ROUTE6 みゆり、空飛んじゃった!

「わたし、帰って親に話します。ありがとうございました」


 軽くおじぎをして、お兄さんに背を向けた。


 この前見たドラマでは、男の人が犬を捜してるふりをして、一緒に捜そうとした女の人を誘拐ゆうかいした。お兄さんがそんなことするとは思えないけど、やっぱり簡単に信じちゃダメ。


 先生が言ってた。ケンタはもう一週間もひとりぼっちなのに、動物愛護センターへの問い合わせが全然来ないって。ケンタは人間が大好きだから、自分がいなくなってもほっとくようなひどい人間がいるなんて思いもしないんだろうな。


 そのまま行こうとしたら、また声をかけられた。


「ネットを見れば犬の捜し方がだいたいわかるから。ちゃんと、家の人にそう言うんだぞ」


 すぐに見つからなくても、あきらめるな。そう言われたような気がした。


 振り返ってお兄さんの方を見ると、その向こうに、なんだかちっちゃな茶色のかたまりが……


「いっ、いたっ!」


 わたしが指さした方を、お兄さんも急いで振り返る。


 でも、すぐに角を曲がって見えなくなってしまった。わたしも急いで角を曲がったけど、もういない。


「こっちへ曲がったんだな」


 わたしが、うん、と答えると、お兄さんは「真似するなよ」と言いながら――


 しゅばっ! っと、一瞬で近くの木の上に登っちゃった!!


「え、え、すごい!」「あれか」


 お兄さんは、またしゅばっと地面に降りて、木の上から見てた方へ駆け出した。カッコいい!


 でもまたいなくなっちゃったらしい。


「今の、わたしもやりたい! わたしも高いとこから見る!」


「いや、危ないから……」


「あー、あっちへ行っちゃった気がするー! 早く高いとこから見つけないとー!」


 わたしが叫ぶと、お兄さんは困った顔で「静かに頼む」とささやいた。


「誰かに誘拐だと疑われたら、ちゃんと違うって説明してくれよ」


「ひゃっ!?」


 自分の体がぐいっと動いて、気がつくと、どっかのアパートの三階の通路にすとんと足をつけていた。


「ここから見えるか?」


「えーっ、今のどうやったの?」


「秘密」


 また、道路のすみに茶色のふわふわ発見! 思わずアパートの手すりから身を乗り出しそうになって、お兄さんに押さえ込まれた。お兄さんは、あたりをよーく見渡して、「今なら誰もいないな」とつぶやいて――


 あっという間に、体が手すりの外へ出た!!


 三階から、二人そろって落ちる。でも、なんでだろう。全然怖くない。


 また体が浮き上がって、お兄さんに抱えられたわたしはぴょーんと大きく屋根を越えた。


 しゅたっと道路に降りたったお兄さんは、そのままわたしもそっと下ろしてくれた。目の前に、ちっちゃい茶色の毛玉。よく見ると、残念ながらケンタじゃなかった。


 すぐにその子の飼い主が追いかけてきたのを確認して、わたしたちはその場を離れた。


 わたしにとって、もうお兄さんは怖い人じゃなかった。あっという間だったけど、空を飛んじゃった経験に、まだ胸がドキドキしてる。


 わたしはお兄さんに、ケンタ捜しを手伝ってもらうことにした。お兄さんが、ちゃんとわたしのお母さんに許可をとりたいと言うので、家に電話してから一緒にわたしんちへ行くことになった。


 折賀おりが美仁よしひと、それがお兄さんの名前。



●・○・●・○・●・○・●・○・●・○


つぎは

⇒ROUTE8 「ケンタ」をさがしに行きます

https://kakuyomu.jp/works/1177354054897049162/episodes/1177354054897223800

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