第10話 哲学的推力に至る物語
この部屋の来客者は誰も彼も玄関の開け方を知らぬらしい。
私とて破壊という手段は避けたというのに。
論理変換による玄関修復は、この世界の人類にすれば、なんの資源も消費することのない永久機関じみた能力かもしれない。
しかし、実際のところは流体金属インターフェイスから発生する余剰熱量の流用によって成り立っている。リソースはすべて有限なのである。
それを知ってか知らずか、いい気なものである。
「話があれば聞くが、次から必ず玄関を壊さないと約束してくれないか」
「こいつは失礼。約束しよう。ヴィエリはいるか?杉田が来たと伝えてくれや」
「用があるなら自分で伝えてくれ。奥にい」
この杉田と自称する男は、私が話し終えることさえ待たず、蹴り飛ばした。
「約束はしただろ?何が気に入らない。呼べと言ったら呼べ」
1000万年前に絶滅したとされる生命体が持つ膂力で存分に吹き飛ばされでもすればこの星の人類であれば十分に絶命する。
そういった類のことに全く抵抗のないこの男、杉田と言ったか。
部屋を壊したり、高圧的な態度を取ることそのものは原始生命体の本能に根ざした行動であることは理解できる。故にそれに何かを思うことはない。
ただし、一度修復したものを再度破壊されるのは、極めて生産性の低い無駄と呼ぶにふさわしい、私が最も忌み嫌う行為である。
このような行為を、全宇宙でも高度に発達した生命体である私が許容するわけにはいかない。
「杉田、貴様は今すぐ消えろ。殺しはしない。即刻ここから立ち去るがいい。殺すのは最悪任務に差し障る可能性があるのでな。ただちに立ち去れ」
「ほほう、げに面白き、ではなかろうか。」
先程までとは表情、口調ともに全く異なる小さな少女。私と杉田が相対する様子の観測を望むのであろうか。あまりひけらかすことは好ましいとは言えないが、このまま去る事は現実的ではないし、穏便に済ませる状況でもない。多少は仕方あるまい。
「殺しはしない?冗談だろ?これは俺の一方的なハンティングだ。お前は無力な兎のように逃げ回るしか無いんだよ。ただ、多少殴り甲斐のある兎なのは楽しみだ…」
そう嘯くと、地面に手を着くか着かないか程度の姿勢から、急激な速度で飛びかかってきた。
「ぜ!!!!」
物理学的限界スレスレとでも言うべき速度で我が顎をねらう拳は空を切ったが、今は目の前に杉田の足裏が迫っている。
ひとまず、母星の演算基地に対して現在観測した事象を送付し、調査を依頼。
0.0001ミクロン秒で帰ってきた解析結果。それは『仮想連理』だった。
この男も、か。
金森由花と同等の能力を持っていると考えるのが妥当か。
で、あれば、だ。
当該流体金属インターフェイスの全戦力を以て応じる必要があるようだ。
まずは脚部サイロから、次元境界垂直水平変換ブースターを開放する。
物理戦闘における推力獲得は死活問題だ。
次元の境界から垂直方向に抽出したエネルギーを水平方向に展開することで、一時的に限りなく無限に近いエネルギーを獲得する事ができる。
次に肩部フィンの開放である。
エネルギー創出時に発生する熱を空冷、論理、仮想連理によって多重冷却を行う。
よって、肩部フィンにダメージを受けた場合、放熱が正しく行えず細胞スクラムが発生してしまうリスクを負っている。しかし、現状ではそのリスクを補ってあまりあるほどの放熱効率を誇る。
最後は腕部サイロのセット。
打撃着弾時、論理爆発を伴うバンカーバスターをサイロより発射する。
この爆発を受けて無事に済む存在があるとすれば、それは○ッターエンペラーくらいであろう。
この『理論武装モード』においては、流体金属インターフェイス周囲に強力な力場が発生するため、部屋の中に比喩ではない嵐が発生している。
小綺麗に片付けていた教経とヴィエリに少々気の毒な思いを一瞬感じるが、それどころではないし、一気にかたをつける。
「うおおおおおお!!!なんだこれ!なにやってんだおおい!!!」
力場に発生した嵐によってヴィエリが天井に張り付いている。
「おおい、ヴィエリそこにいたか!!!会長がお前をカシラするって言ってっからついてこい!」
「はぁぁぁ!!!だから杉田さん!!!俺言ったじゃないっすか!!!組抜けるって!だからケジメもつけたのに!!!」
「うるせぇ!!!吉田会長の命令は絶対だってオヤジから聞いてただろうが!!!」
「小指でケジメ取らせておいてそりゃねぇだろ!これ以上は知らねぇ!!!」
ヴィエリは本来あるはずの小指を見せつけるかのようにして、自らの正当性を主張する。
「そういうことならもうしらねぇ!!そういう事ならこのまま俺は故郷に帰るぜ!!」
「待てヴィエリ、今それを使うのはまずい」
「うるせぇ!!!!俺の答えはこれだ!!!」
ヴィエリの発動させた魔法…いや、論理跳躍魔術によって、その空間ごとヴィエリが元いた世界に転移させられた…
はずであった。
「えっ…ここどこ」
「言っただろ…私の理論武装モードは次元境界への干渉によってエネルギーを抽出しているので、論理跳躍に甚大な影響を及ぼすんだ。故に、行きたいところとは全く異なる世界線への転移を果たしたところだ。」
そこには地平線まで続く美しい草原が続いていた。
ただし、それとは対象的に、空は黒ずんだ薄汚れた空が広がっていて、この世界が終わりへと向かっていることを感じさせるかのようだった。
「まって、ぼくも?最近空気だったのが悪かった?」
「儂らも巻き添えを食った形じゃな。フフフ。」
「笑ってる場合かよお屋形」
「おじさん、ここどこ…わたし怖い…」
「ヴィエリ…なんてことしやがる…」
「杉田のオジキ!あんたも責任の一端はあるんだからな!」
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遭遇篇、終了
遊星からのシ者 杉田まが @pakchi
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