第15話 稼ぐために死の荒野へ行くことにする
ふわりと、誰かの動く感覚で目を覚ます。
誰かがベッドにもぐりこんできた。こんなことがあるだなんて俺はまったく想像もしていなかった。
誰が潜り込んできたのかなんてわかっている。
俺の他にエント子爵に建ててもらった死の荒野の前の家にいるのはひとりだけだ。
女の子。それも飛び切りの。無表情だけど可愛らしい。
アイリス。
この異世界に来て初めて出会った女の子。彼女がいなければ俺は、今、まともな家にも住んでいなかっただろう。
だから、とても感謝してる。
「なんだよ……こっち来たのか」
「ん……」
俺の言葉に短く頷いて。
俺はやれやれ仕方ないなと苦笑する。ここ最近のいつものやり取り。
いつからこんな風になったんだっけ。そうふと違和感がよぎる。
「……どうかした?」
「いや、何でもない」
まだ起きるには早いから。
もう一度目をつぶって、そっと――。
「いっで……」
ベッドから落ちて俺は夢から目覚める。
なんだかいい夢をみていた気がするけれど、詳細は朧気にまどろみとともに消えていく。
相変わらずアイリスは既に起きていてベッドに座ってこっちを見ていた。
「……大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫、だ。今日から本格的に探索に行くんだし、頑張らないと」
本音は二度寝をしたい気分ではあった。けれど、領主様からの仕事だ。
仕事。死の荒野に入ってそこにあるものを持ち帰る。それだけでサールエント王金貨1枚。
サールエント王金貨というのは、この国において最強の貨幣と名高い貨幣であるらしい。
金の含有量や純度が高く、どの地方でも価値が変動ほとんどしないらしいのだ。
まあ、その辺ことなんて俺にはわからない。とりあえずかなり破格だということだけは理解している。
騎士の日当がルード銀貨2枚。サールエント王金貨1枚はルード銀貨約133枚くらいだというから破格すぎるのが良くわかる。
一体俺に何を期待しているのかわからないが、お金がもらえるというのは良いことだ。
管理は完全にアイリスに任せているけど。
俺とアイリスは頼み込んで一緒にいてもらっている。
俺はこの世界に疎すぎる。常識知らずだ。そんな俺は誰かと一緒じゃないと生きていけない。
そこは言いつくろったところで事実なので仕方ない。
そこで信用でいる上に強い彼女に土下座する勢いで頼んで色々教えてもらいつつ一緒にいてもらっている。
それに美少女を逃したくないしね!
「さて、変なこと考えている前に、準備の確認だけはしておこう」
エント子爵からは色々なものをもらった。
今俺がいる家もそうだ。死の荒野に行くときに行きやすいようにと建ててくれた。
それに探索の道具だ。武器類は断ったがこれらは色々と用意してくれた。ロープとか、夜に灯りを灯せるランタンだとか。
初めて使うものだけど、使い方は全部、アリシアが教えてくれた。本当にアリシアには感謝してもしきれない。
着替えや食料などもきちんと背嚢に入って言るかを確認する。数週間分とはいかないけれど、数日分は確保してある。
遭難したり戻ってこれなくなったとき用に。
遭難した場合、本気で俺以外ここには入れないからそれはすなわち死だ。だから、金とかは持って行かずにアリシアに預けていく。
何か月も戻らなければそのまま彼女のものにしていいと言ってある。
「よし、OKだな」
何度も確認した。
漏れはない。メモ帳になんども印が付いているから大丈夫。
うん。うん、大丈夫。
何度確認しても何か忘れているんじゃないかという気がしてならないけれど、何度も確認した大丈夫。
それにそろそろ朝ご飯の時間だ。
おっとその前に忘れていた。
「おはようアリシア」
「……おはよう」
いつも通りの無表情。
けれど挨拶は返してくれる。
「おはよう、レイ少年!」
リビングにいくとうひとり。でかい図体に似合わないかわいらしいエプロンをつけて朝食を運んでくる巨漢の男性。
アリシアが領主の館に呼ばれた時に出会った騎士さんだ。茶髪を刈り込んだとても大きな人。
「おはようございます、グスタフさん」
この家の護衛という名のたぶん監視役で派遣されてきた人で、普段はこの家にはいない。朝と夜に様子を見に来る。そのときに、朝食と夕食を作ってくれるのだ。ありがたい。
とてもいい人だ。残念なのは俺の舌であろう。竜を食べて以来、美味しいと思えず、不味くはないがおいしくもない微妙な味わいにしか感じなくなってしまっている。
早いところ竜を養殖して安定供給できるようにならなければ。俺のおいしい食生活のために。
あとかなり豪快なのが玉に瑕な人。
「さあ、食べようぜ!」
こう漫画とかだとドーンという擬音が常について回っていそうな感じ。
朝食は、エント子爵が治めるエント領に古くから伝わる郷土料理というやつで、スープを中心とて、野菜とパンを添えたオーソドックスなもの。
よく煮込まれているのはグスタフさんが土素を持っているからだという。それで鍋を包んで素早く煮込むのだとか。
それ圧力鍋の原理なのでは? と思ったけれどよくわからないので口出しはしないことにした。
「それで、娘がなぁ」
「そうなんですか」
「そうそう、それで子爵様が――」
「…………」
食事中に話すのは主にグスタフさん。
話題はいつも可愛い娘さんのことだとか。あるいは子爵様がまた無理難題を言っただとか。
そういう日常的なこと。
楽しい話題がほとんどで寡黙なアリシアはただ黙って食事をするだけ。たぶんだけれど、少し楽しそうにしているのは多分間違いではないと思う。
俺も結構色々な話が聞けて楽しい。
そんな楽しい食事の時間はあっという間に過ぎて、出発の時間になる。
「それじゃあ、行ってくる」
「……いってらっしゃい」
「……でも本当に良かったのか。送り人の仕事とかあるんじゃ」
ふいに、そんな問いが口をついていた。
これで最後になるから気になったことを聞いておけと思ったのかもしれない。
「……? わたしにいてほしいって言ったのはそっち。それともいない方がいい……?」
「いてほしいです! アリシアがいないと生きていける自信がありません!」
「……ん。それに……この前のウェイカーのこともあるから、様子見。ちょうどいい。家も建ててくれた」
「……そっか」
アリシアがそうだというのなら、きっとそうなのだ。彼女は嘘はつかない。この異世界で、もしかしたら元の世界の人以上に信用できる人だ。
おまけに可愛い。こんな子が一緒にいてくれるのだから、俺も頑張らないと。
俺は家を出て、死の荒野へと向かった――。
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