第27話 領主の館に黒幕がいたため質問する

「やれやれ」


 男は言った。

 俺の見たことのない奇妙な仮面をかぶった男だった。

 その仮面姿から道化のようにも見えるが、その姿はまぎれもない貴族の、エント子爵のもの。

 立ち居振る舞いは当然のように貴族じみていて、仮面さえなければ貴公子として通るだろう。


 そんなエント子爵が階段の踊り場の上から俺たちを見ている。


「エント、子爵、なのですか……」

「そうですよ。まったくもってあなたは面白い」


 エント子爵は洗練された所作で、大仰に自己を表現する。それはどこか作り物めいた、人形劇を見せられているようでもあった。

 エント子爵が一度も見せたことのない姿で、声色で、そう俺へと言ってくる。


 ――面白いと。

 ――何が?


 そう聞くことが出来ればなんと良いだろう。

 しかし、今や俺が自由に話せるような雰囲気ではなくなっていた。

 故に見たまま、エント子爵が行うままにこの場は進んでいくのだ。


 作り物めいた、人形劇の様相のまま、彼は言う。


「君たちがここに来た理由はわかっていますよ。あの送り人殿でしょう?」

「ふん、まさに黒幕という感じじゃな。話がわかっておるのならば、あの娘っ子を何のために使っているのかさっさと言ったらどうじゃ」

「我が計画には必要なことでした」

「計画……?」

「どうせロクでもないことじゃろう。こういう場合のお約束というやつじゃ」

「まさか。崇高なものですよ」


 崇高。

 彼はそういった。

 この街の住人を信頼していた騎士たちを殺してウェイカーとして起き上がらせておいて、一体何が崇高だというのか。


 ――俺には一切、理解できそうにない。


「というか、私はあなたには言っていたと思いますがね。私の計画について」

「え……?」

「まさか忘れましたか? それほど愚鈍とは。竜を従えていても子供ということでしょうかねぇ。まあ、劣等の黒ならば当然ですか」

「なにを言っているんだ……!」

「はは。王になるのですよ」


 それは最初に言っていた。

 俺も覚えている。けれど、そんなことを本当に望んでいるとは思っていなくて。俺に忠告をしてくれた彼がそんなことをすると思いたくなくて。

 俺は意識から外していた。


 けれど、それを彼自身が肯定した。宣言した。


「なんで……なんで、それでこんなことを!」


 ――本当に、何故。

 ――良い人だと思っていたのに。


「王になるんですよ。そう言ったでしょう。何度も言わせないでください。我らが大いなる計画。私が王となる計画、その崇高なる目的の為に、私はこうしているのです」


 そうエント子爵は言った。

 仮面に隠されて表情はわからない。

 いや、いいや。

 嗤っている。

 エント子爵は嗤っていた。こちらを見て、あるいはあらゆるすべてを。


「あなたがもたらしたものはとても役に立ちました。武具としても、資金としても。あれらがなければ私の計画はあと数年は遅れていたことでしょう。こうして前倒しできたのもあなたのおかげです。感謝しますよ。だからこそ、あなたの大切な送り人殿をお返ししましょう」

「え……?」


 彼がそういうと彼の背後の暗がりから少女が現れる。

 いつもの変わらない無表情のアイリス。どこにも怪我をした様子もない。

 彼女はまっすぐに階段を下りてこちらまでやってきた。


「良かった無事で――」


 そう俺ははっきりと安堵してしまった。

 エント子爵がこんなにも簡単に彼女を解放するはずがない。

 わかっていたはずだ、考えられたはずだ。


 けれど、俺は馬鹿で、思わず近づいてしまって――。


「馬鹿者近づくやつがあるか!」

「え…………」


 すべてが手遅れになってから気が付くのだ。

 自分が何をしでかしたかを。


「あ…………」


 痛み。

 焼かれたような痛み。

 痛みに呻くことすらできない強烈な痛みが突き刺さっている。


 短剣が突き刺さっている。

 ――誰に?

 ――俺に。


 血が流れている。

 ――誰の?

 ――俺の。


 なんで、どうして。


 刺された。


 熱く、冷たく冷えていく身体の中で俺は考える。

 どうしてこんなことになったのかを。どうしてアイリスがこんなことをしたのかを。


「あ……ああ……」


 誰かの悲鳴が木霊する。

 ――誰の?

 ――アイリスの。


「はは」


 嘲笑う声がする。

 ――誰の?

