。どういう意味なの?」


「ええと。俺の名前に影が付いてるから“シャドウ”を取って、それで天使アバターだから“エンジェル”。それを組み合わせて“シャドウエンジェル”にして、それを短くしたんだよ。でも、シャージェルだと読みにくいからサージェル」


「……あまり本名は言わない方がいいよ、リアル割れするから」


「あ……」


 言われてすぐにしまったと思った。まあ、こうして注意してくれる辺り、この人はそこまで悪い人でもないだろう……と思っている。何かあれば警察を頼るし問題はない。


「んんっ。まあ、アクアさんのことは信頼したいので、リアルを捜索したりしない……ですよね?」


「しないしない。信頼してくれていいよ、私のことは」


「……そう言う人って大体怪しい」


「あーもう。私のアクアも本名由来。ほら、これでお互い本名の情報出し合ったし、おあいこね」


 嘘かどうか調べる術がないのでなんとも言えないが、あまり疑い過ぎても気疲れするだけだ。この人は嘘をつくような人じゃなさそうだし、信頼してみるとしよう。それに、人を見る目は友人のお陰でだいぶついた自信があるのだ。


「分かりました。じゃあ、一応信頼します」


「一応……まあ、いいや。ネットは怖いもんね。私も何度かリアル割れしたことあるから、その恐怖はよく分かるよ」


「……あるんだ」


「まあ、みんなリアルの友人だったから問題なかったけどね。あ、このお店だよ。ここのケーキが美味しいの」


 アクアが足を止めて目線を向けた先には、真っ白い壁がよく映えた綺麗なお店だった。看板には英語でレストランと書かれている。


 入ろ入ろ、と入り口を開けたアクアに続くと、ナポリタンかピザだろうか、トマトの香りが俺の鼻腔を刺激する。奥に進むと、今度は甘い香り。恐らく、ケーキだろう。カウンター席に座った女性プレイヤーがショートケーキを食べているので、多分それだ。


 一番奥のテーブル席にアクアが座ったので、俺はその対面に座る。その直後、目の前にウインドウが現れる。どうやら、メニューらしい。


 どうせなら一番高いのを選んでやろうと思い、メニューを下へとスライドしていると、八千レス──レスはこのゲームの金額の単位らしい。由来はネームレスのレスだとか──というケーキを見つけた。ホールケーキなのかとも思ったが、どうやら一切れでその値段らしい。


「このケーキってなんでこんなに高いんですか?」


「ん? ああ、それね。それ、採集クエストで集める材料がないと作れないの。あと、敬語じゃなくてもいいよ」


「採集クエストか……確かに、在庫数って出てるわ」


 試しにその「ゴールドチェリーケーキ」をタップしてみると、在庫数三個と出てきた。


「そのゴールドチェリーっていうのがすごく美味しいんだけど、それの採集には目安レベル十七のモンスターを三体倒す必要があるんだ。私も最近になってやっとクリアできるようになったの。ちなみに、そのゴールドチェリーは糖度蜂蜜レベルって言われてるんだ」


 蜂蜜レベルの糖度のチェリーとは……


「これにしよ」


「……遠慮ないね、君。まあ奢るって言ったの私だからいいけどね……はい、八千レス送った」


 アクアが言うと同時、メニューウインドウの上に「アクアから8,000レスが送られてきました」というパネルが現れる。それの承諾もとい丸ボタンを押すと、さっきまで1,000レスと表示されていた俺の所持金欄が9,000レスへと変わっていた。


 送られてきた八千レスを使いゴールドチェリーケーキを購入する。チャリンと音がして、レスが一気に減った。ついでに、メニューウインドウも消える。


「私はいつものこれにしようかなー」


 正面でもアクアの注文が終わったのか、メニューウインドウが消滅してよく見るとまだどこか幼さの残る顔が露わになる。


「何注文したの?」


「私? 私はショートチーズケーキ。ショートケーキのスポンジの代わりに、チーズケーキを使ってるの。最近ハマっててよく食べるんだー、ここだといくら食べても太らないから」


「……その代わり現実で動かないから、消費も減りそうだね」


「ちゃ、ちゃんとAR使って運動してるもん」


 目を逸らした。してないわけじゃないのだろうが、たまにサボってるのだろう。


「それで、俺に何か用があったの?」


「用、というよりは、興味かな。さっきも言ったけど、天使を使う人って少ないからさ」


「どうして?」


 俺はゲームにログインする前に調べることもせず、しかも空を無限に飛べるという文面だけを見て決めたので、天使のデメリットをほとんど理解していない。


「天使のメリットは空を無限に飛べること、闇属性以外の耐性が強いこと。それでデメリットは、状態異常の効果が上がること、装備容量の初期値が低くて上がりにくいこと。ほら、こういうゲームってレベルの他にも武器が大事になってくるから、強い武器が最初の頃に装備できない天使は、弱いモンスターとばかり戦うしかなくてなかなかレベルが上がらないの。それに、レベルが上げにくい上に装備容量の増加幅も小さいから、序盤で天使を使うのを諦める人が多いんだ」


