第9話 反社会的アルゴリズム量子学

故郷に帰る目処の立ったヴィエリは実に上機嫌であったが、本日は打って変わって見るからに落胆している様子であった。


仕事が上手く行かなかったのかと聞いても、そちらは順調との回答があった。

そも、なぜ今すぐにでも帰れるのに帰らないのだ。


ヴィエリは「もっと学んでから帰りたい」と言った。

そう言って仕事をしつつ、図書館で学習しているようだった。


そういえば、奴は昨日までさんざんフランス革命についての学びと、その独立精神の尊さについて語っていたがそれと関係あるのだろうか。


教経はなにか知っていそうだったが、先程まで行っていた金森由花と我々の3Pで疲れ果て、横たわっている。

金森由花との性交まで行うことになるとは夢にも思わなかったが、これはこれで貴重なエビデンスといえよう。

これほどの強靭な肉体の局部が、一般的な少女と何ら変わらないというのはある意味で異様だ。

そればかりか、通常の人類と同等の行為で同等の快楽と充足感を得られるというロジックの分析は非常に価値のあるものとなった。


当初は私の提供する動作に警戒をしていたものの、快楽を感じてからは寧ろ積極的に求めてくるようになった。


『ぴんぽん』


玄関のインターフォンが鳴った。来客のようなので、念の為この家の住人共に声がけをするが、どうにも反応が鈍いので諦め客を通すこととした。


「誰だ」


「こんにちは。内務省から来ました。山本教経さん、ちょっとお話よろしいでしょうか。」


おおよそ140センチ程度の身長の少女と、180センチほどの押し黙った男の二人組がシワひとつ無い衣服を着込んで玄関先に訪れていた。


「こちらの住人は現在睡眠中だ。おそらく2時間後には起床していよう。」


「2、3質問するだけなので入れてもらっても?」


「断る。私に可能な回答であればここで回答してやる。進入は諦めるのだな」


瞬間、玄関は大質量の衝撃により物理的な破損に至った。


「はいりますね~。」


小さな少女の掌に、玄関についていたサビが付着している。

教経の周囲はなぜこうも忙しいのだろう。さすがにこれ以上の観測対象は範疇外だ。

できれば排除したい。


「山本教経さんとちょっとお話したいだけなんです。穏便にはいきませんか?」


玄関を豪快に吹き飛ばした少女の場違いな言葉選びは、警告であることを雄弁に語っていた。

こちらは拉げた玄関を復元することで、対抗手段があることを示した。


「ひゅー。」


180センチほどの男は私の論理変換処理を見て口笛を吹いてみせた。

この惑星の住人はみなこうも乱暴な者たちなのだろうか。

母星に蓄積された各流体金属インターフェイスの収集した情報によると、これほどの膂力を持つ生命は1000万年前に絶滅しているはずだ。


「進入されてしまっては仕方があるまい。だが、見ての通りただでやられるつもりはない。目的を言え。」


「あなたと同じ、観測ですよ。」


「観測…だと?」


「我々もずっとその青年を見守ってきました。彼自身に特殊な能力はありませんが…なにか、異質なものを引き寄せる特徴を持っています。」


「異質なものか。具体的には」


「そうですねぇ。異世界の住人だとか、外宇宙生命体だとか。あ、超常現象の塊みたいなお嬢さんも、ですね。あとは、反社会的勢力とか?」


「つまり貴様らはそういった危険因子を排除するためここに来たということか?」


「我々は国家公安組織ですよ?明示的に敵対していなければ、観測しているだけです。なので、本命は反社会勢力にすぎません。」


「なるほど、貴様の推測通り、ここには異世界の住人や外宇宙生命体、超常現象の塊はいるが、反社会勢力は存在しない。早々に帰れ」


「フフフ、いるじゃないですか。ここに。」


彼らの話を要約するとこうだ。

ヴィエリはこの世界で学習しながら仕事を探しているという話だったが、どうやらその仕事というのが『杉吉会』という反社会勢力のフロント企業への勤務だったとのことだ。

ヴィエリは魔法の活用で組織内でのし上がり、組織もまた大きく成長した。


それが影響して、他国や自国の権益に差し障る事態となり、教経を監視していたこの者たちが動いたということだ。


「そういうことであれば心配するな。ヴィエリは近々故郷に帰る。しばらくそれまで待て。」


その時大きな音とともに、再び玄関が吹き飛んだ。


「おーい、ヴィエリいるかぁ」


私は特異点を抱え込み、過労神経症に陥った流体金属インターフェイスの存在を思い出しながら玄関を振り返ったのだった。



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