青きリリュームの肖像

「おい新聞を見ろよ」

 男は朝餉の支度をする妻に呼びかけた。怪訝そうに指を差すその記事を、私も覗き込んだ。街の郊外に住む画家の男が刺殺されたというものだった。死後3日経っており、何箇所にも及ぶ刺し傷から怨恨の線で捜査されている。「あの日だ」

 男は呟いた。「ほら雷がすごかった。なあ……お前よ」不安げに妻の方を振り向くと、彼女は不機嫌そうだった。

「何が言いたいんだい」

「3日前の、あの雷の、雨の日だっただろ。あの子を拾ったのは……」

「ただの偶然よ」

「絵の具のついたエプロンをしていた、郊外のアトリエで弟子をしているって、あれは血だったんだ!」

「違うわ!」

 妻が金切り声を上げる。「私の子よ!」私の、と男に掴みかかった。ああ、部屋の隅の小さな祭壇の花が、春風に揺れている。夫婦の喚き声を聞くための耳すら持たない、無垢な子なのだ。

 ああ部屋を覗き込む子供は、黒い襟に白いシャツの、制服を着て、くすくすと笑っていた。私を笑っていやがったのだ。

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青きリリュームの肖像 @Naosn826

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