初めての400cc

 高校を卒業した僕は、念願の400ccを購入した。


 小さな頃から貯めていたお年玉貯金をもれなく全部ぶっ込んで買ったのは真っ黒なカワサキゼファーχ。


 53馬力の4気筒エンジンの強烈な加速は、僕の中に眠る嫌な感情を全部ぶっ飛ばすかのごとく、僕をロマンチックな世界に連れて行ってくれた。


 時速120kmの世界には、暴力も、学問もなく、只々すっ飛んでいくように移り変わる景色が、心に熱さをひたすら運んでくれた。


 そして僕は一層バイクに夢中になり、バイト代を限界まで突っ込んで改造し、峠道を速く走れるように練習して、排気音で様々なリズムやメロディを奏でられるよう練習した。


 僕はきっと、道路のヒーローになりたかったのだ。


 今の感性で言ってしまえばそれはとても独りよがりで、勘違いも甚だしい只の迷惑な存在だけど、


 当時の僕には紛れもなくそれは、……本物だった。


 そして僕は大学もサボりがちに、バイクに、友達に、恋に全神経を注いで残り少ない10代を走り抜けた。


 そして僕は成人を迎え、人生で一番ロマンチックで自己中心的な恋をした。


 とっても素敵なあの娘に憧れて、たくさん話して、たくさん訊いて、たくさん押し付けた。


 あの娘はいつも笑って僕を「もう、……しゃーないなぁ」と許してくれた。


 僕はいつも有頂天であの娘の家にゼファーχを走らせた。


 早く会いたい一心で、車と車の間を縫うように、ただ前を見て走り続けた。


 結局その娘と結ばれることは無かったけれど、僕は今でも彼女には、


 ありがとうしか浮かばない。


 そんな熱くるしくも優しくて、酷く力強いくせに壊れそうな時間、そんな時を過ごしたバイクだ。


 

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乗り物がくれた時間 ゆきだるま @yukidarumahaiboru

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