第23話 力を手にいれたため領主に報告にいく
竜を手に入れられる算段が付いたのでそろそろ養殖場を作ることをエント子爵へと伝えるため、グスタフさんに頼み俺はアイリス・シトリンとともに子爵の屋敷に来ていた。
「どうぞ」
いつもの従者さんがお茶を出してくれる。紅茶のようなそれが俺は気に入っていた。
グスタフさんの料理以外に感じる文化的な味は死の荒野を歩くだけでは味わえない贅沢品だ。
「美味しいです」
「それは良かった」
綺麗な顔をした茶髪の従者さん。
彼はいつもエント子爵に付き添って現れる。執事のような人。おそらくは執事そのものでもあるのだろう。
従者らしく表情を変えることはあまりない。ただ美味しいと俺が紅茶の感想を口にした時だけ、少し表情が綻ぶ。
良い人なのだと思う。
煎れる人の気質がお茶には出るのだと祖母に聞いた。彼の紅茶はとてもやさしい味がする。
「おお、美味いぞ、なんだこれは!」
「フェレンハーゲント伯爵領で採れる茶葉を使った紅茶です。そちらのお茶菓子も同様の地方で作られるものです」
「甘くてうまいな、褒めてつかわす」
「お、おい」
「ふふ、良いのですよ。もっと食べますか?」
この従者さんの凄いところはいきなり連れてきたシトリンにも動じずに、どんなに失礼をされてもにこやかな表情を崩さずいてくれることだろう。
それどころかお茶菓子で釣って余計な動きをしないようにしてくれている節すらある。
一応、失礼をしないようにと言ってあるが、もう一度言い含めておく必要があるかもしれない。
などと思いながらもお茶を楽しんでいると現れるのがエント子爵だ。
失礼にならないように慌てて紅茶を置く。
「やあ、また大量の財宝を持ち帰ったそうで何よりだ。景気が良いね。しかも、どこのものでもない細工で職人たちは湧き上がっているよ」
彼の第一声はいつもと変わらず、概ねこのようなもの。
エント子爵の関心はやはり死の荒野からもたらされる財。あれほど大量の宝石を蓄えて、最初に言っていた通り王になるつもりなのだろうか。
俺への報酬も気前よく払ってくれているし、今のところ裏切られるという兆候は一切ないから気にするべくもないのだろうが。
「それは良かったです」
「それでここに来たということは何か大発見でもあったということかな? かつての王朝や失われた領主の遺産とか。それとも――」
子爵の瞳が鋭くシトリンを射ぬく。
「そこの可愛らしいお嬢さんに関係あるのかな?」
「ええ、実は――」
俺は包み隠さずに事情を説明する。事情というかシトリンのことを。
そして早速、養殖場に行くということを告げたわけなのだが――。
「あっはっはっは! 君は本当に面白いな」
彼は大笑いする。
いつも優雅で貴族らしい気品を纏わせた彼が腹を抑えて大笑している。
「いや。すまない。君を見くびっていたようだ。いや、しかし、それにしては予想外だがね。確認させてもらいたい。シトリンといったか。君は本当に竜なのかね?」
「んぁ?」
もごもごと口の中にものを突っ込んだシトリンは、竜ではなくリスのようですらある。
竜とわかるものは側頭に生えた角と背中の翼と、尻尾であるが。
「それらは竜人族も持っている特徴だからね。本当に竜である証拠が見たいのさ。人の姿がまやかしというのなら、体の一部でも本当の姿になってもらえないかね?」
「シトリン」
「ふん、気に入らんが竜人族などというばったもんと同列に扱われてはかなわん。おい、許可を出せ」
「ああ、腕だけ戻せ」
「見るがいい、これが我が本当の腕よ」
幼女としか思えない右腕は巨大な竜の右腕へと変ずる。
それはこの部屋を圧迫するほどの大きさで、これ以上やればこの部屋が壊れそうな勢いだ。
そのアンバランスな変化の中心でシトリンはもごもごとお菓子を頬張っていた。
「おい、戻せ」
「これでわかったか? わらわが竜であることが」
