第24話 土地を使えるようにするため戦いをする・1

 エント子爵からもらった土地は、エントの街から遠くはないが、さりとて近いというわけでもない微妙な位置に存在していた。

 それなりに広い土地で数匹の竜を飼育を可能とするだけの土地がある。

 さらに大きな湖もあって普通に観光地としても使えそうなくらい、豊かな場所だった。


 普通に良い土地だと思うが、なぜ誰にも使われずに放置されているのか。

 もちろんそれには理由がある。良い土地を放っておくに足る理由が。


「あれか」


 子爵に聞いた、この土地が使えない理由。

 そこにいるのは魔物だった。

 大きな魔物。強靭でしなやかな四肢を持つ。燃え盛るたてがみを有した威容はどこまでも駆け抜けることを可能とする姿。


 そいつは馬だ。

 巨大な馬。煌々と輝く瞳があらゆる全ての生命に対する敵対意思を如実に伝える。人類種に対する敵対者。

 赤褐色に染まった馬は、ラムポーンという魔物。人を喰らう怪物だ。


 人に懐く種もいるという馬の魔物の中でも、あれは人の味を覚えた最悪の種族なのだという。

 人種だけを専門に狙い、どこまでも追いかけて食らう怪物だ。討伐するにも軍隊を出さねばならないというくらいの恐ろしい化け物。


 さらにその取り巻きたる魔物も厄介だ。

 六足を持つ虫。黒い脚で大地を這いまわる甲殻。

 ティリン。そう呼ばれる虫型魔物。ラムポーンについてそのおこぼれをもらうもの。あるいは彼の魔物の護衛。

 強さはそこまでではない。ただ数が多い。


「全部倒せばいいだけじゃろう。問題ないわ!」


 けれど、どれほど多くの敵だろうとも最強の自負があるシトリンには関係などない。

 彼女は隠れていた茂みから飛び出していく。


 堅い拳を握り、口角は斜めに上がる。

 獰猛な竜そのものの笑みをその小さい身体に貼り付けて、ラムポーンへと突っ込んでいく。


『GRAAAAAAAAAA――』


 無謀な突撃。

 そうラムポーンは判断する。あのような小娘に一体何が出来るというのか。数千を超える人を喰らってきた彼は余裕。

 小さきものに対して果たして防御する必要などどこにあるのか。


「――はッ、馬鹿者め、相手を良く見て余裕を出せ、わらわのようにな!」


 轟音が衝撃となって爆ぜる。

 ラムポーンを中心として大気が引き寄せられ、膨れ上がり爆発する。その衝撃は隕石でも落ちてきたかのよう。

 それを引き起こしたのはシトリン。


 踏み込みと同時、刹那よりも速い疾走がラムポーンへと炸裂する。その顔面を殴られてラムポーンは吹き飛ばされる。

 木々を薙ぎ払い岸壁へと叩きつけられた。


「弱い弱い、わらわは、このような姿でまだ本気ですらないぞ。まだ終わらんぞ。“魔”物というのならば、使い魔を出して見せろ。お主が統べる軍を出せ、それとも貴様はただひとりの王か? くだらぬなァ」


