僕が先に好きだったのに

刻露清秀

僕が先に好きだったのに

 僕が先に好きだったのに、僕の大好きな幼馴染みは今日、この国のお姫様と結婚する。


 幼馴染みのユウは、優しくて強くてかっこよくて、みんなの憧れだった。黒いサラサラの髪、真っ白な歯の、繊細な美少年とはちょっと違うけど、みんなに好かれる男の子。


 一方の僕は根暗で引っ込み思案で、大人しいけど、かといって女の子らしいわけでもないし、ユウとは真逆の子どもだった。でもユウは僕のことをいつも気にかけてくれた。家から出てこない僕が、本当はみんなと遊びたがっているのを知って、みんなと遊べるように取り計らってくれた。


「俺らと遊ぼうよ!君と仲良くなりたいんだ!」


って、歯を見せて笑った幼い彼は、よく日焼けして白い歯が眩しくて、お日様みたいにキラキラしていて。冬眠から目覚めたカエルみたいに、僕はただただその暖かさに目を細めた。嬉しくて、嬉しすぎて、まともに返事は出来なかったけど、ユウは次の日も、そのまた次の日も僕を誘った。


 僕はその時ユウに恋をした。僕が六歳くらいの時。その日から僕は村の子どもたちと遊ぶようになった。もちろんユウも一緒だ。かくれんぼに鬼ごっこ、子どもらしいたわいもない遊びばかりだったけど、彼がいればどんな遊びも特別だった。


 ある時ユウは元気で明るい女の子が好きだと言った。


「だってさ、ずっと一緒にいたいじゃん?好きな人とは」


そう言って笑うユウのことが好きでたまらなかった。僕は出過ぎた望みを持つようになった。ユウのことが好き。ユウにも僕のことを好きでいて欲しい。ユウがずっと一緒にいたいと願う人が、僕であればいいのに。


 ユウを独り占めしたい。


 僕は元気で明るい女の子になろうと決意した。彼は友達が多かったけど、一番の親友になりたかった。誰よりも近く、誰よりも親しく。僕にとってのユウに、特別に、なりたかった。


 だから努力した。こっそり森の中を走って体力をつけ、なるべくユウと遊ぶようにした。明るく、元気に振る舞った。鏡の前で笑顔の練習をして、布団の中でおしゃべりの練習をした。本物の元気で明るい子は練習なんて必要ない。そんなことはわかっていたけど、僕は必死だった。


 努力の甲斐あって、かつての引っ込み思案の面影はどこにもなくなった。髪はユウと同じくらい短く切って、外でばかり遊んでいたから日焼けして、これまたユウと同じような色になった。


「俺ら兄弟みたいだな」


ってユウが言ってくれるのが、すごく嬉しかった。ユウとずっと一緒にいたかった。小さい頃からずっとずっと側にいたから、これからもそうありたかった。


 こうして僕らは大きくなった。ユウには才能があった。剣、魔法、勉強、その他なんでも。ユウのことが好きな女の子はたくさんいたけど、彼がいつも一緒にいたのはこの僕だ。名実ともに、僕は彼の幼馴染みで親友だった。彼が親友と呼ぶ幼馴染みは数人いたけれど、女の子は僕だけだった。


 たぶんこの子どもの頃が、僕の一番幸せな時代だった。僕は誰よりもユウの特別に近い存在で、その地位が脅かされることはなかった。だから僕は思いあがったのかもしれない。僕はユウの特別なのだと、叶いもしない夢に溺れていた。


 でも次第にユウは、魔王との戦いに関心を持つようになった。隣国に住む魔王は何百年もの間、僕たちの国と戦争をしていた。


 ユウは僕や男友達とのくだらない遊びに費やしていた時間を、勉強や剣の鍛錬に充てるようになった。元気で明るい男の子は、思慮深く思いやりのある青年へと成長を遂げた。もちろん僕らと疎遠になったり、ましてや蔑ろにしたりすることはなかったけれど、ユウの瞳は僕らではなく、どこか遠くを見ていた。物憂げな姿も好きだったけれど、僕はユウが心配だった。ユウがどこか遠くに行ってしまう、僕だけの特別ではなくなってしまう。僕は不安に押し潰されそうだった。でもそれをユウに話すことはしなかった。元気で明るい子は、そんなことしないから。


 そしてある日の朝、村に美しい女騎士がやってきた。波打つ豊かな金髪、白銀の鎧、真っ白な肌。あまり美意識の高くない僕でも、ぼうっとなるくらい美しい。彼女はこの国のお姫様だと言う。たくさんのお供に囲まれたお姫様は、ユウにこう言った。


「勇者様、わたくしどもにお力添えいただけませんか?」


彼こそは予言されていた勇者なのだ、と。来訪こそ突然だったが、丁寧で礼儀正しい態度で、お姫様はユウにお願いをしたのだ。お姫様は村の人たちが驚くほど腰が低く、そして熱心だった。


