青きリリュームの肖像

@Naosn826

青きリリュームの肖像

 冬野に幽霊が立っていたのだ。青い、青白いユリが風に吹かれて揺れるように。ふらふらと。私はしがない絵描きで、それを窓の外で見つけるたびに筆が止まった。寒気がするのだ。本当の幽霊なわけがあない。あの薄気味悪い小柄な影は、どこぞに囲われている幼な娼婦で、片足を引きずって冬野を横切っているのだ。どこへゆくのかどこへ帰るのかも知らない。


 その日、私は冬野へ用があった。麻縄を持ち、靴を捨てて。私は寂しく立ち尽くす一本の枯れ木を目指す。頭がすっぽり入る輪を結んだ麻縄を、木にかけようとしたその時だ。

 背後に幽霊が立っていた。シャツは白い、しかし襟は黒い、妙な服を着た子供だ。女か男かわからない。そいつはくすくす気味悪く笑っていやがった。人差し指と親指で輪を作って、そこから舌を出したのだ。

 私はそいつの首を引っ掴んで押し倒した。枯れかけた芝の匂いが立ち上る。そいつの首に麻縄の輪っかを引っかけて、足を開かせた。細い足だ。子供の足。わけも分からずそこへ突っ込んだ。あれは子供が叫んだのか、それとも木が二つ割れた音か。どうでもよいことであった。

 なんせこれはひどく善い声で鳴くもので、やはり少女であったのかもしれない。犬か、馬にするように首にかけた輪を引っ張りながらおかしてやった。

 幽霊だからか、処女ではないからか、血は出なかった。ただ妖しくぬめり、うごめくはらわたの良さよ。幽霊とは思えぬほどの熱を持ってしゃぶるように締め付ける、ああ。ああ。私は夢中で腰を振った。子供は何かを喚いていた気がする。しかし構うことは出来なかった。私はもう種子を出すことしか考えられない。冬野で私は吠えた。幽霊を抱きながら。

 私はその声で目が覚めた。枯れかけた芝生の匂いがする。私の首には縄が絡まり、その先には折れた枝が括り付けられていた。

 ああ、首を吊ろうと、枝に括り、そして輪に首をかけた時、重みで枝が折れて落下したのだ──。幽霊を姦したのは、臨死の夢だったのか。

 しかしあんなに艶かしい夢は──。いいやよそう。私は家へ帰った。ああ、そうだ。あんな絵を描いていたからだ。冬野に咲くユリの花なんぞを……。


 ある日、それは走っていた。冬野を走っていた。春の訪れを妨げようと光る、春雷のように。何を急いでいたのでもない。慌てていたのでも、ない。いつもはユリや幽霊と見間違えるのだが、その日はよく見えた。

 女とも男ともつかない子供の顔。その頬、唇は赤く、美しく、その子供は笑っていた──。

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