第3話 街を見つけたけどお金がなくて入れないので隠れることにした

 夜。

 異世界に来て初めての夜。何もない場所。

 今まで歩いてきた荒野。ここにはなにもない。あるのは、俺と竜の死体。俺を生き永らえさせてくれてもの。

 これで明日死んだとしたらとんだ笑いものだろうけれど、そんなことがどうでもよくなるくらいには、とてもいい気分だった。


 荒野はまるで昼間の砂塵が嘘のように晴れ渡っていた。今、歩けばもしかしたらなんて思うけれど、身体は休みを欲していて動かない。

 ただ油でギトギトになったブレザーを地面にしいて、そこに寝転がって空を見上げる。


 不思議と不快感はない。油にまみれたブレザーはいつの間にか乾いていた。ギトギトもなく、さらりとしていた。

 これが竜の脂の効果だろうか。なんだか着心地も良くなっているような気がした。匂いは油っぽのでどこかで洗うべきか迷う。

 その洗うことの出来る場所に行ければいいのだけれど。


 寝転がって、ふと二つの月が目のように俺を見つめているような気がした。月。まんまると大きな満月。

 綺麗だけれど、なんだか本当にじっと誰かに見つめられているかのよう。

 居心地が悪くなって俺はそれから目をそらすようにもっと近くに焦点をズラす。そこにあるのは骨。竜の骨。


 俺は竜の骨の中に寝そべっている。

 鱗の壁で風を防いでくれている。壁があるだけマシな住処じゃないけれど今日の寝床。

 このまま寝て明日には死んでいるなんてことはないように思いたい。そう思うと眠るのは少し怖いと思えてしまう。


 怖い。眠るのもそうだけれど、この暗闇も同じくらいには怖い。

 満月は明るいけれど、都会の明るさには程遠い。

 火はまだ燃えているけれど、いつ消えるかはわからない。それほど大きくあたりを照らしてくれているわけじゃない。

 科学の発展がどれほどのものを人にもたらしたのかよくわかるというものだった。


 なにも見通すことの出来ない暗闇に俺は押しつぶされそうになる。

 他に喋るものも動くものもいないから、音がしない。無音という名の騒音がうるさく耳に残る。

 それは俺の精神を削るようで、思わず独り言を口に出す。


「明日は誰かに会えるといいけど……あるいは町に辿り着ければ……」


 このままここで過ごすわけにはいかない。食料としてまだ竜の肉が少しは残っているけれど、それだってあと二食分くらいだ。

 明日の朝と昼くらい。それだけしかない。他はもう朽ち果ててしまっていた。


「でも節約すればもうちょい持つよな」


 節約すればもっと持つかもしれないけれど、ここで全部焼いてしまっている。そう長くはもたないと考えて置いた方が良い。

 いつ火が使えるかわからないから、全部一気に焼いてしまったのを少しだけ後悔した。

 やってしまったことを後悔しても仕方ない。今はとにかく眠ろう。


 明日また歩くのだ。足の痛みも恐怖もあるけれど、それよりも疲労が勝る。


「星がきれいだな……」


 他に灯りのない荒野で見上げる星空はとてもきれいだ。プラネタリウムなど比ではないほどに美しく輝いていて。

 けれどここに、俺の知っている星はひとつもない。見慣れた星座はどこにもない。北極星すらもない。

 ただ二つの大きな月が中心でずっと俺を見つめている。


 俺は目を閉じた。

 夢をみないほど俺は深く、深く眠っていた。


 ●


 気が付いたら朝だった。

 二つの太陽が天頂にある。今日は晴れている日なのか荒野に砂塵が舞い上がり砂煙のカーテンを作っていなかった。

 見通しは良い。絶好の行軍日和。竜の肉を食べたからか、少しだけ調子がいい。もしかしたら強くなっているかもと思った。

 ちょっとだけ竜の骨を殴ってみたら俺の腕の方が痛かったからそういうことはないのかもしれない。


「いてて、さてと……いくか」


