第23話 魔力発現時症候群

 アイリスが魔力を得てから早十日、冬季休暇を終えたセシリー達も戻って来て、久方ぶりにお屋敷が活気立っている。

 休暇中、安静命令でリオさん監視の下部屋に軟禁されていた僕に代わり、アイリスをみてくれていた恩師も去り、ようやく平常運転に戻った感じがする。

 そんな中で、なんとなく二階のサロンから覗いた中庭は雪化粧が風情を醸し、ゆっくりと降る雪はいつまでも眺めていられる様にも感じられる。


「リ、リオン! ま、また、魔力の制御がーー!?」


 そんな冬の風情を吹き飛ばす半泣きの声が響き、僕は溜息混じりに対処を開始する。


「はいはい、少し落ち着いて、冷静にだよ、アイリス」


 手を一振りしながらテーブルに着く涙目のアイリスを振り返る。

 テーブルに座り水を掬う様に両手を揃え、そこに載せた水晶球に集めた暴発寸前の魔力を外側から包んで抑え込む。

 朝からもう何度この作業を繰り返したか分からない。

 あの日発現した、アイリスの魔力の水準は、流石は三公爵の一つセレスタインの名に相応しい物だった。

 それ自体は歓迎するべき事なのだが、一つ問題が発生したのだ。


「ううぅ~、ご、ごめんなさいリオン、わ、私、また~……ひっく……」

「ああ、泣かないで、ほら、少しずつ制御できる様になっているから」


 まるで小さな子供の様に顔を崩し、涙腺を決壊させるお嬢様を宥め、頭を撫でる。

 周囲に目を向ければ、休暇明けのセシリーが苦笑混じりに目を逸らしている。彼女をして、今のアイリスの情緒不安定さにお手上げ状態なのだ。

 彼女のこの症状は世間に広く知られている物で、『魔力発現時症候群』なんて呼ばれる、魔力を体内精製できる様になりたての幼児期の子供に現れる、成長に伴う症状。垂れ流し状態の魔力の暴発、激しくなる感情の起伏、魔力回路の発達不足による魔力循環不順等の症状がある物だ。

 大多数の子供は成長と共に魔力制御が身に着き、自然に治まっていく。だが、基礎魔力の高い子供の魔力暴発は、ケガや周囲へ危害を加えかねない為に矯正指導を行うのだが、今アイリスに施しているのはこれにあたる。

 ただ、魔力の質も量も幼い子供と比べようもないアイリスが、魔力の制御ができない状態で、感情のタガが外れているのだ。致死級の威力を秘めた魔法がいつ暴発するかも分からないとなれば、対処できる人間も限られる。


「申し訳ありませんリオン、お嬢様のお相手をお任せしてしまって。近侍として情けない限りです」


 今朝方、アイリスに仕事復帰の挨拶に行った際、調子に乗った彼女の魔力暴発に巻き込まれたセシリーが申し訳なさそうに頭を下げる。

 その際に破損した部屋の修繕が、僕の復帰後最初に使った魔法となった。


「はは、まあ僕もかなりギリギリだけどね」

「ああ、例の……本当に貴方の魔力の大半が、今もお嬢様に供給されているのですか?」

「うん、順調にね」


 あの施術の際に何があったのかは、既に説明している。

 五日間の昏睡中は勿論、目覚めてから現在まで空晶石は一度も身に着けていない。それは今もアイリスの中で眠るあの子に僕の魔力が送られている確かな証拠だ。

 体内から食い破らんとする魔力に悩まされる事がないのは素晴らしい解放感なのだが、ぎりぎりアイリスを上回る程度にまで減ってしまい、彼女の暴走を抑えるのが一苦労なのは思わぬ誤算だった。


