東所沢〜南浦和

「そういえばこの駅って、夜に屋台のラーメン屋さんが出るんですって。Oさんが言っていました」


「Nさんは食べたことないの? 」


「帰れなくなる危険を冒してまで、ラーメン食べませんよ。電車乗る人優先で出してくれるみたいですけどね、限られた時間で食べきる自信ないです」


 終電近くなると、東所沢止まりが多くなり、武蔵野線に合わせて中央線に乗る時間を考えなければならなくなる(仕事を早く終わらせろ! というご指摘は甘んじて受けます)。新座駅利用のOさんも、当然東所沢止まりの影響を受ける人なのだが、近所の人から屋台のラーメンのことを聞いたらしく、あえて東所沢で降りて食べてから帰ることもあるらしい。ラーメンに誘われたこともあるが、一駅だけのOさんと違って(それでも武蔵野線が無くなったら、歩ける距離じゃないからタクシーだ)、あと六駅もある私にはタクシー代を出すだけの価値があるとは思えず、一度もご相伴に預かったことはない。 


「一回食べてみたいなあ。きっとおいしいんだろうね」


「まずいとは聞いたこと無いですけどね。わざわざそのために東所沢まで来ますか? 」


「住宅地にポツンとある屋台。いいじゃない、そういうの好きなんだよ」


 そんな話をしていると、電車は東所沢を出発する。だんだんコンクリートの壁から外を見下ろす景色となった。住宅地と畑が多くなり、関越道を越える頃になると、遠くが見渡せるようになる。


「ああ、この景色だよ」


「? 」


「あそこに雑木林が見えるでしょう? ああいうのは、関西ではなかなか見ないんだよ。あれを見ると、北関東に来た、って思うんだ」


 そういって部長は目を細めた。


「北関東の景色、ですか? 」


「そう。神奈川とかだと見ないんだよね。やっぱり北関東。この辺りだと里山みたいになっているのかな。四〇~五〇年前はこんなに家もなくて、畑の中に家があって、雑木林があってって感じだったのかな。これぞ武蔵野の原風景ってなるんだろうね」


 私がいつも見ている風景は、部長にはそう見えていたのか。

 眼下に広がる景色は、川の向こうに畑が見え、雑木林が点在している。

 七月の日差しで、緑が濃い。昼間に電車に乗らないから、景色が眩しい。この辺りが北関東か? というツッコミは横に置いておこう(これも埼玉県民のこだわりか? )。


「ここら辺だと平林寺ってあるでしょう? あそこの雑木林は国の天然記念物らしいよ。紅葉が有名みたいだから、秋には行こうと思っているんだ」


「平林寺なんて名前しか知らないですよ。また地図見て調べないといけないじゃないですか! 」


 そんな話をしていると、新座駅で「鉄腕アトム」の発車メロディーが流れた。駅を出るとすぐに、ぶどう畑が見えてくる。この辺りにはなぜか観光ぶどう園が多い。


「工場も多いし住宅地だけど、元々は農地が多かったんだろうね。やっぱり台地だからかな。あそこでぶどう狩りできないの?」


「出来ますよ。親戚が観光ぶどう園経営していて、毎年家族で行っています。興味があるなら、紹介しますよ」


 いちご狩りみたいに食べ放題!というわけにはいかなかったけど、大粒の巨峰をたくさん食べた記憶がある。最近は巨峰だけではなく、多品種を育てているらしい。

 ここから北朝霞までは、大きな工場や倉庫あり、住宅地あり、畑あり、と所沢の辺りにくらべると、だいぶ都会の雰囲気だ。

 北朝霞を出てしばらくすると、浄水場が見えてくる。


「もう荒川かな? だいぶ平地になってきたね」


 東所沢を過ぎた辺りから高架になってきている。荒川の手前の新河岸川に近づくにつれ、住宅は少なくなり工場や田畑が増えてきた。


「そういえば多摩川だけじゃなくて、荒川にもアザラシが来たことあるらしいね」


「うちの親から聞いたことがあります。アザラシは見たことなくても、アザラシ待ちの人がたくさんいたんですって」


 荒川を渡りきる頃に公園の特徴的なカマキリのモニュメントが見えてきた。


「さて、乗り換えはどうしようか? 埼京線に乗るか、京浜東北線に乗るか、高崎線に乗り換えるにはどっちが便利かな? 」


「どちらも面倒ですけど、京浜東北線の方がまだマシのような気がします」


「では南浦和で乗り換えて、京浜東北線に乗るとしようか。ところで、どうして武蔵野線って言うか知っているかい? 」


「また難しいこと聞きますね」


「埼京線は埼玉と東京から、京浜東北線は東北本線のうち神奈川方面にいくからだけど、武蔵野線は実は調べても分からなかったんだよね。計画の段階では千葉と埼玉で玉葉線って路線名だったらしいよ」


「えーっ、玉葉線よりは武蔵野線の方が、情緒がある感じですね。なんで武蔵野線になったんでしょうね? 」


「それ、僕の代わりに調べてよ。今度聞くからね、ちゃんと調べてね」


 これから打ち合わせなのに、仕事が増えてしまった。

 たまには図書館にでも行って、ちゃんと調べてみるかな。

 そんなことを思いながら、乗り換えのために電車を降りた。


〈了〉


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昼下がりの武蔵野線 まるのりとも @marunoritomo

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