第10話 昨晩の報告をするために領主の館にいくことにする
翌朝。
あの後、後処理をして、宿に帰る頃にはすっかりと夜明け前。
それでも少しは眠ろうとベッドに入ったのはつい先ほどくらいだっただろうか。体感的には一時間くらい?
どれほど眠ったかはわからないものの、明らかに睡眠が足りていない。
「ふぁ……」
あくびを噛み殺さずに吐き出したところで、既に起きているアイリスに気が付く。
彼女の方はすっかりと準備万端のようす。あれだけ動いて、あんな戦いをしたあとだというのに、彼女は疲れた様子も見せない。
体力が違うのかもしれない。まったく情けないと思う。もしかしたら彼女は魔法みたいなもので自分を強化しているかもしれない。
「おはよう、アイリス」
「…………おはよう……」
「とりあえず、宿を出るか」
「…………」
荷物をまとめて宿を出る。昨日の騒動が嘘のように町は変わりない様子。あれはいつものことなのだろうか。
いいや、絶対に違うだろう。あれらはきっと怪事件の類。何かの予想外のはず。
そう思うのだけれど。
「…………」
「…………」
俺は結局、彼女に聞くことが出来なかった。部外者であることもそうであるし、彼女はまた黙ったままさっさと歩いて行ってしまったのもある。
宿を出ていく背中を俺は見送るわけにもいかず、慌てて追いかけて。すぐ外にあった彼女の背中にぶつかりそうになった。
「うわ、っと、なに……」
「送り人殿、一緒に来ていただけるだろうか。領主様より事情を聞きたいと」
そこにいたのは甲冑を身に纏う騎士であった。少なくとも俺にはそう見えた。
身なりが違うから偉い人? おそらくは街の外に立っている衛兵などよりも身分が高そう。
柔和な笑みを浮かべた男は俺よりもはるかに大きい。体格も身長も。鍛えられた肉体に合わせた表情でこちらに微笑みかける。
「……わかった」
「では行きましょう」
「…………行く?」
「え、あ、行く」
「じゃあ行く」
なし崩し的にというか、わけもわからないまま俺も同行することになって。
これは良かったのだろうかと思ったのは、街の中央へ向かっていて、明らかに高級住宅地みたいな場所に入ってしまった時だ。
これでその住宅地のひとつにでも入ればよかったのだが、さらに奥。堅牢そうで、何よりも身分が高そうな家に向かっている。
明らかに領主だとかこの都市のお偉いさんに会う流れで、俺はもう緊張してしまっていた。
身なりが良いとは俺はお世辞にも言えない。服も結構ボロボロになっている。こんなナリで大丈夫なのかと心配になる。
そんな俺の心配を察してくれたのか。
「大丈夫ですよ。送り人殿のお連れ様ならば、害されるということはありません」
「そうですか……」
いい人だ。
そう思った。この人は良い人だ。覚えておこうと思う。
人の名前と顔を覚えるのは苦手だ。あまり人と関わることが好きではないというか苦手だから、ついつい人の名前を覚えるのを後回しにしたりしてしまう。
ここではスマホもないのだから、しっかりと覚えなければ。
そう俺が頑張って覚えようとしている間に、俺たちは領主の館であろう場所へと入っていく。
調度品は豪華であるが、華美というほどではない。シックだとか、そういう気品? のようなものを感じられる。
といっても貴族の屋敷とか実際に行ったことはないから、想像の、ではある。もっとこう派手で贅の類でも凝らしているのかと思ったけれどそういうことはない。
むしろ、結構節約している方なのでは……? 肖像画一つで絵画は他には特に何もない。
落として弁償しろだとか言われそうな壺の類も見られる範囲にはない。甲冑だとかそういうものが飾ってあるということもなく、あるのはおそらくは家紋入りであろうタペストリーくらい。
若葉の家紋が入ったタペストリー。そういえばこの銀貨にも同じ模様があったような気がする。
珍しいものはないけれど、きょろきょろとしてしまったのは田舎者ぽかった。少し反省。
少し騎士さんに苦笑されてしまったので、恥ずかしい。気が付かないふりをして案内されるままに応接室に通される。
そこも装飾と呼べるものは少ない。最低限度、格式に合わせたものが使われているらしい。
こちらには絵画がひとつ。絵画を殺さない質素な額縁に入っている。どこかの湖と街を描いたもの。
「すぐに主が参ります」
そう言ったのは従者の方。好きのない服装に身を包んだスマートな人は、そういって応接室を出ていく。
彼の言う通り、すぐに主とやらは来た。
「やあ、お待たせして済まない。クローサ・バルシュ・エントだ」
「……送り人、アイリス」
「レ、レイです」
やってきたのはブルーブロンドの髪をなびかせたイケメン。まさしく貴族の貴公子とは彼のことを言うのだろう。
そんな人の上に立つ者だけが放つ気品というか、オーラというか。そういうものがある。庶民からしたら、もう出会っただけで平伏しそうな気分だ。そうでなくとも頭くらいは下げるし、目を合わすのも憚られる。
そんな俺とは対照的にアイリスはいつも通りの姿勢を崩さない。綺麗な姿勢で座ったまま無表情で入ってきた貴公子が目の前に座るのを見つめていた。
空色の瞳は、相も変わらず。ずっと何かを見つめて。
「――さて。送り人殿。此度の騒動について説明を」
「……わかった」
(……?)
