第12話 金を手に入れるために荒野を歩くことにした
再び死の荒野に足を踏み入れる。
アリシアはこちらを見ているが、無表情なのでどういう感情で見ているのかはわからない。
心配、されているのだろうか。
大丈夫だと示すように手を振る。
ここに丸一日いたけれど、俺は何も問題なかった問題だったのは食料問題だけれど、一応、いくらかアリシアから携帯食料と水を分けてもらった。
これでなんとかなるだろう。そう信じて、俺は再び荒野を進む。
「しかし、本当、なんもいないんだなー」
源素がないから生き物はここでは生きていけない。だから何もいない。そう聞いたら安心感が違う。
何にも脅かされないことがわかったら途端に観光気分になる。ここに家をつくるのはどうだろうか。
いや、植物も生きていけないなら家もすぐに壊れてしまうか。
「この荒野って確かひとつの領地が飲み込まれたんだっけ。突然」
一体何があったのだろう。それはわからないが、もし当時のものが残されていたりするのなら何か金目のものがあるかもしれない。
生き物は存在できないが、何か物品。宝石だとか。そういうものが残っていないだろうか。
まあ、一番は竜の素材を持ち帰ることかもしれない。
まずはそれを目的に俺はまっすぐに進む。目印とか用意しておけばよかった。広い荒野のどこをどう通ったのかなんて俺は覚えていなかったから、もしかしたら竜の死骸のところにいけないかもしれない。
その時はその時だが、帰れなくなる可能性もある。拾った石を巻きながら行くとしよう。ヘンゼルとグレーテルみたいな感じで。
「お、あった」
どれくらい歩いたか、数時間ほど歩くと、巨大な竜の骨に辿り着いた。
俺が野営した後はまだ残っている。残念ながら肉は手に入らなかったが、今回の目的はそれではない。
「とりあえず、鱗だよな。あとは爪とか牙とか」
しかし巨大だ。
爪や牙は鋭く触っただけで指が飛ぶのではないかと思うほどだ。俺よりも大きい、さながら家のような頭蓋骨から牙を引き抜けないかと試してみる。
「ぬぐぐぐぐ! ――はぁ……」
到底抜歯できそうにない。専用の道具が必要になりそうだ。しかし、そんな道具もない。
というか、これだけ堅いと普通の道具が壊れる気すらする。
「んー、あ」
竜の骨には竜の骨だ。そう同じ硬さのものならもしかしたら。
そう思って竜のこんぼうで殴りつける。
「おらぁ! ぬぉおおお!?」
叩きつけた時、甲高いまるで鐘を叩いたかのような音が響いた。あまりの衝撃に腕が痺れてこんぼうを取り落としてしまう。
誰もいなくて良かったと心底思った。
「ふぅ、ふぅ……でも」
ただその衝撃のおかげで牙が一本外れた。それだけでもかなり巨大だ。小指の爪など袋に入れられるものは入れて、鱗一枚と牙ひとつを抱えて戻ることにした。
太陽を見る。見開いた目のような真ん丸太陽から、だいぶ細められている。そのおかげで周囲もどんどん暗くなっているのがわかる。
昼もなしに牙と格闘していたようだ。携帯食料を口に突っ込んで、水で喉を潤して。
「急いで戻ろう」
急いできた道を戻る。
石はまだそこにあって、俺への道しるべになってくれている。
俺を通せんぼするような生き物はなく、無事にアリシアと分かれた場所まで戻ってこれた。
「……戻ってきた」
そこにはまだアリシアがいた。
もしかしてずっと待っていたのだろうか。
「もしかして、ずっとここにいた……?」
「…………」
こくりと彼女は頷いた。
悪いことしたかもしれない。
「そうか。すまない」
「……?」
「ずっと待ってるのも大変だっただろ。街の中で待たせておけばよかった」
「……別に。ここで良い」
「でも……」
「……それで、それが?」
「あ、ああ、竜の鱗と牙だと思うんだけど、どうだ?」
「…………見たことない」
「だよなぁ……。とりあえずどこかに持ち込みたいんだけど、なんかいい場所ないか?」
「…………」
アリシアは少し考えるそぶりを見せて、ついてきてと言った。言われるままついて行く。
街に入る時に、なんだそりゃと言われたが、はぐらかす。今言ったら大騒ぎになると思ったから。
街に入ってアリシアについて向かう。
そこはほかの地区とは多くが異なっているように見えた。植物がまず多い。植樹された通りは、他の通りよりも緑に見える。
それでいて、建物の中からは金属を叩くような音が聞こえる。
