第14話 養殖場をつくるために領主に雇われることにした

 騎士さんたちに連れられた俺たちはまたエントの領主の屋敷にいた。


「エント子爵様。彼らをお連れしました」


 今回はもう向こうから待っているらしい。


「すみませんね。昨日の今日で呼び出してしまって。ですが、あなた方が竜の素材を工房に持ち込んだという話を聞きましてね」


 はい、やっぱり竜の素材を持ち込んだことによる問題が来たよ。来ると思ってました!

 でも、残念。俺は竜を殺せるほど強くないんだ!


「……それは彼」

「ほう……?」


 エント子爵の顔がこっちに向いた。やめてくれ、貴族様との会話の方法なんて知らない。

 もし無礼をしたら時代劇のようにその場で切り捨て御免とかされてしまうのではと思うとうかつに口も開けない。


 黙る俺に対してエント子爵も無言で俺のことを見据える。

 値踏みされている鯛の気分。あまりいいものではない。彼の視線に何が混じっているかはわからないけれど、絶対馬鹿にしていると思ってしまう。


 被害妄想であることを祈りたい。


「信じられませんね。あなたが竜を倒したと……?」

「い、いえ……お、わ、私は、竜を倒してはいません」

「では、あの素材はどこで手に入れたのですか? エルフが本物というのですからあれは偽物ではない本物です。我が王国で竜の素材が出回るなど建国以来なかったことです」


 エルフさんは五百年ぶりとかいってましたけど、この国できて数百年くらいなのだろうか。

 そんなことを思う。どういったものだろうか。


 いや、これはチャンスと考えるべきではないか? と俺の理性が囁く。

 これは考えようによっては自分を売り込むチャンスだ。なぜならばあの素材を取ってこれるのは俺だけ。

 金や何やらを稼ぐチャンスだ。気合いを入れる。苦手な面接に挑むようでもう足ががくがくだが、それでもやるしかない。


「あれは、死の荒野から拾ってきました」

「死の荒野。あそこには何人たりとも立ち入れない。つまり言う気はないと」

「い、いえ、そのようなことはございません。わ、私は立ちいれるのです」

「そのような話、信じられるとお思いですか?」

「……真実」

「送り人殿……」

「……真実。見た」

「…………なるほど。では、私にも見せていただけますか?」


 エント子爵の言葉で迅速に準備が整えられていく。

 あれよあれよという間に馬車にのせられて、気が付いたら死の荒野の一歩手前。


「さあどうぞ」

「はい」


 武器を構えた騎士たちとエント子爵が見守る中、俺は荒野へと足を踏み入れる。


「本当に入りやがった……」

「まじかよ……」

「嘘だろ……」

「いやいや、何かトリックでも……」

「ふむ……」


 ざわざわとざわめきが騎士さんたちの間に伝播していくのがわかる。

 そんなにすごいことなのだろうか。俺にはよくわからない。


「良し、罪人を」

「はい」


 そして、簀巻きにされた誰かが運ばれてくる。

 それで何をするのだろうか。

 見ている間に、簀巻きにされている人は、こちら側へ、つまり死の荒野へと投げ入れられた。


 それは一瞬の間に起きた。


「ぎ、ああああああああああああああああああああああああああ」


 叫び声。悲痛な。

 簀巻きにされた男の悲鳴が死の荒野に木霊する。少し踏み入っただけ。投げ入れられたそれだけで簀巻きにされた男はぼろぼろに崩れていく。

 悲鳴は途中で途切れ、後に残ったのは骨。その骨も、風に吹かれてぼろぼろに崩れて砂の山になった。


「…………」


 吐き気がこみあげる。それでも吐かないように。誰かに無様を見せないように必死にこらえる。

 人が、一瞬にして砂になった。これが源素のない場所に異世界の人が踏み入れた場合の結末。

 死ぬ。逃れようとする前に、一歩でも踏み入れたら、死ぬ。


 俺が今、何をしているのか理解する。これはマズイどころの話ではない。俺という存在は間違いない劇薬になるかもしれない。

 具体的にどんなことになるのかは想像できない。けれど。けれど、絶対に大変なことになるかもしれない。


 この死の荒野がどれほどの大きさなのか。なにが眠っているのか。それ次第では、俺の価値が決まる。

 それがわかる。俺の命運はこの枯れ果てた死の荒野にあるのだと理解して。


「なるほど本当のようですね。あなたは死の荒野に足を踏み入れても死なない。わかりました。どうでしょう、私に雇われるというのは」

「へ……?」

「おや、何を驚いているのです。こんな貴重な存在。逃がすわけがないでしょう。まあ、死の荒野に逃げられたら追う手段はないんですけどね。はははは」

「りょ、領主様、人の前で!」

「いや、なにどうせ死の荒野の前だ。誰も来ないよ。それに私は……いや、もう僕で良いか。僕はね、子爵のまま終わる気はないのさ。僕は、王になりたい」

「ちょ、領主様! 誰かの耳に入ったら、不敬罪で斬首刑ですよ!?」

「はっはっは。いいじゃないか。ここにいるのは君たちと送り人殿と彼だけだ」


 ――え。……え?

 ――なんだ、これ。なにが目の前で何を言っているのだろうこの人は。


 今、この人、王になるって言わなかったか?

 王様、たぶんこの国の王になるとかそういう意味のはず。つまり、これは不敬というかクーデター宣言とかそんな感じでは……?

 あれ、こんな話を聞いた俺はもしかして裏切ったら処分とかそういうことになるのでは……?


 いやな想像が脳裏をよぎる。


「さて、キミ。ああ、そうだ。確か、レイくんだったかな。どうかな? 君のその才能を見込んで、僕にやとわれてみるというのは。おっと、先に報酬の話をしておいた方が良いかな? 君がこの荒野に入ってくれるのなら望むものを渡そう」

「領主様!?」

「騎士団長、君は少しうるさいから少し黙っててくれないか。僕は今、彼と話しているんだ。さあ、どうだい?」

「……そ、それは……土地と言ったら、土地、もですか……」

「ほう、君は土地が欲しいのか。畑でも作るのかね?」

「いえ、竜を養殖して食べようかと」

「…………」


 ――あ、ヤバイやってしまった気がする。

 ――何を馬鹿正直に言っているんだ、俺。


「は、はははは! おい聞いたか騎士団長。竜を養殖して、あまつさえ、食おうと言っているぞ。ははは。なんだそれは、僕を笑い殺す気じゃないか」


 領主様大爆笑。

 騎士の人たちもどう反応して良いのか困ってるぞ。


「ははは。いや。すまない。あまりにもおかしなことをいうから笑ってしまったよ。しかし、そうか。伝説の竜を食べるために育てるか。うん、良いな。面白い。良いだろう、土地をやろう。その代わり、成功したら僕にも竜を食わせろ」

「領主様!?」


 騎士団長さん苦労してるんだろうなぁ。

 それにしてもエント子爵。初めて会った時は貴公子とか思ったけど、今はただの面白お兄さんみたいなイメージだぞ。

 まあ、これをそのまま引きずって相手をしたら無礼で殺されるかもしれない。というか、現時点で殺されそうなことばかりしているようで気が気じゃない。


「あ、ありがとうございます。成功した暁には、必ずや」

「うむ、待っているぞ。さて、では契約書を作ることにしよう。ついでに良さそうな土地もな」


 何だか大変なことになりそうな気がするが、竜を養殖するための土地は確保できそうだ。

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