 僕は本当のところ、彼に旅立って欲しくなかった。いつまでも僕だけの幼馴染みでいて欲しかった。けれどそんな身勝手なお願いをできるはずもなく、彼は旅立ってしまった。


 僕はもう一度努力すれば、彼と一緒にいられると信じた。だから王国の騎士になるために、死にものぐるいで努力した。笑顔やおしゃべりを練習したように、剣や魔法の練習をした。


 僕には才能がなかった。家柄も良くなかった。お金もなかった。剣の腕は上がらなかったし、勉強もちんぷんかんぷんだった。でも諦めるわけにはいかない。僕は周りの心配をよそに、試験を受けるべくお金を貯めた。


 王都に試験を受けに行くことができた。王都はその場にいるだけでクラクラするくらい美しくて、人の多い場所だった。ユウは故郷を離れてこんな場所に来て、心細くなかっただろうか。僕は決意を新たに試験に挑んだ。


 騎士になるための試験だ。試験会場には貴族の子弟ばかりで、僕のような村人は極一部だった。そもそも女が僕を含め二人しかいなかった。もう一人の女の子は、裕福な家の子らしい。背が高くて、大きな剣を腰にさしていた。


「頑張ろうね」


と声をかけられた。僕は無言で頷いた。僕には後がない。あまり裕福でないただの村人にとって、試験料も勉強のための本も、かなりの痛手だった。


 試験には落ちた。


 やけを起こして入った酒場で、あの美しいお姫様の噂を聞いた。お姫様は一発で試験に合格した正式な騎士らしい。僕はといえば騎士になんてなれないまま、年月だけが過ぎていった。


 そんな中で勇者が、ユウが帰ってきた。魔王との戦いは終わった。彼は故郷に帰ってきた。無事で良かった、嬉しい!失意のまま故郷に戻り、半分引きこもりになっていた僕だけど、ユウの帰郷の報せに、すっかり舞い上がっていた。


 僕はすぐにユウに会いに行った。ユウは前よりずっと立派になって、国を救った勇者に相応しい風格だった。背は僕より頭一個分ほど高く、子どもの頃ボサボサだった髪は綺麗に整えられて、ピカピカの靴を履いて、冗談ではなく後光が差しているように見えた。


「おかえり」


と声をかけると


「ただいま」


と優しく微笑んでくれた。ユウの故郷はここなんだ。そうだ。僕はユウの幼馴染だ。それがどんなに素晴らしいことかようやくわかった。


 色々な人がユウにお祝いを言いにきた。でもユウは僕に残るようにいった。暖炉を囲んで、二人でくだらない話をした。本当に楽しかった。ユウはずいぶんと変わったけれど、その心の中にはまだ僕と遊びまわっていた幼い少年が住んでいた。昔に戻ったようだった。


 夜も更けてきたころ、帰ろうとする僕に


「送るよ」


とユウはついてきた。何か言いたげだった。僕の家まであと数歩という時、絞り出すような声でユウは言った。


「……姫と結婚したいんだ。彼女は元気で明るくて、美しくて聡明で武術も得意で、何より魔王に立ち向かう勇気がある俺の理想の女性なんだ。ずっと一緒にいたいんだ。……だけど平民の俺と結婚するなんて、姫のためにならない。なあ俺はどうしたらいい?誰よりも君に相談したかったんだ。俺の一番の親友で幼馴染みだから」


なんとなく、そんな気がしていた。


 ユウは優しい人だ。そして仲間を愛する人だ。だから、遠い場所でくすぶっていた僕ではなく、一緒に戦ったお姫様を愛するのは、いたって自然なことだ。


 僕は彼の背中を押した。


「何を躊躇っているの?ユウは勇者様なんだよ」


と。お姫様に結婚を申し込むよう勧めた。だってそうするしかなかった。あんな真剣な表情見たことなかった。彼はお姫様に恋をしていた。


 お姫様は結婚を受け入れた。お姫様もまた彼に恋をしていたから。僕が先に好きだったのに、誰よりも先に好きだったのに、僕が本当は引っ込み思案の根暗で、美しくもなくて頭が悪くて武術がヘタクソで、何よりも彼にこの思いを彼に伝える勇気がなかったから。彼がお姫様を好きになるのも、彼が僕の思いに気がつかないのも、当たり前のことだった。


 今朝、結婚式の直前にユウは故郷の村にやってきた。光り輝くように美しい花嫁を連れて。お似合いの二人だった。僕は二人を祝福した。


「いつまでもお幸せに。お姫様を泣かせるんじゃないよ」


彼は幸せそうな笑顔で言った。


「ありがとう、君は俺の最高の友達だ」


ある意味で、僕はユウの特別になれたのだろう。僕が望んだものとは異なる形で。


 お姫様を恨んだり、ましてや憎む気持ちなんて僕にはない。ただ僕が、ユウの隣に並べるほど、強くも賢くもなかっただけ。僕がもう少し早く、真剣に勉強をしていたら、剣の練習をしていたら、ユウの隣にいたのは僕だったのだろうか?でも、そんなことを言ってもしょうがない。もう過ぎてしまったことだ。


 このお話を締めくくるとしたら、この言葉を送りたい。……こうして勇者とお姫様は結婚し、いつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。

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