「減ったと言いつつ私以上の魔力ですか……本当に理不尽な人……」


 呆れたとばかりに溜息を一つ。


「うん、とにかくアイリスは少し休憩していて下さい。その間にセシリーに出していた課題の件について話そう、アイリスも耳は傾けておいて下さいね」

「はい」

「分かりました」


 二人の返事を聞き、少し前にリオさんが用意してくれた紅茶にアイリスが手を付けるのを横目に、居住まいを正したセシリーへと向き直る。


「どうしますか? 成果を実演しましょうか?」


 自信があるのか、こちらが発言する前に口を開いた彼女の態度に苦笑。

 屋内で中級以上の威力がある魔法を使わせる筈がないだろうに。


「いえ、屋内ですからそれは追々確認していきましょう。それに今回の課題は入試に間に合わずともいいので習得して貰いたい魔法です」

「あの、それにはどういう意図が?」

「意図という程の事はないです。最終的にどうするかは貴女次第なので、ただ、クレイセリア研究室で学ぶ者として、素質がある人にはその素地は伸ばしてもらいたいと思ったまでです」


 この仕事を請け負ってからずっと思っていた。複数の属性の魔法を扱える上、幻影などの搦め手を得手とする彼女は、ロザリー・クレイセリア教授ひいては義父ガンダル・エルセインの魔法士スタイルと合うだろうと。

 そのことを説明し終えセシリーの様子を伺うと、驚愕しながらも目に興味の色を隠せていなかった。


「まず、基本の話ですが、複数の魔法式を連結する複合魔法は、その魔法式が非常に複雑な物となるので全て中級以上の難易度になります」

「それはわかります。『蜃気楼』も単純な初級魔法を連結するだけなのに、習得にとても苦労しました」

「ええ、でもこの王国では研究職や騎士、高位技術者や宮廷魔法士といった上位魔法士にはこの複合魔法のスキルが求められます。なので、各地の高等学校では単一の高位魔法に加え複合魔法のカリキュラムも存在します」

「じゃあ、セシリーは高等学校で教わる事を先取りしているのですね」


 アイリスの言葉に頷いて、僕も紅茶を一口、喉を潤す。


「複合魔法を得意として代々この国を支えて来たのが三公爵家ですからね。アイリス・公爵令嬢?」

「あう……リオンの意地悪…………」


主従を越えた親友を誇らしげに見ていたお嬢様に、言外に『貴女もソコを目指すのですよ?』と伝えると、途端に縮こまって頬を膨らませる。


「リオン、続きを!」

「あ、はい……、えっと、そんな複合魔法の分野の中で、その難度の高さからあまり普及せず、授業でも専攻でもしない限り概要を学ぶ程度なのがコレです」


 そう言って、右手の平を上にして差し出し、火、風、水、土、雷の五属性の蝶を生みだす。


「魔法獣、ゴーレム、使い魔、呼び名は形態によって様々な疑似生命創造魔法。これを極め運用方を追求するのがのスタイルです。まあ、この単一属性の単純な構築の蝶でも、ゆうに五つは魔法式を組み合わせていますが」


 生徒二人の視線は羽を動かし宙を舞う、五色の蝶に釘付けだ。


「僕がハクにする様にちょっとしたお使い、戦場では索敵、戦闘では囮や牽制。確かに難易度は高いですが、とても奥の深い魔法です」


 そう言って話を締めると、土の蝶を残して二匹ずつをアイリスとセシリーの手に止まらせる。

 向かってくる蝶に対し二人は無意識なのか止まりやすい様に腕を差し出して、歓声を上げている。


「この子達がとても高度な魔法で生まれたのは解りました。でもリオン、正直ここまで難易度の高い魔法を習得せずとも、既存の幻術魔法などで十分な気がしますが?」

「ああ、その疑問はもう一つの課題にしていた……」


 セシリーの疑問へ答える言葉を切って、パチンと指を鳴らす。

 すると次の瞬間、部屋中に三十匹近い蝶が現れ、色とりどりの燐光を残しながら舞っている。更に数匹はセシリーの肩に止まり羽を休めていた。


「魔力、気配、音それら全てを隠蔽し姿を透明にする、上級付与魔法『清澄透凪せいちょうとうなぎ』との併用など戦闘の幅が大きく広がるからです」

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