第24話 スペシャル・ワン

 生み出した数十の魔法蝶に感嘆の声を上げ、アイリスは立ち上がって色鮮やかな蝶の群れと戯れ始める。

 対称にセシリーは自分の肩と腕に止まる蝶を険しく睨みつけている。


「リオンは、そんなに私の心を折りたいのですね。よーく分かりました」

「い、いやそんなつもりは欠片もないって……」


 これだけの数の蝶の召喚され、その隠蔽に全く気づかず、肩に止まられた事が相当プライドを傷付けたらしい。

 魔法獣運用の定番をデモンストレーションしただけだったのだが、護衛の役目もある公爵令嬢の専属メイドとしては看過できなかったらしい。


「で、でも、これで魔法獣の有用性は理解できたと思うけど」

「それは、確かに……ですが、納得しかねています」


 多分に拗ねの入った態度で顔を逸らすセシリー。


「じゃあ、模擬戦をしましょう。僕は召喚した魔法獣のみ、そちらは何でも有りで戦ってみましょう」

「いいでしょう、貴方自慢の魔法獣を一匹残らず蹴散らして差し上げます」


 目が据わっている。

 既に彼女の魔力は臨戦態勢で、髪と目は既に僅かな輝きを放ち始めている。


「まあ、二人が戦うのね、楽しみ! 外だと今日は寒いかしら、屋内修練場を用意させるわ!!」


 言うが早いか、アイリスはテーブルの呼び鈴を鳴らす。すぐさま外に控えていたリオさんが入室し、主の指示を受ける。


「畏まりました。修練場はいつでも使えるようにしてあります」

「流石はリオ、では早速移動しましょう。リオンの魔法獣とセシリーの模擬戦、とても興味深い戦いだわ」

「お楽しみの所申し訳ございませんが、お嬢様、セシリーが模擬戦を行うのは問題ありませんが、お相手がリオン様というのは容認致しかねます」

「え?」


 腰を折った姿勢のまま、リオさんは主人の命令にハッキリと背いて見せる。

 まさか拒絶されるとは思っていなかったアイリスは、蝶に囲まれて上がったテンションも忘れて呆然。セシリーも先輩メイドのまさかの態度に先程までの戦意も霧散して振り返って凝視している。


「リオン様~、まさか今朝方ロザリー様から、くれぐれも今週中は無理をなさらないようにと言い含められたのをお忘れですか?」


 顔を上げた彼女の額には青筋が浮き、確認しなくともお怒りなのがとてもよくわかる。口端をヒクつかせた、歪な笑顔が向く先は疑いようなく自分である事がたまらなく恐ろしい。


「い、いや、実際に戦うのは魔法獣であって、僕が激しく動くつもりはないので、大丈夫かなーって」


 気圧され言い訳をするも、彼女の笑みは一層深まり、滲み出る魔力まで何処か禍々しく感じられるから溜まらない。


「そのような言い訳が通じると、よもや思っておられませんよね? リオン様が昏倒されたのは、血を失っただけでなく、無茶な魔法の行使で魔力回路がダメージを受けた為。そんな状態で模擬戦? ふふ、うふふふふ」

「ご、ごめんなさい」


 ずっと看病を買って出てくれていたリオさんには、とても逆らえない。素直に頭を下げると、残りの二人もどちらに非があるのか理解したらしい。


「リオン、そんな話私は聞いてませんよ?」

「ダメだよ、リオンがまた倒れたら、私……」


 セシリーの批難がましい眼と、アイリスの今にも零れそうな程涙を溜めた眼に挟まれ完全降伏し、両手をあげる。


「分かりました、分かりました、僕が悪かったです。とにかく修練場に移動しましょう。大丈夫、僕はアイリスのお相手を務めますし、セシリーの相手は別に用意します。もちろん、身体に負荷がかからない方法で、です!」


 三人を宥め、移動を開始できたのは大分時間が経ってからだった。


*******************************


 修練場の戸を開け中に入ると、数人のメイドさん達が部屋の壁際にテーブルと椅子を準備し終えたところだった。

 テーブルには数枚のタオルに、飲料がなみなみと入った水差しとグラスが乗ったトレーが用意されていた。至れり尽せりといった感じだ。


「さて、じゃあ早速セシリーの相手を用意しますか」

「……本当に大丈夫なのですか? 無理だと思ったら実力で止めますからね!」


 監視の名目でここまで着いてきたリオさんが、まだ不満そうに宣告する。椅子に座ろうとするアイリスとそれを引くセシリーもコクコクと頷いている。信頼が無くて悲しいです。


「信じて下さい。なんと言ってもこの子は僕の特別製スシャル・ワンですから。……おいで、ハク!」


 僕の声と共に音もなく脇に控える白き巨狼。物静かに佇むその頭を撫でると、僅かに紅眼を細め気持ちよさそうだ。

 ただ、ハクを気に入っているアイリス以外は、複雑怪奇な魔法式に他の使い魔とは一線を画す存在感を持つ巨狼の登場により一層不信感を強めたようだ。


「この子が……?」

「負担が小さい……?」


 メイド二人から向けられる疑惑の目を、僕は余裕をもって受け止めズボンのポケットから小さめな魔晶石を二つ取り出してハクへと与える。


「詳しい説明は省きますが、この子に組み込んだ魔法式には外部からの魔力供給を受ければ、僕からの魔力が途切れても自立活動を可能とする物があります」


 ハクが魔晶石を飲み込んだのを確認すると、続けて思念で指示を送る。巨狼は軽く頷くと部屋の中央に移動し待機の構え、その目はただじっとセシリーに向いている。


「今の魔晶石で丸一日くらいなら僕からの魔力提供が無くても全力戦闘が可能になるので僕の負担はゼロです。

 ではセシリー、僕はアイリスの魔力制御を手伝うので、気が済むまで何度でも挑んで下さい。そうだな、一撃でも入れられたなら合格です。どうか全力で挑んでくださいね。リオさんには全体のサポートをお願いします」


 説明を終え、アイリスの隣の椅子に座るまで、メイドさん二人に信じられない物を見るように見つめられてしまう。


「……一応言っておきますが、ロザリー先生の生徒なら自身が最も信頼する特別製スペシャル・ワンに、自立起動式くらい当たり前に組み込んでいますからね!」


 こんな程度、あの研究室内なら当然の常識なのだ。僕がおかしいのでは無いと、はっきりと主張して置く、コレは大切な事なのです!!


「……やっぱりリオン様はあちら側なのですね……」

「……これを常識と言い張るのはリオン達くらいです」

「……大伯母様、スゴーイ……」

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空の公女と異能の魔法士 八嶋 力 @rikky-mach

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