「いやぁ、参った。確かにあれは竜だね。幻覚の発動も感知しなかった。触ってみたところも本物の感触だ。これで騙されているのなら君は相当の術者だね。まあ、それはありえないか、黒の君では魔法は使えないからね」
「信じていただけましたか?」
「ああ、信じるとも。しかし、そうなると色々と困ってしまうなぁ。出来ないと思っていたからね、竜を捕まえて養殖するだなんて普通は不可能だ。しかし、それが出来そうなのを見せつけられるとこちらとしては非常に困ってしまう」
「ええと……」
何が困るというのだろう。
土地はあると言っていた。特になにか困るということがあるとは思えないのだが。
「わからないかね? 君は今、どこにでも連れて歩けるこの国を滅ぼせる兵器を手に持っている状態なんだよ」
そこまで言われて気が付く。
竜はこの世界では最強の存在だ。シトリンはその中でも最上と言っても良いと自称している。
それが実際どうなのかはさておいて、竜は最強だ。
その竜を手懐けたとあれば、お偉いさんは黙っていない。
わかりやすく例えるなら、核兵器の発射スイッチをただの一般人が持っていていつでも押せるという状態だ。
それを使えばどんな好きなことでも通せてしまう。
「いや、私はそんな気は!」
「君にそんな気があろうとなかろうと、竜を従える君はこの国というか、まず僕にとって非常に厄介な相手になるんだよ。その上、君と竜は死の荒野に唯一入れる存在。あそこに逃げられてしまえば我々では手出しが出来ない」
「…………」
「さて、困った。僕――いや、私はいいけれどね。王や他の諸侯たちは黙っていないよ。君がこの王国に牙を剥かない保証はどこにもない。君を殺そうってする人も出てくるだろうね。私ならそうする。そして、竜を奪う。王だってこの話を聞いたら竜を奪いに来る。だって、君、貴族じゃない平民だからね」
「ですから、私にはそんな気は」
「だから君の意思は関係ない。私たちがどう思うかなのだよ。ただ君を殺そうとするのは難しいだろう。ならばどうするか、君に近しい人間を使うかだ。この場合は――」
「…………わたし?」
「そう、送り人殿が狙われたりするだろうね。私なら一番に狙って君を大いに利用するとも。君は彼女を見捨てられるかい?」
「…………できません……」
逆はあるかもしれない。
けれど俺はアイリスを見捨てることは出来ない。彼女は俺を助けてくれた。俺にこの世界で生きる術を教えてくれた。
俺に野垂れ死んでもおかしくなかった俺の生きる道を作ってくれたのだ。
だから、俺はきっと死んでも彼女を見捨てない。死にたくはないけれど、例え不利益になろうとも彼女を見捨てない。
「そう、だから大いにこれは使える手だ。彼女がどんなに強くとも関係ない。まさかひとりで私の軍と戦えるわけがない。殺さずに捕らえる方法はいくらでもある。例えば、そのお茶に毒を入れるとか。色々とね」
「だからって……」
「君はそういう力を手に入れてしまったと自覚してほしい。私からの忠告だと思ってくれたまえ。まあ、今のところは君にその意志がない限りは“僕”はなにもしない。約束通り土地も用意してあるとも。君がもたらした竜の素材や金銀財宝は大いに僕の役に立っているからね」
「…………」
けれど、考えなければいけない。
俺が手にしたもの。
シトリンという存在をどうするかを。
そうしなければ、エント子爵が言ったように大変なことになると思うから。
「――さて、そんな面倒くさい話は終わりにしよう。僕から始めておいてね。僕としては君が竜を本当に連れてきてくれて嬉しかったりするんだぜ?」
エント子爵の口調がこれでもかと崩れて。
「え……?」
「君、ひとつ王都を滅ぼす気はないかい?」
そういった――。
「――ありませんよ!?」
「はは。冗談だよ」
冗談。まったくもって異世界に人間は冗談が好きなのだろうか。
冗談に聞こえない冗談を流して、この場はお開きになる。
俺は無事に養殖場となる土地へ行く許可をもらえた。
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