第21話 地下遺跡から脱出するために竜と契約する
光と埃が晴れた時、そこにいたのは女の子だった。小さな。
――角と尻尾、翼がある。
――可愛い小さな女の子。
手足なんて小枝のように細い。
肉付きという言葉から見放されたのかと思えるほどにあばらが浮いていて。
その華奢な首と手首、足首には、契約の輪が付いている。枷のように。
角と尻尾と翼は先ほど間でそこにいた竜と同じ黒い色。
髪の毛の色も同じく。
違うのは瞳の色。赤。まるで鮮血のよう。あるいは太陽の輝きのよう。
けれど、今はその輝きも鈍くかすれてしまっている。
「え、ええと……おまえが、さっきの竜で合ってるよな……?」
「……ぐすん……そうじゃ」
罪悪感が足元から昇ってくる。
まさかあの巨大で世界の頂点に立っているかのような覇気を放っていた黒竜が、こんなにかわいらしい女の子になるだなんて予想できるはずがない。
だから俺は悪くない。
そう思おうとするのだけど……。
「なんでじゃ、なんでこうなるんじゃ……わらわはただ、食事をしようとしただけじゃろう……もう数千年は食べてないんじゃ……同じときを外に出てもいないんじゃ、じゃから、いいじゃろ少しくらい……」
涙。大粒の。
――彼女が涙を流している。
――大きな赤い瞳から。
その少しで俺は死んでしまうのだけれど。
そんな姿を見せられてしまっては、押し込めようとした罪悪感がまたやってきてしまう。
「……その少しで俺が死なないなら良かったんだけどな」
俺が死なないのならこんなことをするつもりなどなかった。俺を食べずに脱出を手手伝ってくれて、一緒に地上に出て。
そこで別れることが出来るのならば、俺はそれでよかった。
けれど、そうはならなかった。彼女は俺を襲ってきた。
それが全てだ。もし契約をしていなければ死んでいたのだから泣かれても困る。
「…………」
ため息を吐く。重たく、この状況を悲観した苦し気な。
どうしたものかと。まさか泣かれるというのは予想外過ぎる。竜が泣くだなんて、一体だれが予想できるのだろうか。
誰も想像できるはずがない。
竜であった少女は、大粒の涙を流しながら泣きじゃくっている。
どんなに憎く思っていても俺を害することはどうやったって出来ず、本当の姿に戻ることも俺の許可を得なければ出来ない。
「もう泣き止め。そして、落ち着いて話を聞け」
「――――」
涙は止まる。強制的に。ぴたりと嘘のように。
彼女は俺の命令には逆らえないから。
どのようなことでも意思に判していても従ってしまう。
「おまえは俺の契約に同意した。それがこの結果だ」
「…………ぐす……わらわをどうするつもりじゃ……」
命令のおかげで少し冷静になったのか。とりあえずは話せるようになった。
「どうもしない」
「なにも、しないのか……? ここにおったやつらはわらわを好き勝手に使ってくれたもんじゃが」
「俺はここから脱出する力が欲しかっただけだ。あとは、俺の身を守ってくれる力とかな。俺は弱いからな」
「……確かに、クソ雑魚じゃな……」
「…………それは事実だが、真正面から言うなよ……というか竜からしたら人間なんてクソ雑魚だろ」
「ま、当然じゃな! だってわらわ最強の次元竜じゃし!」
「…………」
さっきまで泣いていたと思ったら、今度はドヤ顔を披露してきた。とても殴りたくなるような良いドヤ顔を。
感情の起伏が激しすぎる。
――竜とはこういうものなのか?
――それとも子のだけ?
とりあえず自称最強の竜が泣いていたという事実は、頭の片隅に保存しておくとして。
「とりあえず、ここから出たい。協力してくれ」
「仕方ないのう――とでも言うと思ったか! い・や・じ・ゃ! なーんでわらわがお主なんぞに協力せねばならんのじゃ! どーーーしても手伝ってほしければ、わらわとの契約を破棄するのなら考えてやってもいいがのぅ!」
ここぞとばかりに強気。
それでは何もならないというのに彼女はわかっていないらしい。
「あのなぁ、契約で従わせられるんだぞ? 別におまえの意見なんて聞かなくていいんだぞ」
「それならばお主がわらわに一々意見を聞く必要もなかろう?」
「……そうだが」
「であれば、お主はこういうことに慣れてはおらぬと見える。わらわの裸もちらちらとしか見ておらぬようじゃしの」
――意外と見ている。
裸なのは子供とは言え健全な男子高校生からしてみれば裸というだけで眼に毒だ。
それに契約とかそういうもので誰かを強制的に従わされるのに慣れていないというのも当たっている。
――もしかしたらこどもっぽいのは油断させるためのフリ?
間違っても契約でこんな性格になるようにした覚えは一切ない。
そうだってそうだろう。あんなふうにされたら困るのは俺なのだから。現に、普通に困った。
フリだとしたらかなり巧妙なのかもしれないけれど――。
「……とりあえずこれでも着てろ」
「仕方ないのぅ」
命令で服を着せる。俺の着替えしかないから仕方ないから、彼シャツ状態。
少し萌えると思ってしまった己が憎い。
「で、結局、協力するのか、しないのか」
「いったじゃろう、契約を破棄すれば共に脱出させてやっても良いとなぁ!」
「だから、契約破棄したら俺のこと殺すだろう」
「当然じゃな!」
「じゃあ、無理だ!」
「なにぉう、こっちが譲歩してやっとるというのに!」
「譲歩で殺されてたまるかというか、どこが譲歩だ!」
「立派な譲歩じゃろうが! 最強である次元竜のわらわがお主のような人間の小童の話を聞いておるのじゃぞ! めちゃくちゃ譲歩じゃろうが! そんなこともわからんのかばーかばーか!」
――全然譲歩じゃない。
――わかった。決めた。
――遠慮はしない。
「わかった……そんなに命令されたいのならしてやるよ」
「え……あれ? おかしいのぅ、こう言ったら契約解く手筈のはず……」
あんなので契約を解くわけないだろう。
「よ、よし! 契約を解いてくれたら世界の半分をやろう!」
――おまえはどこぞの魔王か。
「いや、それ世界の半分くれるよりおまえを支配しておいて世界を取った方が得じゃないか?」
「は!? お主、天才か……!?」
「…………」
――鋭いのか鈍いのか。
――大人なのか子供なのか。
とりあえず、まともに対応しては進まないなと理解して。
「もうめんどいから、細かいことはここから出てから決めね?」
「そうじゃな……そうするか……」
「ついでに飯も食べさせてやるよ」
「本当か! お主良いやつじゃなぁ」
――チョロい。
逆に心配になってくる。
「それじゃあ出るか」
「あ、そのまえにお宝を回収していきたい」
「宝か、牢の中にいくらか溜め込んでおるぞ」
「んじゃ、それ持ってかえるか」
竜は宝石とか溜め込むよなというのは本当らしく、捕まっていたはずなのに牢の中には大量の金銀財宝が積まれていた。
それらは全部持って帰ってエント子爵に売りつけることにして、俺たちは地上へと戻る。
「そうだ、おまえ名前は?」
「なまえ……?」
「おい、待て名前ないのか、呼び名だ、呼び名!」
「あ、ああああ! 使わんからすっかり忘れておったわ!」
「名前って忘れるものなのかよ……」
「数千年くらい誰もおらんところでじっとしておればわかるわ」
「俺はその前に死ぬ」
「まったく、これだから人間は」
「で、名前は?」
「わらわの名は――シトリンじゃ」
――意外に可愛い名前だった。
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