第1話 荒野抜けて人に会うために歩くことにした
どこまでも続く荒野が目の前に広がっている。
どこまで続くのか。
それは目の前に見える巨大な山脈の麓だろうか。もしくは、背後に威容を誇る何かの巨骨までだろうか。
どこまで続くのか。
それは俺にはわからない。ただあてどなく彷徨うばかりだ。
いつまで歩き続ければ良いのか。
何もわからない行軍は俺の精神を削ってくる。そもそもこの状況こそが俺の精神を削っているのだからダメージは2倍だ。
状況。誰もいない、命の気配すらしない、植物もなにもかもが枯れ果てたような死の荒野とでも名付けられる場所を彷徨うこの状況。
そもそもこんな場所に誰かいる方がおかしいか。
犯罪者などふつうの場所にいられないような誰か。もしくは盗賊のような連中ならばなどと思ったが。
ここには影も形もありはしない。羽虫の類ですら耳に跳んでこない。
もしかしたらここは何かの墓場なのかもしれなかった。誰かの、あるいは何かの。人知を超えた想像のおよびもつかぬ何かが死んでしまったが故にここはそうなったのかもしれない。
「くそ……ここはどこなんだよ」
思わずそうつぶやいて俺は後悔する。
喋った瞬間に、砂が口に入ってきた。
「うへ、くそ……」
ざらざらしゃりしゃりとした無味乾燥の砂は、口内を蹂躙する。といってもただ気持ちが悪いだけで被害はない。
だが、今はその気持ち悪さですらいらだちを募らせる。
ぺっぺと吐き出しながら俺はここに至るまでを思い返す。
数十分前の事で実際は大仰に思い返すこともなく、思い返したところで何の解決にもならない。
結論から言ってしまえば、俺は異世界に漂流か、召喚か、転移してしまったようなのだ。
空に浮かぶ二つの太陽と背後に見えた巨大な骨がその証拠だろう。あんなもの日本どころか世界のどこにもない。
アニメや漫画、小説の世界でのみ許されたものだ。
初めの数分は興奮した。俺の異世界チート物語が始まるのだとテンションがあがった。
けれど、そんなことは十分も経つ頃には萎えた。なぜならばここには誰もいないからだ。
ここ――仮称『死の荒野』には誰もいない。俺だけだ。
ここに響くのは俺の息遣いと俺の足音だけだ。他の誰かの声も生き物の足音もありはしない。
俺が着ている学生服すら突っ立っていたらそのまま風化してしまいそうなほどに、この朽ち果てた荒野には誰もいないのだ。
どこに行けばいいのかも何の指示もない。
俺は異世界で完全に迷子のような状態。いや、そもそも異世界に迷子してしまったというべきなのかもしれない。
これを理解したのが十数分前。
そして、今に至るまでずっと歩いている。歩いていればいつか人がいるかもしれないと希望を持って歩いている。
当然のようにスマホは使用できない。スマホはポケットから取り出した瞬間、まるで待っていましたと言わんばかりに砂と化した。
俺が今まで頑張ったソシャゲのデータが全て消え失せたのだ。思わず異世界を滅ぼそうと思った俺を誰が責められるだろうか。
責任者はどこか。ここに来てから、俺はそう思っているが、責任者は一向に現れない。
俺をこんなところに呼んだであろう責任者はいないのだろうか。神様か女神様か、どちらでもいいから目の前に現れてほしいものである。
そうでなければ、これが夢であって目覚めたらいつも通りの日常が待っているでもいい。
俺はこの状況に心底辟易していた。何より大きな問題がある。
「腹減った……」
きゅるると腹の虫がなく。空腹を知らせる腹の虫は遠慮なく、その仕事を全うしているようだった。
丁度、お昼を買いに出たところで気が付いたら荒野にいたのである。元から空腹で、歩き通しということもあってもう限界まで空腹だ。
当然、俺は食料というものを何も持っていない。
そもそも今、俺が持っているものはこの服くらいしかない。ポケットに入っていた物品は全てスマホの後を追うようにこの世を去った。
俺を置いていったのである。
悲しみよりも怒りがわいてきた。この状況を作った邪知暴虐な何某に必ずや鉄拳制裁せねばならぬと俺は決意した。
だからこんなところでは死ねない。とにかく誰か、何か、魔物でもいい。何かに会えないか、どこかに辿り着かないかとまっすぐに歩く。
山脈の麓とか、どこかこの荒野の終わりにはきっと町があるはず。
あてどなく、あてどなく。
俺は荒野を歩き続ける
虫一匹荒野にはいない。ある意味でそれは助かったのかもしれない。変な生物はいないから襲われる心配も何もないかもしれないということだけは助かっている。
ただそれは俺が食料にありつける可能性もないということに他ならないが。
「はあ……」
ため息が砂塵を巻き上げる風に流されて行く。
重たい溜息も砂粒と同じように空に巻き上がっていく。2つの太陽はまるで俺を嘲笑っているかのようにギラギラと照り付ける。
汗が額を流れて頬を伝う。ブレザーは既に腰に巻いている。シャツの袖は二の腕よりも上にまくり上げていた。
それでも足りない。風は吹くが砂との二重旋律。不快指数はプラスマイナスゼロで代わり映えがない。
景色もそう同じくなにも変わらない。
どれほどの時間が経ったのだろう。時計はない。スマホも既に失われている。数十分か、数時間か。
もしかしたら数分しか経っていないのかもしれない。影は絶えず真下にある。太陽は真上から動いていないように見えた。
あとどなく彷徨う俺は此処で死ぬのだろうか。
いやだ。死にたくない。
そう思うけれど、人の姿も町の姿もどこにもない。
ここには俺しかいない。本当にこの荒野は死の荒野なのかもしれなかった。
喉が渇いた。腹が減った。
空腹は限界。疲労困憊だ。どこかに座りたいと思うが、座ってしまえば次、立ち上がれないことは俺が良く知っていた。
だから、とにかく無心で歩く。歩いている方がまだ少しはマシだから。
足の痛みも、身体の疲労も、空腹も、歩いていれば少しはマシだ。
ぽたぽたと流れる汗を舐めとる。塩味の辛い砂の混じった汗。砂を吐き出すことすら億劫で。
俺はただ死にたくない一心で歩いていた。
「だれか……なにか……」
声をあげる。
助けを求めて、俺は声を上げた。神様、仏様。あるいはどこかにいるかもしれにない悪魔にも祈る。
なんでもいい、この状況を打破するための方策、あるいは食べ物を恵んでくれ。人との出会いでもいい。
盗賊でもこの際文句は言わない。何でもいい。なんでも。
俺は一心不乱に祈り続ける。歩きながら、頭の中で、心の中でただただ助けてくれと祈り続ける。
祈り続けて、祈り続けて……。
そして――。
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