第16話 彼女の話
彼が死の荒野に入っていくのを見送る。それが今のわたしの日課になっていた。
彼。レイ・クジョウと名乗った男の子。送り人であるわたしを怖がらない人。何も気にせずにわたしと接する人。おかしな人。
わたしは、彼に頼まれて一緒にいる。子供でも知っているようなことを知らないこともあるから、このまま放りだしたらきっと生きていけないと思ったから。
「……入ったな」
「…………」
彼を監視する騎士グスタフがそういう。
わたしは、無言。
誰かと話すのは得意じゃない。これまで死者を燃やすことしかしてこなかった。話をすることも最低限。
色々なことを話したのは師匠以外だとレイだけ。
「まあ、レイ少年なら大丈夫だろう。それで、君はどうするのかな送り人殿」
「……どうもしない。ここにいる」
「そうか」
「仕事が来たら、やる」
「ああ」
貴族はわたしたちを殿と敬称をつける。
彼らはわたしたちが何をしているのか正確に理解している。街の人たち、村の人たちとは違う。
きちんとした教育というものを受けているから、わたしたちに対して何も言わない。おそれない。
ただそれは使いやすいからでもある。わたしたちはただ死者を燃やす。それは依頼者の自己申告。
依頼者が死者だといえばただ燃やすだけ。わたしたちは判断を赦されてはいないから。
跡目争いの道具にもされたりする。
それに民草に嫌われるのには理由がある。
燃やすのにお金を取るから。それは死人税。死んだ人にかかる税金の徴収もわたしたち送り人の仕事。
支払わなければ燃やせない。そうなると起き上がってしまうから、支払わないわけにはいかない。
だから必ず徴収される。領主や国の手先。だから、嫌われる。死神のような扱いも受ける。どんなに泣き叫ばれても取っていかなければ、貴族様に何か言われるのはわたしたちだから。
中には、規定以上の金をとる送り人もいる。嫌われて当然。
それにわたしたちは見た目以上に高い立場にある。あとはそう人を燃やせるだけの力を持っているのだからおそれられるのも当然。
「そうだ。ひとつ聞きたかったのだが、良いかね」
「…………なに」
「どうして送り人殿は彼と一緒にいるんだい。君は、元々この地方を旅する遍歴の送り人であったはず。それが今はここの専属だ。この街には元々送り人がいなかったから渡りに船ではあるが、なぜかな?」
「…………なぜ?」
言われてわたしの中にその答えがないことに気が付いた。
なぜわたしは彼といるのだろう。
彼が何も知らないから?
しっくりくるような気がする。
わたしに対して貴族でもないのに普通に接してくれる。笑いかけてくれる。話しかけてくれる。あの美味しい肉をわたしに分けてくれた。
これが理由かな? たぶんそうだとわたしは思う。彼といる理由。彼といたい理由。
そんな感じの事を言葉短くグスタフに話す。
「なるほどなるほど」
なにか含みのある笑い。どこか微笑ましい子供を見るような。
不快ではないけれど、なんだか気になる笑い。
「……なに」
「いや。いや。君はレイ少年のことが好きなんだのだなと思ってね」
「……好き……?」
「違うのかい?」
「…………」
――好き?
――わたしが、誰を?
――彼のことが……?
――…………。
わからない。
わからないけれど、なんだか胸がもやもやする。そういう好きだとか愛だとかがあることは知っている。
わたしに対して、酔っぱらった人がそういう言葉をかけてくることがあったからわかる。
けれど。
自分のことはわからない。
「わたしは……」
「おっと、そろそろ戻らないと。あまりゆっくりしていると団長に怒られてしまう。それじゃあ、送り人殿、また」
「…………」
グスタフはそのままエントの街に戻っていく。
わたしはひとり残される。
「…………」
ひとりの部屋。
ううん。彼とわたしの部屋。家。
小さな一部屋。大きなベッドがひとつ。部屋の隅に。
部屋の真ん中にはテーブルがひとつ。木製の。
ひとつ部屋を分けて厨房。使うのはほとんどグスタフと彼。最新らしいけれどわたしは古いのもみたことないからわからない。
わたしが初めて得た壁と天井。
わたしはベッドに座って彼を待つ。
予定だと朝から行って、太陽の女神が眠る前に戻ってくると言っていた。危険はない。
死の荒野に彼を脅かす危険はない。わかっているけれど、心配。彼、何も知らないし、こういうことに慣れているとも思えなかったから。
「…………」
わたしはただ座って待ち続ける。
なにもしない。死人はこの前多く浄化したから、死者が出ることはない。出たら知らせが来る。
それを待てばいい。
「…………」
待って。待って。待つ。
こういう経験は初めてだから、何をしていればいいんだろう。
いつもならどこかに向かって旅をしているだけだから、何もしないというのは初めてのこと。
こういう時、彼ならどうするのだろう。
何も知らない彼なら、何をするのだろう。
――そうだ、彼について考えよう。
グスタフが言ったことについても。
それがいいと思う。他にやることがないから。
「…………好き」
好き。どういうことなんだろう。
恋。愛。そういうものがあることは知っている。誰かが愛している、恋をしているというのはよく聞く話。
井戸端のおばさんたち、道行く若い女性たち。同じ送り人からもそういう話は出る。
そのたびに、わたしは特になにもと答える。同じ送り人の女性からはいずれわかるわ、なんて言われて。
漠然とそんなものなんだろうと考えて。いつまでもわからない。
けれど、グスタフは彼のことが好きなんだねとわたしに言った。
「わたし……彼のことが好きなの……?」
わからない。わからないけれど、もやもやするような気がする。
これが恋? これが好き?
口にだしてもわからない。わからないけれど、なんだか不快じゃない。
「…………」
考えて。考えて。考えて。
彼の顔が浮かぶ。彼の笑った顔が。わたしに笑いかけてくれた顔が。
わたしを心配する人。はじめてだったから、少しだけ驚いたのを覚えている。
わたしのために危険を犯してわたしを助けた時のこと。馬鹿なんじゃないかと思った。
でも、あきれるよりもなんだから嬉しいと思ったのを覚えている。
よくわからないけれど、なんだか顔が熱い。
それに気が付いたらもう太陽の女神が眠る時間。そろそろ彼が帰ってくる。
「どうしよう」
なんだかこの顔を見られるのは駄目な気がしたから。
とりあえず、顔を洗う。冷たい水に熱が下がるような気がした。これで大丈夫。いつも通り。
そうだ、お湯も沸かしておこう。彼、けっこう綺麗好きだから。
「ただいまー」
お湯を沸かすと同時に彼が帰ってくる。丁度良い。
「……おかえり。どうだった……?」
「とりあえずまた竜の素材取ってきたあと目印とか色々置いてた」
「……そう」
なんでだろう。
何だかうまく、彼の顔が見れない――。
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