何か、違和感があったような気がした。
そう違和感。
そういえば街の人とこの人は対応が違う。街の人たちはアイリスを畏れている節があったけれど、彼はそんなこともなく。
むしろ敬意を払っている? うん。そんな感じがある。街の人たちとはどこか違っていて。
彼女が語り終えてからも彼の態度には変化はない。
「そうか。事態の収拾に感謝する。しかし、そうか……」
「……何か知っている?」
「ええ。といっても噂ですが」
噂。
曰く、死者を復活させられるという謎の仮面の怪人がいるのだという。
送り人はその方法を試さずに死者を燃やして灰にしているのだ、許すまじ。
などという噂。
「民草には困ったものだが、理由はわからないでもない。死んだ者には誰だって会いたくなるものだ。もう一度会えればなんていうのは普通の感情ではある。だからこそ、それは会ってはならない」
「…………」
「死んだ人間を浄火で燃やさなければ、彼らは起き上がり、死者を拡げる。月の女神の遺した厄介な慈悲というわけだ。だからこそ、我らには送り人が必要だ。彼らを今よりも貶めるのは許せない」
「…………」
貴族の貴公子が何事かを語る。
対するアイリスは無言。
俺はといえば同じく無言。話についていけていないが、貴族と庶民の間でどうやら送り人に対する認識が大きくことなるようだ。
教育の差なのかもしれない。貴族とかは良い教育をされいるから迷信めいた、送り人の話なんて信じないだとか。
彼らがいるから死人が出るだとか、そういう卵が先か、鶏が先かみたいな話を信じないのかもとか。
あるいは彼女の姿とか。黒い喪服姿は誰だっていやなイメージを抱くことの方が多そうだ。
などとそんな益もなければ、本当かどうかも実体も不明なことを考えるばかり。
「その怪人、仮面をつけた何者かについて心当たりはあるかね?」
「……ない」
「そうか。我らも一応、注意はするが送り人殿も気を付けてくれ。最近は、送り人を襲う者もいるらしいからね」
「…………知っている。この辺の送り人もみんな襲われて帰っていない」
「ああ、だから君にも気を付けてくれ。それとこれは昨日の騒動に対する報酬だ。私の街を守ってくれたようだからね」
テーブルの上に従者が袋を置く。金の音がした。それも大量の。
それを受け取ると、話は終わりとばかりに彼は立ち上がる。
「それでは」
そう言って彼は退出し、俺たちも屋敷を出た。
「はぁ……緊張した」
「……なぜ」
「いや、ああいうの慣れてないし……」
「……そう」
「そうだ、何か食おうぜ。流石に腹減ったし」
「…………」
さて、何が良いだろう。どこかの店に入るのはやめておいた方が良いかもしれない。
なら露店で売っているものが良いだろう。
「あ、あれなんてどうだ」
串焼きがある。
「……好きにすればいい」
そういって彼女は俺に金を渡してくる。
銅貨だ。これで買えるのだろう。
「この礼は何かでするよ」
そういって俺は、串焼きを二本買った。
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