第26話 アイリスを迎えに行くためにエントの街へ行く
アリシアが帰ってこなくなって3日が過ぎた。
送り人の仕事にどれほどかかるかわからないから、待ってみたが帰ってくる気配がない。
何かあったのだろうか。
「……なにかあったのかな?」
「わらわに聞かれてもわからんわ」
わかっている。
けれど、誰かに聞きたかった。
エント子爵に初めて会った時に話していた仮面の怪人の話もある。送り人が襲われて帰らないという話も。
「心配だな……」
「そんなに心配なら見に行くのが良いじゃろ」
「そうだな、行ってくるよ。シトリンはここに残ってくれ」
「おい、待て」
「ん?」
「わらわを置いていくのか……?」
「いや、だってここにも誰か残るやつが必要だろ? 大丈夫だって、この辺もおまえのおかげで安全になったし、エントに向かう分には特に盗賊とかもいないみたいだからな」
「いやじゃ、わらわも連れていけ」
「えぇ……なぜに」
「ひとりは寂しいじゃろうが!」
――それで良いのか最強の竜。
ただ、わからないわけではない。
彼女の言う一人の寂しさと俺のいうひとりの寂しさっていうやつには大きな隔たりがあると思う。
けれど、ひとりの寂しさはわかるつもりだ。たった一日と言えど荒野に放り出されて夜を過ごすのはとても寂しい思いをした。
「仕方ない。じゃあ、一緒に行くか」
「おう!」
●
シトリンを伴って俺はエントの街へ。
久しぶりのエントの街はなにも変わった様子はなく、平和そのものであった。
道行く人々は笑顔であり、通りに軒を連ねる露店では今日も呼び込みの声が響いている。
路地の遊び場を走り回る子供たち。俺の知らない遊びをしているらしく、何かしらを石畳に描いていたりも。
「何かあった風じゃないか。これならアイリスが何かに巻き込まれてる可能性は低いかな?」
「…………」
「シトリン?」
険しい顔。いつものころころ変わる表情は鳴りを潜めて、今は険しい表情。
「なにかあ――」
「黙れ」
鋭い声に驚いて、俺は言葉を止めてしまう。
そして、俺が見ている前で。
「おい、ま――」
シトリンは通行人の頭を叩き潰した。
「何をしているんだ!」
「黙ってみていろ」
こんなことをしては騒ぎになる。そもそも他人に迷惑をかけないなどの契約はどうしたのだ。
これでは大変なことに。
そう心配するが。
「あれ……?」
想像したような騒ぎは一切起こらない。
真昼間の往来で人を殺したのに、誰も騒がない。
まるで何も起きていないかのように誰もが通り過ぎていく。こちらに見向きもしない。
それどころか――。
「…………」
シトリンが頭を叩き潰した男は、そのまま立ち上がった。
立ち上がって、何も起きていなかったかのように首から上をなくしたまま歩き始めた。
「これ……は……」
何かが起きている。事件。それも大変なもの。
俺がこのエントの街を放れている間に一体何が起きたというのだ。
「やっぱりの」
「やっぱり、って、何かわかるのか?」
「気が付かんお主の方が驚きじゃわ。ここにいるやつら全員、死んでおる。死んで、起き上がっておる」
「ウェイカー……」
「何というかは知らんがまあ、ゾンビみたいなもんじゃろ」
ならばなぜ昼間に出ている? いや、昼間に出ないかは聞いていないからこれは的外れな疑問。
もっと考えるべきは、あの時見たウェイカーと違う点。
人を襲わない。あれらは人を襲っていた。ここにいるというのになぜなにも襲わない。
そして、アイリスはなぜこれを放置している。ありえないことが起きている。
それを俺は否応なく理解した。
地面の中に広がる血だまりを道行く人たちは踏みしていく。
道行く子供がそこで転び体中に血で汚しながらも気にせず走り去っていく。
「行こう、子爵の下へ」
何か知っているとするならば彼以外にいない。彼はこの街の領主なのだから。
だから、俺たちは子爵の下へ行こうとする。
貴族街へと続く城門を抜けて、進みなれた道を歩もうとして――。