「へ、へぇ……」


 俺、天使続けれるのかな……


「それに、状態異常の効果アップも怖いんだよ。本来なら数分で解ける麻痺が十数分になったり、HPの半分を削る毒が三分の二を削ったり。いくら耐性が高いって言っても、動かなかったり体力削られてたら何の意味もなく倒されちゃうからね」


「……天使って不便だなあ」


 そう考えると、あのチュートリアル後バトルは状態異常もなかったし、全部倒せたのだから奇跡的だったのだろう。


「もしかして、何も調べずに天使選んだの⁉︎」


「うん、無限に飛べるって楽しそーだなって思って」


「……アバターの再作成は課金が必要だよ」


「うげ、それは知らなかった」


 アバターの再作成すればなんとかなるかな、などと思っていたところの要課金の判明に、濁った声が出た。


 その直後にこの店の店員だろうNPCが注文したケーキを運んできた。片方はショートケーキのような見た目だけど実はチーズケーキでもある複合ケーキ。もう片方は金色のチェリーが乗ったショートケーキだ。


「おー、キラキラ……」


 金箔の乗ったアイスを食べる様子などをテレビでよく見かけるが、そんな感じだ。


「奢りなんだから、味わって食べてよね」


「うい。いただきます」


 こうして自分の手でフォークを持ちケーキを食べるなど、いつ以来だろうか……そんな感慨に耽りながら、ケーキの先端を口に運ぶ。ケーキ自体は普通のショートケーキのようだ。そして、四粒乗っているチェリーの一粒を口に入れ、房からもぎ取り口の中で噛み潰す。


 種はなく、噛み潰した瞬間に口の中を甘い果汁が染み渡る。蜂蜜レベルの糖度という前触れだったが、そう言われても過言はないくらいの甘さだ。しかし、その中にうっすらと酸味を感じる。


「どう? 美味しい?」


 ケーキを食べる手を止めて、俺の顔を覗き込むアクアが聞いてくる。俺はその顔を見返し、質問に答える。


「超甘い。でも、超美味い。なんていうか、甘さの暴力って感じじゃないんだよ。こう……ケーキとチェリーの違う甘さが、お互いを引き立て合うような……でも、どっちも負けてないんだ。そう、言うならば……甘さの関ヶ原合戦」


「どこの食レポタレントだよ。でも、その気持ち分かるなあ。私も始め食べた時は、めちゃくちゃ甘いのに美味しいって言うのに驚いたよ。値段に負けないおいしさだね」


「うん」


 俺はそのあと、ゆっくりと味わいながらケーキを減らしていった。アクアが食べ終わった二分後に、俺もケーキを食べ終える。自腹でコーヒーを注文してそれを一口飲むと、口の中の甘さが苦さで流されていき、何故か安心感が湧いた。


「甘いものの後のコーヒーってなんか落ち着くよね」


「心を読むな」


「表情を読んだの……それにしても君、可愛い顔立ちしてるよね。自作?」


「いや、現実のをそのまま使ってるけど……」


「うぇえ⁉︎ 男子でその顔⁉︎ 世の中理不尽、私より可愛いんですけど!」


「いや、そんなことはないと思うけど……そっちは?」


「髪の長さと色、目の色は変えてるけど、一応現実のままだよ。ううん……こんなに可愛い顔の男子がいるのか……。いやでも、クラスの彼も結構可愛い顔してたな……」


 クラスの、などと言っているし、アクアは学生なのだろうか。だとすると、高校生か大学生も前半……まさか中学生か?


 流石にそこまで聞くのはいけない気がして、俺はその疑問を心の奥にしまった。


「アクアも十分可愛いと思うけどなあ」


「……ほんと?」


「うん。俺の中では可愛い部類」


「部類って何よ。でも、可愛いか……私はそんなことないと思ってるけど、ホントに思ってる?」


「女子ってそう言うところあるよな! ホントその自分可愛くないです主張嫌い!」


 女子の知り合いは大して多くないが、そのうちの大半の女子は可愛いと言うと「可愛くないよー」と返答する。俺は正直、それが面倒だと思っている。だって、こっちがお世辞で言ってるならまだしも、そう思って言っているのに否定されるとなんかムカっとくるのだ。


「……なんかごめん。女子を代表して謝っておく」


 会って十五分くらいの女性に謝られると言う体験をしながら、時間は過ぎていった。

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夢の中の自由譚 flaiy @flaiy

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