第9話 敵を倒すために彼女に頼ることにした
間一髪。俺はアイリスに突っ込んで、彼女を助けることに成功した。
もしかしたら邪魔だったかもしれないけれど、それでも彼女が傷を負うようなことはなかった。
ただ状況は悪くなった気がする。俺という足手まといに加えて、周りは敵だからけ。
「……なんで来たの」
「だから、ほっておけなかったんだよ!」
「…………」
なんだか心底呆れられたような雰囲気。まあ、こんなところに突っ込んでくる素人がいたらきっと俺が彼女の立場でも呆れるだろう。
わかっている。わかっているけれど、動かずにはいられなかった。少なくとも女の子だけを危険にさらしてのうのうと眠るだなんてこと俺にはできない。
ただ勢いで竜骨のこんぼうを手に彼女の前に立ったのはいいけれど。
俺に何ができるだろうか。俺に彼女を護るだなんて出来るだろうか。
アイリスは強い。彼女はとても強い。踊るように敵を倒していく様を見ていた。
月下の舞踏は戦いというよりは一流の演劇やバレエを見ているかのようで、思わず見とれてなにも出来ぬまま彼女は広場に辿り着いた。
結局、自分の出る幕はないと思いかけた頃、彼女の背後に突然敵が現れた。彼女は気が付いていない。気が付いていても反応が遅れる。
そう思った瞬間には、思わず物陰から飛び出して彼女を突き飛ばしていた。
おかげで彼女は無事。だけど自分は彼女と敵のど真ん中。
手足が震える。カタカタと奥歯が鳴る。手に持ったこんぼうは、ゆらゆらと酔っぱらっているかのよう。
こんなざまで一体何が出来るのか。なにも出来やしない。噛まれたら終わりなゾンビ映画の主人公に俺はなれないということだけはわかった。
そうだ、こんな時はなにか楽しいことを考えよう。そう楽しいこと。
「もう一度、
つい口に出してしまった軽口。
竜の味を思い出して、思わずお腹が空いてくる。どこかで食べられるだろうか。街の食堂とか。
いや、そんなところにあるはずはないか。
「……竜なんて殺せないからそんなに食べられるはずがない」
軽口にアイリスが乗ってきた。それは俺をいさめるようなものだったのかもしれないけれど、少しだけ震えが止まった。恐怖が薄れる。
「そうだよなぁ……」
ならどうしようか。
もっと手軽に竜を食べられる方法がないものか。
「…………ありがとう」
「え……」
「……助けられたからお礼。それじゃあ、終わらせてくる」
「でも、こんな数」
「大丈夫」
アイリスはそう言った。
大丈夫。
本当に? こんな状況で敵に囲まれているのに。
「……わたし、強いから」
そう彼女は強く言って前に出た。
手にはショーテル。
「神よ……」
祈りの言葉とともに焼け付くような熱が彼女を中心にあふれ出す。
目を閉じたアイリスを中心に焔が爆ぜる。
「これは……」
まるで彼女自身が燃え上がっているかのように、炎の軌跡を引いて彼女は舞い踊る。
立ちふさがるウェイカーをまず両断する。気が付かなうちにウェイカーは細切れになると同時に焼失する。
残るのは灰。
「次……」
それを誇ることなく、当たり前のことであると認識して、彼女は駆ける。
まずは正面。次に後方。左、右。
流れるようにプリマドンナは踊る。
炎の軌跡を引いて、火の粉を散らしながら、燃え盛る業火のようにアイリスは踊っていた。
きらきらと輝く火炎は確かな熱を持っている。けれど、俺はさほど暑さを感じていなかった。
このブレザーのおかげ? 寒いかもと着てきたブレザーはどういうわけか熱を受け付けないよう。
こんなところにいたら、熱さのひとつでも感じるもので、下手をすれば燃えているかもしれないと思う。
けれど、俺はまったくなにも感じていなくて、ただ目の前で巻き起こる炎舞を呆然と見ている。
アイリスはその間にも敵の殲滅に動いている。
地面を疾走し、時には壁を蹴る。跳躍と同時、空中に群がるウェイカーたち。この場にいる生者は俺と彼女のふたり。
けれど、ウェイカーたちは俺ではなく彼女を狙う。
それは彼女が発している火に関係があるのかもしれなかった。ウェイカーたちはまるで光に誘われる虫のように彼女へと誘われて行く。
空中で光が爆ぜた。爆裂と同時、燃え尽き降るのは灰の雨。
着地と同時に地面を蹴る。壁を走り、アイリスはショーテルを振るう。
ひとつ振るえば首が複数飛んでいく。火の軌跡がキラキラと輝きながら、黒衣の軌跡はひらひらとはためいて。
本当に出来の良い演武を見ているようだ。
「これで、終わり」
そして、彼女が終焉を告げる。
そこにいたのは子供とその母親らしいウェイカー。まるで子供を護るように立ちふさがる母親をアイリスは人たちで両断した。
「……ぁ……」
子供のウェイカーはそれに初めて反応を示したかのように、泣き声のようなものをあげて。
「……それは言葉じゃない」
俺が気にした気配を感じたのか、彼女はそんな言葉を発した。
そうして一息に息子の首を落とす。その刹那に炎が燃え上がり、全てが灰へと帰った。
●
「――送り人がこんな街中にいるなんて予想外ですねぇ」
男は言った。
奇妙な仮面をかぶった男だった。その仮面姿から道化のようにも見えるが、その姿はまぎれもない貴族のように綺麗に整えられている。
立ち居振る舞いもどこか貴族じみていて、仮面さえなければどこかの貴公子とも呼ばれそうなたたずまいであった。
そんな人物が屋根の上から先ほどまで起きていた騒ぎを眺めていては、怪しい人物と言わざるを得ない。
男は洗練された所作で、大仰に自己を表現する。それはどこか作り物めいた、人形劇を見せられているようでもあった。
「おお、私の計画のひとつを、大いなる実験を止めるとは」
大きく両の手を広げる姿は劇団員のようでもある。
「いやはや、なんともなんとも」
男は楽し気に嗤う。仮面に描かれた顔のまま嗤うのだ。
「ここは称賛いたしましょうや。若き送り人に喝采を」
ステッキを小脇に抱えて男は喝采する。目の前で行われた演武に、炎武に、炎舞に。
彼は喝采をする。全てを嘲笑いながら。
「――さて」
男は頭のハットをかぶりなおし、ステッキを手に戻す。
「さて。成果は得られました。ならば次へと進むのが常道でしょうや」
くるりとステッキを手に回す男の言葉には笑みが含まれている。
答える者はいない。
ここにはこの男以外には誰もいないのだから。
「次の計画、次の実験」
くるり、くるり。
ステッキが回転する。
「それでは皆々様、どうぞご観覧ください。我が計画。我が愛しき女神の慈悲を。いずれ彼女の威光をもしのぐ者、我らが総帥が現世へと降り立つでしょうや」
男は嗤う。
男は嗤う。
嗤う。嗤う、嗤う――。
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