 シトリンが笑う。それは挑発。言葉を介さぬ魔物に通じるはずはない。

 けれど、ラムポーンはその気配だけは感じ取っている。己の事を馬鹿にしたというその雰囲気を。

 だから――。


『GRAAAAAAAAAAAA――!!』


 激昂する。咆哮が轟いて。大地を揺らす。

 激震とともにラムポーンが駆け抜ける。蹄が大地を踏みしめ、四肢の筋肉が膨れ上がる。

 強靭な肉体が源素を伴って燃え盛る。芳醇な源素が体内を循環し――。


『GRAAAAAAAAA!』


 炎となって猛る。

 ラムポーンから放たれた炎は青。

 火素と風素を持つラムポーンだからこそ出来る複合蒼炎。その効果、通常の数百倍。

 受けたならば死は確定。


 そんな内情を俺はわからない。

 ただ本能であれはヤバイと思った。咄嗟にアイリスを庇うように抱きしめて、せめてシトリンも逃げるようにと。


「にげ――」


 そう言おうと口を開きかけて、彼女の声が響いた。


「逃げるなどというのなよ。お主はそこで見ておれ。わらわが最強というところをな」


 けれど、彼女は逃げない。

 まるで気軽に散歩でもするように蒼炎の前に立つ。


「竜に炎で相手をしようとは浅はかすぎるわ、雑魚め」


 ふわりとシトリンは腕を横に振った。

 ただそれだけでラムポーンの蒼炎は形を失い、勢いを失い、熱量を失った。


「すごい……」

「はは。この程度で驚いておったら、お主わらわの本気を見たら死んでしまうぞ。さあて、今度はこっちの番で良いんじゃよなぁ」


 ラムポーンにはわからない。

 目の前にいる存在はいったいなんだ。己の炎をかき消すなどいったいどのような――。


 そんな困惑、怒りが伝わってくる。

 びりびりと震えるような空気の中であってもシトリンは普段と変わらぬ様子で立っている。あくびをする余裕すら。


「なに、そう怯えるでないわ。わらわの力はかなーり制限されておるからな? お主程度でも殺せるかもしれんぞ。ほら、この辺の主を自称するのならば――もっと威厳をみせてみい」


 確実に、小ばかにして様な言葉にラムポーンは事情は分からずとも憤慨する。人如きになぜこうまでと。


『GRAAAAAAAAAAAAA!』


 ただ怒れるまま突進する。

 彼の前に出たものはティリンですらひき潰してシトリンのみを目指して駆ける。

 あんなものにぶつかられては終わる。そう確信できるだけの強さを感じる。


 けれど、シトリンの背後にいる俺たちはその怖さを感じない。感じるのは、安心感。

 ただ言葉のままに最強を体現した彼女の後ろにいるだけで、もう大丈夫なのだとわかる。


「ハッ! 力比べといくか!」


 大地をひび割れるほどに踏みしめて、人型の巨竜そのものであるシトリンは笑う。


 ――そして、激突。


 避けもせず、防ぐこともなくただ真正面から激突する。


 大地の揺れと激震が俺たちを襲う。

 ラムポーンの勢いに肉体的に軽いシトリンが押される。

 だが、それだけだ。


 数メートル押されて突撃は完全に止まった。


「ふぅ、やっぱり人間の身体は弱いのう、軽いし。人間はもっと食わんといかんぞ。そうでないとわらわのように大きくなれんというのに」


 その物言いは竜の姿ならば一理あっただろうけれど、今の小さな姿からしたらまったく説得力がない。


 シトリンは片手でラムポーンの頭を受け止めている。

 不動。遥か遠方に見える巨大な山脈の如く。

 どれほどおラムポーンが力を込めようとも少女の姿をしたシトリンをこれ以上動かすことが出来ない。


 「終わりじゃ、残念じゃったなぁ。わらわが相手でなければ人間をまた食えたのにのぅ」

『GRAAAAAAAA』

「ふん、今更、命乞いなど遅いわ。最強のわらわに挑んだ己が不明を恥じるが良い」


 シトリンは掴んだ左手に力を籠める。


『GAAAAAAAAA――』


 怪物の悲鳴。悲痛な。

 ぎちぎちと頭蓋が軋む音が響く。

 もはやこうなってしまってはなにもすることはできない。どれほど逃げようと暴れようともシトリンは離さない。


「その程度しか使えぬ頭なら潰れてしまうのがお似合いじゃ――」


 ぐしゃりと、音がして。

 ラムポーンの頭がまるで風船のように破裂した。


「うわぁ、なんじゃきったないのぅ。やる気が失せたわ、あとはお主らで勝手にやれ」


 血の雨に嫌そうな顔をしながらシトリンは戻ってきて、残るティリンは勝手に処理しろと言ってきた。


「…………わかった」


 そうして竜牙のショーテルを手にアイリスがティリンへと駆けて行った。

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