第94話 ハルマイネ
雷撃戦隊の手配を終え数日が過ぎた。二十隻余りの艦が地球を取り囲んでいることになる。駆逐艦でさえ地上からでも簡単に観測できるため、このことについて日本政府に問い合わせが各国より寄せられているようだ。それがめぐって一条の取り仕切る七階の方に問い合わせが来ているのだが、全面核戦争に備えての宇宙船の配備だとも返答できないため、こちらからは日本政府に対して何も回答していない。各国ともアギラカナからの何らかのサインであると考えることだろう。
大陸中国の沿岸部に散在する海軍基地には目立った動きはないらしいが、首都防空も
一条からは、先日渡したデータは、合衆国のしかるべき機関に渡したと報告があった。詳しくは分からないが、各報道機関、大手メディア内で、季節外れの大規模な人事異動が行われているとアインから報告を受けている。
気が付けば、大使館前のデモ隊もいなくなっているようだ。メディア関係が正常化した後どういう形になるか知らないが、政界にもメスが入っていくのだろう。俺も、あの握手だけは二度とごめんだからな。
「艦長、アルゼ帝国内に配置しています探査機からの情報ですが、アルゼ帝国の辺境部、近年アルゼに併合されたハルマイネ星系で内乱が数日中に発生するもようです」
マリアが、俺に報告に来たのだが、不穏な話だ。
「内乱?」
「これまでも不穏な動きはあったようですが、一連の帝国の失態のような状況を見て決起を決断したようです。これまで、アルゼ側は併合時の混乱からハルマイネを復興させるため相当の資本を星系内の各惑星に投下してきたこともあり、簡単に惑星環境を破壊する規模での宇宙空間からの攻撃はできない可能性が高く、歩兵部隊の地表への降下が必要となると思われます。したがって、今後双方とも人的損害を含め多大な損害を出すものと思われます」
「泥沼の地上戦か。われわれアギラカナがその一因なわけだ」
「そうだと思います」
「とはいえ、内政問題には首をつっこみたくはないな」
「艦長。ハルマイネ星系近傍には、入植可能な惑星が数個あるようです。ハルマイネとアルゼ帝国との確執からこれまで入植が断念されてきた経緯もあるようです」
「うん? マリア、何が言いたいんだ?」
「はい、今回の紛争に介入してその入植可能な惑星をアルゼから譲渡させるのはどうでしょうか?」
「何のために?」
「おそらく、今回のアギラカナへの入植も、日本人以外に対象を拡大してしまいますと非常に不安定になるのではと心配しています」
「今でも、冷戦期なみに緊張しているわけだし、それは理解できるな」
「そこで、日本からの希望移民以外は、そういった惑星に避難させてしまうのはどうでしょうか」
「いい案だと思うが、他にも人類が入植可能な惑星はどこかにあるんじゃないか?」
「はい。これまでその方向では積極的に調査を進めていませんでしたが、今回の移民の件が発生したことをうけ、間を置かず調査した結果、多数の移民可能と思える惑星を発見しています。先日にもお伝えしましたが、どの惑星もそれなりに距離があるため、孤立してしまいますと文明が衰退する可能性が高くなると思われます。そういった惑星に対して継続的にアギラカナが関わっていくのなら問題はないでしょうが、そうでないならば、ある程度発展した人類型文明の近くへ移民した方が無難だと思います」
「うーん。そうだな。俺がアギラカナの艦長職を続けている間は問題ないだろうが、その後いつまでもアギラカナに面倒を見させるのは避けたいな」
「正確なシミュレーションではありませんが、日本人を除いた上での平均的地球人の一億人規模のコロニーはわれわれの干渉がない場合、三百年で原始化すると思われます。コロニー規模が二億を超えると、早期に内戦などが発生し、原始化までの期間が急速に短くなります」
「原始人か。いったん原始化したあと文明はよみがえるのかな?」
「地下資源の
「俺が勝手に決めていい問題なのかな?」
「艦長には、地球に対する義務はなにもないにもかかわらず、放っておけば確実に滅亡する地球人類に救いの手を差し伸べただけでも彼らは恩を感じる必要があります。現在でも三個雷撃戦隊が、全面核戦争を防ぐために地球上空に貼りついているわけですし」
「そうだな。地球に対する義務はなにもないと言い切れるかは怪しいところだが。わかった、アルゼ帝国、内乱側、双方の顔を立てる方法を考えてみよう。そうだな、その地上戦による双方の最終的被害想定を出せるかな?」
「正確さを求めるにはデータが不足していますが、概算は可能です」
「それじゃあ、頼む。その結果を見て何かできないか、考えてみよう」
「了解しました」
……
「艦長、概算ですがシミュレーション結果が出ました」
「どれどれ」
「今回内乱が起きる星系内の三惑星の現在の総人口は95億ですが、一年後の紛争終了時の人口は、二五億。内乱側の喪失有形資産は、全体の85パーセントに及びます。主な要因は、二惑星に対する惑星破壊兵器の使用です」
「地上戦を
「早期に投下資本の保護は諦めるようで、内乱側の士気低下をねらい、地上戦での苦戦を一気に覆すためまず人口の最も少ない惑星に対して惑星破壊兵器が使用されます。結果は逆に内乱側の士気が高まり戦闘が激化します。そして、次の惑星が惑星破壊兵器の犠牲となり内乱側の敗北で紛争は終結します。
条件などをすこしずつ変えながら千本ほどシミュレーションは行いましたが紛争期間、被害規模などは前後しますが、おおむね結果は変わりません。アルゼ帝国側の被害は、現地警察部隊と陸軍部隊合わせ六十万ほどが死傷します。
この内乱独立騒動で不安定化していた周辺星系も、惑星破壊兵器の使用による内乱の終結により一応の落ち着きを取り戻しますが、不安定状態が解消されたわけではないため新たな内乱の種となる可能性もありますが、そこまでのシミュレーションは行っていません」
「アルゼ側だけを見ても現代戦での被害とは思えないほどの大被害だな。これを材料に交渉するわけだが、失敗してももともとだしな。
マリア、この情報を先方に報せた場合、シミュレーション結果が変わってくると思うが、どうかな?」
「艦長がこの情報により、アルゼ側との交渉を行うことは想定内でしたので、そのようなシミュレーションも行っています。結果は若干アルゼ側の被害が減少しますが、内乱側の被害はほぼ変わりません」
「アギラカナが何らかの形でこの紛争に介入した場合どうだろうな?」
「パターン1として、アギラカナによるハルマイネの保証占領。この場合、ハルマイネ側に多少の被害が発生しますが、微小です。
パターン2として、艦隊による星系内艦船の拿捕を含む星系封鎖と示威行動。この場合ですと、ハルマイネの一般市民が多少の生活の不便を感じる程度で紛争が解決しますが、長期化する可能性もあります。
パターン3は、1、2の組み合わせです。これが最も効果的かつ確実なようです。示威行動についてはアギラカナそのものがハルマイネ星系に移動して示威行動を行えば最も確実ですが、艦隊単位でも問題はありません」
「なるほど。了解した。これから連絡する先をアルゼのマルコ提督と仮定してシミュレーション条件と結果のデータ転送は可能なのかな?」
「先方の端末には記憶装置が内蔵されていますので、問題なくデータを送ることが可能です」
「分かった。そっちの方の準備をしたうえで、マルコ提督を呼び出してくれ」
「了解です。……、
艦長、準備整いました。それでは呼び出します」
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