第11話 竜を養殖するために死の荒野に行くことにした

 じゅうじゅうと焼けた串焼きはおいしそうで。

 リーズナブルなお値段――らしい――ながら肉厚で食べ応え十分な串焼き。人の良さそうな主人が自慢気に焼いている。

 道行く人は匂いにつられて買っていっては、美味しいと笑顔を作っている。

 これは期待も上がるというもので、では、いただきますと食べた。


 けれど。そう。けれど。


「…………」


 確かにおいしい部類に入るであろう。

 これもまた素朴な味付けであるから素材の美味さを十分に引き立てている。そう、確かに評判通りこれは美味しいものであるはず。

 けれど。そう。けれど……。


「微妙だ……」


 俺の感想は、非常に残念なことに微妙だった。食べ応えは十分で、確かに朝に食べるには少し重ためではあったのだけれど。

 それでも肉で串焼きで、隣には美少女もいて、結構良い感じのシチュエーションなわけで?


 後半は置いておくにしても、こうもっとこう、うまーい、みたいなそんなリアクションをとってもおかしくないはず。

 そうそのはず。なのになんでだろう。この微妙と感じてしまう。決しておいしくないわけではないけれど……こう。


「物足りない……」


 それは俺の下が現代の食生活に慣れきっているせいなのだろうか。

 いや。いいや、違う。そう違うはずだ。

 だってこの異世界で一番おいしいと思ったものは、ただ焼いただけの竜の肉だったのだから。


「…………」


 ドラゴンの肉が食べたい。

 あれは美味しかった。非常においしかった。もう一度食べてみたい。

 ただアリシアも言っていたが、竜なんてものはそうそう食べられるものではない。出回っていないだとか、そういう問題ではなく、倒せないのだ。


 竜はこの世界において生態系の頂点に立つもの。あれを食べてしまったら他の食べ物の全てがかすんでしまうほどだ。

 竜を狩る、だなんてこと出来るはずもない。俺は弱いことは昨晩の事件で身に染みている。


 強くなるにしたって、この世界の人はなにやら火を出したりするのが普通っぽい中で、特別なチートもない俺にいったいどうしろというのか。

 かといって誰かに依頼をするほど金があるわけでもない。というか、現状アリシアにたかってる屑でしかない俺である。竜を狩るだなんて一大事業どころか国がやりそうなことが出来るようになるまで何十年かかるというのだろう。


「はぁ……」


 どうあがいても難しい。

 それでも食いたいとなったらどうするべきだろう。

 諦める? 我慢する?

 無理だ、あんな美味いものをもう二度と食べないとか無理だ。俺には出来ない。なら、どうにか方法を考えないと。


 そもそも竜が凶暴だからダメなんだよ。もっと大人しい竜がいれば……。


「そうだ。竜を養殖しよう」


 我ながら良い考えだ。

 そう思った。そうこの時は、そう思った。あとから考えると我ながら馬鹿である。一体何を言っているのだろうか。

 でも、この時の俺は、あの美味い竜の味にすっかりと魅了されてしまっていたのだ。串焼きを食べて、すっかりとあの味を思い出してしまったせいだろう、きっと。


「…………なに言ってるの?」

「竜を食べるために、竜を育てるんだ」

「…………ドラゴンを食べる……」

「ああ、アリシアにお礼であげたあの肉だよ」

「……あれ……もうない?」

「ないんだよ。だから、それを手に入れやすくするために竜を自分たちで食用として育てようと思ったんだ」

「…………何を言っているかわからないけど、食べたい」

「おお、じゃあ、協力してくれるか?」


 思わず、そう言ってしまった。きっと断られるだろうなと思った。あと七割くらいは打算込々だったけれど。


「…………うん」


 まさか頷いてくれるだなんて思わなかった。


「え、い、良いのか?」

「……食べさせて」

「あ、ああ、それはもちろん。成功したら」


 どうやって成功させるかが問題なのだが。


「あ、そうだ。まだ残ってるかもしれない。ちょっと見に行っていみるか?」


 肉はもしかしたらまだ死骸に残っているかもしれない。

 金を稼ぐ意味でも竜の鱗くらい持ち帰るのが良さそうだ。この前は断念したけれど、街が近くにあることがわかったのなら、行って帰るくらいできる気がしてきた。

 それにいつまでもヒモでいるわけにはいかない。


「……どこに?」

「あっちの荒野」

「……荒野?」

「そう」


 早速、エントの街を出て荒野へ向かう。相変わらず装備は貧弱だが、ここには生き物はいないから大丈夫だろう。

 荒野は一時間くらい歩いたらすぐだ。緑の草原が不自然に途切れているからわかりやすい。


「……死の荒野に行くの?」

「マジで死の荒野っていうのか……」

「……自殺?」

「いやいや!? 自殺する気ないぞ!?」

「……死の荒野は、入ったら死ぬ」

「え、でもなんも危ないものとかいなかったぞ?」

「……あそこに源素がないから」

「源素って……なんだ……?」

「…………」


 今、心底呆れられたような音が聞こえた。きっと気のせいだろう。

 いや、だって仕方ない。俺はこの世界に来たばかりなのだ。この世界で普通のことなんて知っているはずがない。

 だから仕方ない。


「……わたしたち、誰もが持ってる力」


 アリシアが差しだしてきた掌に炎が巻き起こる。

 どうやら昨日見せていた炎は源素というらしい。誰もが持っている力で、万物に備わっているもの。

 それを自由に使うことが出来るのだという。普通の人は元からあるものを操る程度が多いが、貴族などは無から己に備わった源素を生み出せるのだという。


「つまりアリシアはすごいってことだな」

「…………」

「あれ、違った……?」

「…………違わない。髪の色で、どんな源素を持っているかわかる」

「アリシアは、赤いから火……?」

「……そう」


 それじゃあ、あの貴族は青みがかった金髪だったから水とか雷とかそういう感じかもしれない。

 二重属性とか強そう。


「じゃあ、黒は?」

「…………わからない」

「…………そっかー……」


 何かこう古の属性とかそういう感じのだとか期待したのに残念だ。


 それで話を戻す。

 死の荒野とはそのこの異世界で必須の源素がなくなった領域だという。そこでは源素を持った生き物は生きられないのだとか。


「じゃあ、アリシアは入ったら」

「すぐには死なないけど苦しんで死ぬ……」

「あぶねえ!? 戻らないと!」

「ここならまだ大丈夫。でも……なんであなたは?」

「……なんでだろうなー」


 異世界から来たからかもしれない。元々源素だなんてものなにもない世界から来たんだから俺としてはこの荒野の方が居心地がいいまであるみたいなそんな感じなのだろう。

 しかし、そうなるとこの荒野を行くのは俺ひとりということになってしまう。おそらくこの世界の人間は誰もここに入れない。


「……あ、待てよ? なあ、アリシア。この死の荒野ってもとは何があったんだ?」

「…………大きな領地があった」

「そこが長年かけてこうなったのか?」

「……突然」


 それで今もじわじわと広がっていると……。

 もしかしたら何かいいものが残っている可能性はある。

 金目のものとか。


「良し……行ってくる」


 ここを探索できるのはアリシアの話では俺だけ。

 つまり俺個人の独占事業だ。良い響きだ、独占。金を稼げる匂いがする。


「…………」


 相変わらず無表情のアリシアに見送られて俺は再び荒野へ足を踏み入れた。

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