 ――エント子爵の。


「そうだ、その絶望が見たかった」


 俺は痛みの中で、悟る。

 これは彼の企み。

 これは全て彼の仕組んだこと。アイリスがこんなことをしたのもすべて。


 ならばどうする。

 俺はどうしたらいい。


「……あ……なん、で……」


 何かが俺の頬に当たる。

 霞む視界の中で見たのは、涙を流すアイリスの姿。

 死にそうになりながらも、そんな珍しい表情に思わず、見入ってしまう。


「けど……」

「……あ」

「やっぱ、いつものがいいや……涙は似合ってないぞ」

「あ、レイ!」

「おい、死ぬな、死ぬなら契約を解除してから死ね! おい! わらわは回復術式なんぞ使えんぞ、おい、小娘なんとかせい!」

「で、も……」

「刺したのなら自分でなんとか責任もって治せ」


 そんな無茶な、あと操られていたんだから、アイリスを追い込むようなことを言うなよ。

 という言葉は出なかった。死にそうな痛み。今も血は流れ出していく。


 気が遠くなる。

 意識が薄れていく。このまま眠ったら全部夢だったことにならないだろうか。そう思うけれど、どうやったってそんなことにはならない。

 痛みがそれを教えてくれる。


 鈍く、腹を貫く痛み。

 現実感を喪失した状況が、俺に考える時間を与えてくれる。


「お主、火が使えるじゃろ、こうなればもう焼いてふさげ!」

「……うん……」


 生じる灼熱に俺は声を上げる。

 それが俺に現実感を与えてくれる。

 その炎は熱くて、痛くて、けれど優しいことだけが伝わる。


「――っ、は!」

「おい、無事かお主!」

「あ、ぁ……なんとか……それより喉、乾いた……」

「良し、無事じゃな。ん、待てよ? 死んだら契約無効になった説はないか? 良しもう一遍しね!」


 ひでぇ……。

 という気力も今は薄い。


「はは。これはこれは良い友情物語ですねぇ。滑稽かな。ですが、送り人殿、あなたが彼を刺した事実はなくなりませんよ」

「…………」

「それ、は……おまえが操っていたんだろう……」

「正解ですが、意識はきちんとありましたよ。ふふふ」

「悪趣味な、やろうが」

「おやおや、良い口調になって私は嬉しいですよ」

「なんで、こんなことをする!」

「なぜ、そうええ、何故。それを知りたいでしょう。教えてあげますよ。まったくなにもわからない蚊帳の外にいながら殺されるというのは心外でしょうから」


 パチンと、彼は指を鳴らす。

 すると、何処からともなく椅子が現れる。

 それに彼は腰かけて。


「さて、何からお話ししましょうか。私の生い立ちなんてどうです? その方がこのお話にとても良く入り込めると思うのですが」

「そんな長くてつまらなそうな話はいらんわ!」

「おや、竜殿、酷いことをいう。誰の人生であってもつまらないということはないのですよ」


 多くの人間の人生を奪っておいて、何を言っているのだ。

 そう思う。痛みは興奮が抑えて。ただ疑問ばかりが残り続ける。


「なら、なぜ」

「王になる。そのためには今の王を倒さねばならない。そのために必要なのは軍勢だ。しかし、人間の軍勢は脆い。そこで私は考えた。死なず、ただ敵を殺すだけのものを軍勢にできないかと。生者を襲い、死者を拡げる彼らは私にとって軍勢として申し分なかったのだ。流石に竜の相手までは想定していなかったがね」


 そう彼は大仰に肩をすくめた。

 そんなことのために、そう思うけれど、俺はただの異邦人。異世界から来ただけのただの一般人だ。

 彼に何があって、なんでこんなことをしているのかという深い部分はわからない。


「それじゃあ、俺に忠告してくれたのも嘘なのか」

「いいえ。あれは私の親切心ですよ。これでも誠実を心掛けているもので」


 わからない。

 そんなことを言う者が一体どうして、こんなことをして、どうして王になりたいのか。

 わからない。なにひとつ。彼の言葉を聞けば聞くほど。


「ああもう、めんどいのじゃ。良いから肝をはなせ、わらわは難しい話はわからんのじゃ!」

「…………」

「はは。だから言っているではありませんか。ただ王になる。そのための私が思う最善策を実行した。それだけのことですよ」

「本当に、それだけ、なのか……?」

「はい。それ以上もそれ以下もない。私はただ王になりたい、それだけですよ。それとも、何か理由が必要な理由があるのですか? 高尚な理由、崇高な理念。そんなものが必要ですか。必要なのは私がどう思うかでしょう。私は王になりたい。そのために何をしても、それは私にとって崇高な目的のための尊い犠牲になるだけのことなのです」


 彼はいつも通りの声色で。

 大仰な動作を張り付けて。

 さながら人形劇の人形のように、そう言った。


 理由は述べた通り。

 王になりたいだけ。

 崇高なり理由も、高尚な理念も、辛い過去もありはしないのだと――。

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