いわゆる職人通り。そう俺は思った。しかし、それにしても花や緑が多いのはどういうことだろう。
その答えはすぐにわかった。
「……ここ」
アリシアの案内で店に入るのはこれで何回目だろうか。などとそんなことを思いながら、俺は店に入る。
「おや、いらっしゃい」
そこにいたのは耳が長い赤みの強い紫髪の青年だった。その特徴的な耳を俺は知ってる。
そうエルフだ。
エルフ。魔法ファンタジー世界には必ずと言っていいほど登場する眉目秀麗な種族だ。
森に住んでいて、弓の扱いに長けたりとか、魔法に長けていたりだとか。長命で名が寝に着ているそんな種族。
イメ―ジそのままに彼はイケメンであった。劣等感がふつふつと湧き上がってくるが、いる場所が少し違和感がある。
そこは鍛冶工房のように思えた。大きな炉には不思議な炎が燃えている。
エルフって鍛冶のイメージがない。イメ―ジとしてはドワーフだが、ここは異世界。きっとそういうこともあるんだろう。
「ええと、これらを買い取りとかできますかね」
「素材の持ち込みですか。百年くらいですかね。久しぶりですね。最近はギルドを通すばかりですし。そういうのもいいですがやはり職人としては持ち込まれた素材で相手の望むものを作りたいものですから」
そう彼は言って、作業台をあけてくれる。俺は抱えていた鱗と牙をその机に置いた。
「これは……」
感嘆の声を彼は上げる。
職人の彼にはそれが何だかわかったようであった。
「竜の鱗に牙……見るのは五百年ぶりですね」
「あ、やっぱり竜の鱗と牙なんですね」
「もちろんですよ。この竜鱗特有の模様に、この牙の鋼のような硬度と質感を間違えるエルフはいません」
どうやらあの死骸は本当に竜であったようだ。俺としてはそれが確定しただけでもありがたい。
「それで、それいくらになりますか?」
「これを売るのですか!?」
「あ、はい……」
「なんと……これで鎧をつくれば魔素による魔術を防ぎ、あらゆる源素の攻撃に屈しない強力な鎧が作れますし、牙の剣は何物をも断つ剣になるというのに」
それにはそれで興味があるが、今は金がない。
「今はお金がなくて。その素材を売って金にしてからというのはできますか……?」
「もちろんですよ!」
「ええと、それじゃあ……」
そこでふと、自分のものを作るよりアリシアのものをつくることを思いついた。
――うん、それがいい。
彼女にはお世話になっている。色々お世話になっているし、彼女も武器を持っているしいいかもしれない。
――サプライズとして黙って注文しよう。
「ええと、それじゃあ――」
彼女に聞こえないように俺はエルフの職人に耳打ちする。
「なるほど、はい。それならそのように加工しますね。この牙なら二振りなら余裕でしょう」
「じゃあ、鎧の方はベストみたいな感じのって行けますか? 服の内側に着れる感じの」
「はい。大丈夫です。この鱗だけでは一着だけになりますけど」
「それで大丈夫です」
どうせ俺が出かけるとしても死の荒野だ。誰かに襲われることはない。
「残った素材はそっちで使ってくれていいから」
「では、お渡しするのはこれくらいですね」
どっさりとした袋が作業台の上に置かれる。
「サールエント王金貨7枚です」
サールエント王金貨。また別の種類の貨幣が出てきた。
これで日本円にしたら一体いくらになるのだろうか。というか、この街、使っている金貨銀貨銅貨がいくつもあるし、それぞれで価値が違うみたいなのだ。
俺にはまったくどの貨幣がどれくらいの価値だなんてわからない。これ、アイリスと分かれたら即座に詐欺とかにあいそうでヤバイ。
「加工費除いてもこんなになるのか……?」
「竜の素材は出回りませんからね。運よく死骸を見つけるかしない限りは絶対に出回りません。竜はまさしく自然災害と同じです。もし出会ったら天災に出会ったとして諦めるしかなくなりますよ。竜の武具なんて伝説の中だけのものですよ。いやー、竜の武具をつくれるなんて、今日は人生最高の日だぁ!」
エルフさんに改めて竜の凄さを言われて、あれ、これもしかしてとんでもないことになるのでは……? と思ってしまったのは無理もないことだった。
というか、これ絶対大変なことになる。
俺の予感が確信に変わるのに、それほどまで時間は必要なかった――。
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