第22話 勘違いされたので説明する
気が付くと俺は青空の下に立っていた。
そこは死の荒野。俺がちょうど落ちた場所の近く。これならすぐに家に帰ることが出来る。
「ふい~。久しぶりに転移を使ったが、何とか無事に地上に出れて良かったのぅ」
「オイ待て。失敗する可能性もあったのかよ」
「まあ、大丈夫じゃろ。失敗したところで地面に埋まるかするくらいじゃ」
「死ぬわ!」
「人間は本当にクッソ雑魚いのぅ。それよりごはんまだ? わらわお腹空いたのじゃ」
「家に帰ってからだよ」
「よし、それなら帰るぞ!」
場所も知らないのに、なぜかシトリンが先導する。ぼさぼさで腰まで届いた黒髪を棚引かせて確固たる足取りで歩いていく。
やれやれと思わなくはない。
――けれど、泣かれるよりは良いかな。
――うん、遥かにマシ。
泣いている女の子を見るのは苦手だ。どうしても同情して助けたくなってしまうから。
「そういえばお主、何やら目的があるとか言っておらんかったか?」
「ああそうだ。そのためにもお前の力を借りれたら助かるんだよ。契約した半分の理由がそれだ。もう半分はあそこから出ることだったから、こっちが本命だな」
「なんじゃ? 世界を支配するのか?」
「いや、竜を養殖して安定して食べられるようにしたい」
「なるほどなるほど……竜を食べられるように……って、わらわを食べるのか!?」
「いや、食べねえよ。この世界の竜とは違うんだろおまえ。この世界の竜と違って美味いかわからないし、マズかったら最悪だし」
「そうじゃな異なる世界からわらわの力を使って転移してきたからの。元の世界もわからぬし、あんな大規模術式、あの施設のやつらが残っておらんと無理じゃ」
「つまりもう世界を超えることは出来ないってことか」
「そういうことじゃ。まあ、お主ひとりを異界から呼び寄せるくらいは簡単じゃったが! っていうか、言うに事欠いてマズイとはなんじゃ! わらわらは世界最強の次元竜! 絶対に美味いに決まっとるわ!」
「やっぱりおまえが原因かよ!」
俺の異世界転移の元凶発見だ。
そして、もう戻れないと来た。責任者出てこいといったが、無責任者出てこいとは言ってない。
「そんなことはどうでもよいわ! わらわらは世界最強じゃぞ! 絶対に美味いに決まっておる! 疑うなら食ってみるのじゃ!」
「やめろ、その発言、絶対に人前でするなよ!? …………はあ、もう良い。とりあえず、おまえ」
「おまえではない、シトリンじゃ」
「……シトリンにやってもらいたいのは竜を捕まえてくることだ」
「捕まえてきたやつを飼いならし子を増やさせて食うわけじゃな」
「そうだ。捕まえて調教。それからそいつらが逃げないように管理するのもだな。最強の次元竜様なんだから容易いことだろ?」
「ふっふっふ。もちろんだじゃ。この世界のどのような竜でさえわらわには勝てん! わらわは最強の次元竜じゃからな!」
どこからそんな自信がくるのかわからないけれど、こいつの操縦の仕方がなんとなくわかってきた気がする。
「お、あれか?」
「ああ、あれだよ」
そんな風に話しながら歩いていると懐かしの我が家が見えてきた。
実際はそれほど時間は経っていないと思うけれど、無性に懐かしく感じてしまう。
――そうだ。
シトリンのことをアリシアにどう説明しよう。何も考えていなかった。
本当のことを話して大丈夫だろうか。彼女が竜だとか、俺と契約しているだとか。そういうことを話しても。
――たぶん大丈夫。
――アリシアだから。
何も言わずいつも通り受け入れてくれると思う。
そう思いながら、けれどばつが悪そうに。
「ただいまぁ~……」
俺は家の扉を開けた。
「…………」
アリシアは想像通りそこにいた。
普段通りの様子でベッドに腰かけている。どこを見ているのかわからない視線が、こちらを向いて。
「…………おかえり」
ややあって、言葉を紡いだ。
――怒ってる?
――表情が変わらないからわからない。
俺はなんと言ったらいいからわからず言葉に詰まって。
その間に、アリシアが立ち上がって俺に近づいてきた。そのまま手を伸ばして。
「…………」
ぺたぺたと俺に触り始める。
そういうことをされるとまったく思って居なくて、そこに込められた力はとても強くて。
俺は怒っているように思えた。
「ええと……怒ってる、のか……?」
「……なんで?」
「い、いや、何日も帰らなくて、心配させたから怒ってるかなぁと……」
「…………別に。帰ったからいい……それより」
彼女の視線は俺の隣へ。そこにいるシトリンへと向く。
「……誰……なに?」
「ええと、こいつは――」
「ふん、人間! 知りたいのなら教えてやろう! わらわは異界より来たりし最強の次元竜シトリン様じゃ!」
何もかも。
止める間もなく包み隠さずにシトリンは大声で宣言した。
「…………隠し子?」
「なんでだ……!?」
「……冗談」
「ならせめて驚くとかそれっぽい表情をしてくれ……真顔でやられると冗談に思えない……」
「…………そう」
「おい、わらわ抜きで話すな、寂しくて泣いちゃうじゃろう! もっとかまうのじゃ!」
「あとで構ってやるから。今は事情を説明させてくれ」
「……むぅ」
契約のおかげで黙ってくれる。
「で、アリシア。とりあえず説明するとだな、この子はさっき言った通りの竜で俺と契約して俺に従ってくれることになったシトリンだ」
「一方的にじゃがな!」
「おまえが確認しないのが悪い」
「むぅうぅ!」
「…………そう。あなたは悪人……変態?」
「待って、違う。頼むから待って。アイリスに変態って言われたら死にたくなるから」
「…………そう」
「とりあえずこいつ竜なんだ」
「…………食べる?」
「食べないよ!?」
「……冗談…………少し」
最後が不穏すぎる上に、表情が変わらないから冗談に聞こえない。
「こいつに他の竜を捕まえてきてもらって養殖するんだ」
「…………そう」
「というわけで、こいつもここに住むことになるんだけど、大丈夫か……?」
「…………問題ない」
「そうか。ありがとう」
「……じゃあ、ご飯にする。そろそろグスタフが来る」
「お、シトリン、飯だぞ」
「おお、ようやくか!」
久しぶりのグスタフさんのご飯にありつけると喜ぶ。
だから、背後にいた人に気が付かなかった。
「レイ少年……」
「あ、グスタフさ……ん……」
なぜかグスタフさんが剣を抜いていた。
「レイ少年。帰ってきたのは嬉しいよ。でも、人さらいは犯罪だ」
「待って、待ってくれ。こいつは」
「大丈夫だ。今ならまだそう悪いことにはならない」
「まってくれ、頼む話を聞いてください!」
暴走するグスタフさんに事のあらましを説明するのにすごい時間がかかった。
おかげでご飯が遅くなりシトリンの機嫌を取るのに苦労する羽目になってしまった。
けれど、俺の目的に対しては大きな前進だ。
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