 俺は再び歩き出す。

 何か使えないかと竜の鱗を一枚と牙でも折れないかと思ったが俺の全力でも折れなかった。

 朽ち果てているとは言えその骨も強靭すぎるらしい。何か丁度良さそうな大きさの骨を棍棒かわりに使うことにして俺はその場を後にする。


「やっぱり邪魔だ」


 歩き始めてすぐ、竜の鱗は捨てることにした。

 リュックかなにかあればよかったのだが、竜の鱗は大きすぎる。鱗一枚で俺の半分くらいの大きさだ。

 そんな巨大な鱗を持って歩くなど出来ない。重さはほとんど感じない軽さなのだが、それでも大きすぎて手間だ。

 小さく加工することも無理だとすれば置いていくしかない。


「もったいないけど仕方ないか。またここに戻ってくればいいし」


 戻れるかはさておき、竜の素材なんてかなりの値段で売れるというのが物語あるあるだ。

 とにかく今は、人を見つけること。それと町を見つけることだ。壁と天井と普通の床があってベッドがある。そんな当たり前の宿に泊まりたい。


 起きた時間から俺は行軍を続ける。

 影はずっと俺の真下にある。太陽は動かない。どれくらい時間が経ったのかわからない。

 数分、数十分、数時間か。体感では一時間くらいかもしれない。実際はどうなのかわからないけれど。


 さらに一時間、さらに一時間と疲れたら休憩をはさみながら歩き続ける。

 やっぱり生き物の気配はない。荒野を歩くのは相変わらず俺だけ。

 けれど、それも終わりが近づいていた。


「あれは……!」


 城壁が遠くに見える。

 石造りの何か。きっと城壁だとかそんなものだと俺は思う。

 鈍っていた歩調も、テンションとともに上がっていく。

 思わず駆けだす。ようやく見つけた人工物は想像よりも遠かったけれど、俺は一心不乱に走った。


 いつしか荒野は抜けて、しばらくしたところに町があった。城壁に囲まれた堅牢そうな大きな小さな町。

 それはきっと俺が現代を基準にしているからだと思うけれど、城壁だけは高層ビルのように大きかった。


「すげぇな……」


 巨大な城壁を見上げる。さてどこから入るのだろう。

 俺が来た荒野側には城門らしいものがなかった。


「反対側か?」


 城壁に沿って歩くと、反対側に城門を見つけた。


「おお、門だ、人だ!」


 ようやく見つけた城門に人の姿。俺は思わずガッツポーズしてしまった。

 思わずダッシュで向かいそうになったが、咄嗟に立ち止まる。

 まずは観察をしよう。俺は明らかに怪しい人間だ。身分証もないし、というかそもそも言葉が通じるかも定かではない。ぶっつけ本番で言って言葉が通じませんでは話にならない。


 だから、ちょっと隠れて聞き耳を立てる。

 城門の前には鎧を身に纏った衛兵が二人立っている。さらに城門の中付近では、さらに何名かの衛兵が荷物などをチェックしているようであった。

 ここまでなら問題はないように見える。そうここまでは。


 問題がひとつあった。門を通る人たちは衛兵になにかを渡している。少し離れているから見えないが、お金のようなものだ。入場料とかそんなものだろう。

 つまりこの町に入るには金がいる。一応、ぶつぶつ交換らしいことをしているが俺が持っているものなど服と竜の骨だ。


 まさか竜の骨で入れるとは思えないし、これが竜の骨であると証明する手段も俺は持っていない。これなら鱗を持ってきておけばよかった。

 邪魔だからと捨てるのはやはり早計だったかもしれない。

 かといって取りに戻るのもやめたい。もう歩きたくないし、あの荒野に戻りたくない。


「どうしたもんか……」


 そう考え込んだ時。


「なにしてるの……?」


 そう後ろから声をかけられた――。

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