第8話 究極生命体・金森由花

「なるほど、金森由花か。覚えておこう。私は石塚さおみという。」

「ヴィエリだ。」


「あの…おじさんの何なんですか?さおみさんは」


「同居人だ。それ以上の何者でもない」


彼女の持つ威圧的な雰囲気と異様なオーラに気圧され、宥めに近い回答となったのは認めよう。


「えっちなことはしたことありますか?」


「あるが、私の場合は愛情の交換が目的ではなく、単純に調査目的で行っているに過ぎない。君が思っているような関係ではない。私は君と事を構えたいわけではないのでわかってほしい」


懇願にも近い感情。

それほどにこの少女は恐ろしい。


論理跳躍を単体で行い、フィジカルリアクターさえ無自覚に使いこなす生命体を敵に回す手段がこちらにあるはずもない。


「どうすれば私は死なずに済む」


「二度とおじさんに近づかなければ」


「それは不可能だ。それは私にとって死すら生ぬるい選択だ」


「おじさんが死ぬほど大切ということですか」


「この男の観測・調査が私の任務だ。この任務を放棄するという事は我が一族すべての死を意味する。家族、といえば伝わるか」


「お前、宇宙人にも家族いんのか」


だいぶ口調の崩れたヴィエリだけが緊張感なく佇んでいる。


「刺激するようなことをいうなよヴィエリ」


「心配するな。嬢ちゃん、俺が遊んでやろうか」


爆ぜた少女の感情は、一直線にヴィエリの顎を捉えた。が


「まぁ待ちなよ、言ったろ?喧嘩したいわけじゃないんだよ。君は今後も変わらずノリツネの特別だ。だろ?ノリツネ。」


「う…うん」


確かに捉えたはずの少女の拳は、ヴィエリの掌に収まっている。


私は確かにこの瞳で捉えた。

ヴィエリの顎が砕かれた結末を。

そしてその様子を観測した結果発生した感情さえ認識している。


しかし、その事象が現時点で観測できない。


「本当?おじさん」


「本当だよ。ぼくとえっちしたい女の子は由花ちゃんだけだよ」


「でも…」


「ああ、こいつ宇宙人だから大丈夫だよ。」


「えっ、宇宙人だったの?ヤダ私ったら人間だとばっかり思ってしまって」


「誤解は解けたか」


厳密には私も人間ではある。しかし、こじれそうなのは目に見えているので、流体金属インターフェイスであるという体面でこれを交わす。


「宇宙人が地球人を調査するために来てるのなら、それはえっちではないし、かりにえっちに近いことをしてても、そこにそういう感情は生まれないもの。ごめんなさい、さおみさん。」


納得し矛を収めてくれたようだ。ひとまず一件落着ではあるが、独特な感性を持っているな。


しかし、一つ問題が片付いたところで、次の疑問に興味が向く。


「ヴィエリ」


「お、ようやく俺様の魔法か」


「魔法なのか」


「魔法だとも。驚いたかね」


口調がまるで別人のようだ。

精気に満ち溢れ、全てを見下ろすかのごとく。

もともとの人格がこうであったのか、悩みのタネから開放された解脱状態がこうさせるのか。


「どうやって魔力を取り戻したのだ」


「簡単だ。この世界の魔力はエーテル状となっていて認識できていなかったんだ。」


「エーテル…エーテル物理学の話をしているのか?」


「物理学というのは知らんが、こう…空気中に満ちあふれているエーテルを集めて魔力を錬成するってところだ。」


「ちょっと錬成するところを見せてもらえないか」


正直なところ、奴の話はざっくりしすぎていてアテにならないと感じていたところではある。しかし、目の前で見せられてしまっては信じるほかない。


何しろ、奴が行使した魔法とやらは、時間操作に当たるのではと推測している。

どういうロジックの事象なのかは把握できていないが、ただ事ではないはずだ。


金森由花といい、ヴィエリといい、特異点じみてきたな。


「いいよ。こうだ。」


ヴィエリの説明は全く意味不明で理屈に則ったものではなかったので、聞く価値はなかった。しかし、その事象は非常に興味深いものであった。


フィジカルリアクターの一種で、脳波に反応してエーテル粒子が変質し、任意の物質に『仮想的に』変質する現象だ。我々はこの現象や理論を『仮想連理』と呼称している。

大気中に充満しているエーテル粒子は、脳波に反応して変質する。

しかし、それは物理的変質ではなく、あくまで仮想的変質である。

脳波による干渉が途絶えれば、もとのエーテル粒子へと帰質する。


この特異な物質要素が解明の妨げとなっていたが、古くから様々な可能性をもたらす福音として注目されていた。


まさかこんなところでおめにかかれるとは。

仮想変質の端緒から終端までをすべて記録したため、この現象の再現は容易い。


流体金属インターフェイスの鼓動がこれほどまでに高く跳ねる状況が訪れるなど、全くの想定外であった。





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