「ふん、防衛網だけはしっかりとしてきたようじゃな」
俺たちは住民たちに取り囲まれる。
誰もが日常を過ごす顔をしていながら、その手にははっきりと武器になるものが握られている。
防衛網。そうシトリンは言った。
――ならばこれは。
この先にあるのは領主の館だけだ。
つまり元凶はそこにいるということ。
「おい、命令を寄越せ」
「命令って……」
「われわならばこやつらを皆殺しにしお主をあの館に案内できる」
「でも、この人たちは……」
「既に。ああ、既に。もう死んでおる。こやつらはただ何らかの方法で起き上がっておるだけ。もはや命令に従うだけの傀儡よ」
けれど。けれど。
何か方法があるのではないか。こんなにも綺麗な姿ならば人間に戻す方法が。
「あるわけなかろう。死んでいるものを生き返らせる方法などない。失われたものは二度と戻らない」
「クソ。なんでこんなことになってるんだよ」
「それを今から、直接聞きにいくんじゃろう」
「そうだ」
そう、聞きに行かなければならない。
アイリスの行方も。彼女はこんな事態を放っておくような人じゃない。
「頼む、シトリン」
獰猛に彼女は笑った――。
鋭い爪が翻る。
だたそれだけで首が飛ぶ。この場を取り囲むウェイカーたちの首が飛ぶ。
しかし、それだけでは彼らは止まらない。
首を失ったところで既に命なき傀儡。どうにかするには浄化の炎が必要になる。
送り人の力が必要になる。
「どうするんだよ!」
「そんなもん決まっておるわ。殺せぬ化け物の殺し方など」
翻る爪。
振るわれる尾。
細切れサイコロステーキが尾によって店先にぶち込まれる。
「バラバラにしてやれば立ち上がれんわ」
まるでモーセが海を渡るように、シトリンがその腕を振るえば道が出来上がる。
前、後ろ、右左から殺到するウェイカーたち。
しかし、それはたった一人のシトリンの攻撃を止めることも出来なければ、俺に指一本触れることはなかった。
彼女は的確にバラバラ死体を作り上げていく。
四肢は根元から。身体は腰の位置で、綺麗に寸断していく。
「はは。良いわ。興が乗ってきた。お主のせいでこれらを食えんのが残念じゃがなぁ」
「食うなよ、腹の中で動いたらどうするんだ」
「あ、そうじゃった! お主頭いいのう」
普通に考えつくだろ。
というかこんな状況なのに、こいつはいつも通り。頼もしいやらなんやらだ。
それでも確実に俺たちは領主の館に近づいている。
「む」
「あれは……」
そうやって出てくるのは次なる防衛網。
騎士団。のなれの果て。
「…………」
その中にはグスタフさんの姿もあって。
しかし、そんなことは彼女には関係ない。
俺の命令の通り。彼女の意思の通り。
立ちふさがる全てを細切れにしていく。大雑把に。丁寧に。彼女は思うがままに殺戮を繰り返す。
腐臭がする。
鉄さびの臭いが鼻を衝く。
気持が悪い。けれど、吐いている時間も許されない。いいや、そもそもそういうことを感じるのは遅いのだ。
人型の竜の暴威に晒されてしまえば、例えそれが騎士団であろうとも役に立たない。
ただ他のウェイカーと一緒にバラバラにされて吹き飛ばされるだけだ。
「ほうら、ついたぞ。さあ、ご褒美を寄越せ!」
俺たちは領主の屋敷へと到達した。
「ご褒美って……何がいいんだよ……」
「うん? ええと……ほら、あれじゃ? えーっと……頭を撫でろ!」
「そんなんで良いのか……」
とりあえず撫でてやる。
ぼらぼさの髪がまるで犬を撫でているような感覚を起させる。
「って、こんなことしてる場合じゃないだろ」
「なに、すぐに黒幕が出てくるじゃろ。お約束ってやつじゃし」
「なんでおまえはそんなお約束に詳しいんだよ」
「数千年前のわらわの世界では普通じゃったわ」
「どんな世界だよ、おまえの世界」
そして、その通りに。
屋敷に入った途端。
「やれやれ、困ったものだ」
エント子爵が階段の踊り場に現れた。
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