第20話 竜から生き残るために契約書を作ることにする
――契約の仕方。
それは待ち望んでいた本の内容だった。強者を隷属させる方法。弱者を隷属させる方法。
あらゆるものを支配するために考えられた方法だった。
まず、己の血肉あるいは体液で契約文を描く――。
「良し初手で詰んだ」
切羽詰まっているとは言っても自傷して血なんて出したくない。痛いのは嫌だ。
それにまだ余裕がある。本当に切羽詰まったらやるかもしれないが、今の時点では無理だ。
「いや、待てよく読め、体液でも良いって書いてあるし」
とりあえず読み進めていくことにする。
契約文を描くものは、己の根源に近いほどより強固なものになるという。
血が最も良い。血とは魂に連なるものであるため。
「血以外だと、何かないか」
――血と同等に強い拘束力を与えることが出来るものがある。
――子をなすための体液である。
――それはあるいみ生命そのものである。
――子作りをしたことがない者のものならば血すら超える拘束を発揮するだろう。
「…………」
それはそれですごく嫌なのであるが、背に腹は代えられない。血を出したくないというのなら、別のもので代用するしかないやつだ。
しかも竜に見られながらというのが割と最悪ではないか? いやもうこの状況自体が最悪なのだから、どっちもどっちか。
せっかくなんとかなりそうなのだから、嫌でもやるしかない。それに結構溜まっている。
アリシアとの生活中はできなかったからな。風呂も満足に入れないのだから、臭いでばれるかもと思って死の荒野で致すこともなかった。
「こほん……」
下世話になった空気を戻すために咳払いをひとつ。
契約文を描く。
どのような契約も相手が同意さえすれば良い。双方が同意することでこの契約はなされる。
効果が強力だが、双方の同意というのが一番難しい。だから契約とはお互いで作るもので、一方的に結ばせるのは難しいとのことだ。
たぶんこれ悪用されただろうなぁ。脅して同意させるなんてのは常とう手段だ。
「あとは……描くもの……」
使えそうな羽ペンらしきものはあったから、これを使わせてもらうとする。
問題は何に契約文を描くかだ。
「本によると特殊な紙がいるらしいけど……」
特殊な紙。自分に皮膚をなめした皮の。
なんてことが書かれていたからこれ無理じゃね? と思ったもののやっぱり代用品はあるようで。
その代用品も書棚から見つけることが出来た。
この契約の肝はこの特殊な紙で、これに術式とやらが刻んであるらしい。魔法科学文明の産物であるとか。
俺にはよくわからないが、とにかく書いて、こちらの名前を書き、相手がそれに同意すれば契約は完了するのだという。
「良し」
あとは色々してインクを用意し、契約文を書く。
なんの言語でもいいらしいから、日本語で書いてやることにした。あわよくば黒竜が読めないことを期待して。
――1つ、九条レイに従うこと。
――2つ、九条レイを傷つけないこと。
――3つ、許可なく他人を傷つけないこと。
――4つ、許可なく人様に迷惑をかけないこと。
――5つ、契約は双方の同意でのみ破棄することが出来る。
――それから、それから……。
その他、考える限りのことを記載した。
こんなところだろうか。もしこれに同意してくれるのなら助けるといえば案外どうにかなるかもしれない。
などと楽観を加えながら、本当にこんなのでなんとかなるのか? と思わずにはいられなかった。
これでどうにもならないときは、仕方ない。うん、仕方ない。
「――というわけで、これに同意するなら出してやるぞ」
『おお、ようやく出す気になったか。同意する同意するから、さっさと出してくれ』
――え。
――……え?
――それでいいのか?
驚くほど簡単に。拍子抜けするほど容易く。契約に同意されてしまった。ここから口八丁で何とかするパートになると思っていたのにそれすらない。
というか、こちらを見てすらいない。この契約書にあいつは目も通していない。
「…………」
だが、同意されたのならばこの契約書は効果を発揮する。
静かに俺の手の中で契約書は燃え上がり焼失した。熱さは感じなかった。ただ、何かが結ばれた感触だけはある。
『さあ、何をしている。早くするのだ』
「ああ……」
黒竜に言われるまま、俺はプレートを操作する。タブレットみたいなもので、指で操作する高性能な代物だった。
解放を押すと、格子は上下に下がっていきオープン。黒竜を押さえつけていた鎖も消え失せる。
『ふん、馬鹿な人間め。解放されればこちらのものよ!』
そして、案の定、黒竜は俺を殺しにその強大な力を振るってきた。
俺は避けることは出来ない。何もしていなかったのならば、このまま殺されてしまうだろう。竜の力をそのまま受けて塵も残さず。
けれど。けれど。
俺は対策を施していた。契約。
『ぐ――な、なんだ、これは――』
黒竜の攻撃は俺に到達する前に止まっている。
「…………」
それでもあまりの迫力に少し漏れそうになったのは秘密だ。
竜は力を込めようとしているがどんなに力を込めても契約に従って俺を傷つけることはない。
「はぁ……」
思わずへたり込む。
本当に成功して良かった。
これで成功していなかったらここで死んでいただろう。唯一の救いは痛みもなく死ねたことかもしれない。
俺は死にたくないから、救いもなんでもないのだけれど。
こうして俺は生きている。それに力強い味方も手に入った。
『ぐ、なぜだ』
おまえが契約書を読まずに同意するからだ。
「それより大きいから人型になってくれ。なれるだろ?」
『ぐ、ぬぅぅおお――』
光と埃が立ち昇りベールを創る。
俺には何が起きているのかよくは見えないが、竜の巨体が小さくなっていくのがわかった。
ここの研究資料に書いてあった。竜は人型になれるのだという。少しばかり竜の特徴が残るらしいが、竜人のようなものという。
話すならば人同士が良し、何より大きいと威圧感がすごすぎて俺が落ち着かない。
そういうこともあって基本的には人型でいてもらうという決まりも契約書に盛り込んである。
「さて、どんな風になるのやら」
光と埃が収まるとそこにいたのは。
「うぅ……なんで、こうなるのじゃ……」
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