昼下がりの武蔵野線

まるのりとも

西国分寺~東所沢

 埼玉県上尾市にある客先で一五時から打ち合わせのため、昼食後Y部長と八王子の会社を出た。上尾までは中央線で西国分寺まで行き、武蔵野線に乗り換えてから、さらに武蔵浦和か南浦和でまた乗り換えだ(どちらで乗り換えるかは、部長の気分次第。更に言うと、もう一回乗り換えがある。遠い! その分直帰だけど! )。


「Nさんは毎日武蔵野線に乗ってるんだよね? 」


「そうですよ。ちょうど今から家に帰る感じですね」


 我が家は武蔵野線の東浦和なので、まさに通勤路線だ(余談だが浦和がつく駅は八つもあるらしい。昔お笑い番組のネタにもなったそう)。


「八王子って遠いイメージですけど、武蔵野線のおかげでそこそこ近いんですよね。天気が悪いとすぐ停まりますけど」


 環状に走るこの電車武蔵野線のおかげで、通勤は約一時間。新宿経由で通うよりもよほど速い(調べたら三十分ほど違う)。弱点といえば強風やら霧やらですぐに遅延することだ。

 三十年程前には、台風で駅が水没して二ヶ月ほど不通になり、八王子の大学に通っていた叔父は通うのに苦労したそうだ。


「武蔵野線ってさ、面白いよね」


 西国分寺で電車に乗り込むと、部長がそんなことを言った。


「西国分寺は高架なのに、隣の新小平はトンネルの中でしょう? 始発の府中本町も駅を出るとすぐにトンネルだしね。ちょうど台地の端に当たるのかな。高低差があるね 」


 一年前にヘッドハンティングで我が社にやってきたY部長は、大阪に家族を残して、現在単身赴任中。休日の楽しみは首都圏の観光地巡りらしく、電車に乗ってよく出かけているらしい。生まれてからずっと埼玉県民の私より、埼玉のことによほど詳しく、もっと若者らしく出かけなさいよ、と父親のように注意されている。


「ああ、そういえばそうですね。新小平から新秋津ってトンネルばかりですね。駅の間が長くて暗くて早く着け〜としか思ったことなかったです」


「環状だし、乗ってみると意外と面白いんだよ。見える風景もかなり変わるし、千葉まで一本で行けるから、幕張の展示会も時間はかかるけど座って行けるしね。Nさんは府中の方には行かないの? 」


「行かないですよ。そもそも府中本町で馬券も買わないし、北府中のT社さんに行く用事も無いですしね」


 そもそも東京西部には、会社に行く以外に用事が無い。仕事帰りならいざ知らず、休みの日に買い物に行くなら、八王子や立川ではなく、銀座、池袋、新宿(近場で済ますなら浦和、大宮もアリ)に行くからだ。

 そんなことを話していたら、新小平に到着した。両側を壁に囲まれているし、降りる人も少ない、何があるのかも分からない駅だ。


「新小平って、何があるのか知らないんですよね。トンネルの中だし、ここから新秋津が長いんですよ」


「そうだよね。実は気になって新小平で降りて歩いたことがあるんだ。駅の周りは畑なんかも多かったけど、しばらくすると住宅地になってね、そうしたら大学とかあってさ、さらに行くと玉川上水にぶつかるの。川っぺりは緑も多くて、なんか武蔵野のイメージといったらこんな感じだな、って思ったよ」


 西武線との乗り換えがある新秋津ならともかく、新小平で降りようと思うとは! 降りる人が少ないので、何があるんだろう?とは思っていたが結構学校があるらしい。学生さんをそんなに見たことが無かったのは、時間帯が違うからなのだろうか? 少し離れるけど、B社さんの研究所もあるよ、と教えてもらった。


「まだトンネルですけど、ここは台地ってことですかね」


「そうだろうね。ここら辺一帯を武蔵野台地って言うらしいよ」


「武蔵野のイメージで言うと、所沢や川越方面ですけど、都内も武蔵野なんですか?」


「武蔵野台地ってね、所沢や川越もそうだけど、立川の辺りから山手線の内側までの一帯を表しているようだよ。ほら、武蔵野市とかあるでしょう? 」


 なんと! 思っても見なかった事実だ。私が思っていた武蔵野は、少し田舎の野暮ったいイメージなのだが、中央線の辺りや山手線の内側までとなると、途端に洗練され……てはこない。緑豊かなイメージがあるからだろうか。


「ほら、ここもまだ畑が残っている」


 新秋津を過ぎると住宅地の間から畑や雑木林が見えてきた。


「やっぱりイメージ的にはこっちですね、武蔵野って」


 少なくとも中央線沿線の住宅が多いイメージとは違う。何となく見慣れた風景を見ながら、電車は東所沢に到着した。


(続く)





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る