第93話 戦略原潜


 キトサップ海軍基地を出港した『コロンビア』は定数一六発の艦隊弾道ミサイル、トライデントⅡ(トライデントD5)を積んでいるが、いずれのミサイルも、核軍縮条約である新START失効に伴い最大弾頭数である一四発の核弾頭を積んでいる。コロンビアは合計二百二十四発の核弾頭(弾頭一発当たりの核出力は最大475kt、ちなみにリトルボーイの核出力は20kt程度と言われている)を搭載していることになる。


 コロンビアに搭載されたトライデントⅡにはすでに、攻撃目標の座標データは入力済みであるが、艦長を含めた乗員には知らされていない。


 そのコロンビアはいまアリューシャン列島西部のラット諸島の一島、キスカ島沖海面下200メートルに懸吊けんちょう停止しており、この位置から、大陸中国全土はトライデントⅡの射程内に収まっている。護衛のバージニア級攻撃型原潜SSN-26ポンぺオはデフコンレベルに応じた交戦規定に則りその周囲を警戒している。



 デフコンレベルの3への上昇に伴い展開中の潜水艦への通信中継用機(TACAMO機、Take Charge And Move Out)のE-6Bマーキュリーはすでに二四時間空中待機中である。


 国家軍事指揮センター(NMCC)からのデフコンレベルが3から戦争中を示す1まで上昇した情報とともに、核ミサイル発射命令が、ホワイトハウスからTACAMOを経由して、コロンビアに届けられると、同艦はミサイル発射深度まで上昇し、通信に付帯した二つの四桁の数字を艦長と副長がそれぞれ入力し、各々が持つ開錠キーを回して同時に射撃ボタンを押し込めば、全弾が順次発射される。その場合、発射途中での取り消しは出来ない。




 アインに指示して集めた大陸中国、南の日本の政界やメディアへの工作について、ああでもないこうでもないと、扱いに苦慮していたところ、珍しく一条が八階にやって来た。


「先輩、何かありました?」


「おまえにも関係があるから教えておくか。

 実は、大陸中国、民主朝鮮の政府内の電子情報から、日本に対する工作の内容を掴んだんだが、物的証拠など警察権のないうちではそろえることも出来ないし、扱いに困っていたところなんだ」


「先輩の集めた情報の中にはアギラカナがらみ以外の情報も入っているんですよね?」


「もちろんだ。基本的には、政界、メディア、そこら辺の大陸中国、民主朝鮮からの汚染度を調べたデータだ」


「それだったら、いっそのこと、合衆国にそのデータを渡してやればどうです? かなり両国間の間柄は険悪ですし、今の日本の内閣には合衆国もかなり失望しているんじゃないですか?」


「そうすると、今度は合衆国が今の大陸中国の立場になって、日本を牛耳ることにならないか?」


「その恐れは十分ありますが、大陸中国よりはましでしょう」


「そう考えればそうかもしれない。一条は合衆国がらみの伝手はあるのか」


「もちろん私自身にはありませんが、七階には外務省からの出向者がいますから大丈夫でしょう」


「それなら、一条に任せるか。俺もこの件についてはあまり深入りしたくはないからな。

 アイン、一条にあのデータをまとめたものを渡しておいてくれるか?」


「かしこまりました」


「そういうことで、一条頼む」


「了解でーす。ところで、先輩、先輩自身が日本や地球についてどう思っているのかはわたしは知りませんが、もう少し積極的にかかわった方がいいんじゃないですか? 無敵のアギラカナの宇宙船を背負っているんだし」


「うーん。ここ十数年、アギラカナで過ごしてきて、俺自身、地球に対する思い入れが少なくなってきているのは事実だな。一仕事終えて帰って来てみれば妙な連中が湧いているし。

 このまま、数百万人の移民を募ってしまえば後腐れなく、地球から引き揚げても問題ないとも思っている。すでにほとんどの生物の遺伝情報は取得済みらしいしな」


「そうしたら、先輩はこれから先何をするんです?」


「趣味に生きるさ」


「趣味って、あのweb小説?」


「そうだが、それがどうした?」


「いえ、たしかに、あの作者が先輩であると公表していないからあまり読んでもらえていないって言ってましたよね」


「最初は公表しようと思っていたんだが、それだと何か違う気がしてな。作家の良心?まあ、そんなところだ」


「それで、いまの読者の数が全作品を通じて推定二桁?」


「二桁も有ればすごいじゃないか」


「いいんじゃないですか。そう思って頑張っていけば。継続は力ですから。なんなら、わたしが出版会社を買いましょうか? そこから、出版すれば書籍化作家で注目度もちがいますよ」


「それこそ、作家の良心に反する」



 俺と一条がバカな話をしていたら、今度は自席にいったん帰っていたアインがやって来て、


「艦長、合衆国の戦略原潜に新たな動きがありました。これまで北極海を中心に展開していましたが、中心点を北西太平洋に移動させた模様です。また、潜水艦との通信用航空機も常時滞空している模様です」


「北西太平洋?」


「この移動で大陸中国全領域が戦略原潜のSLBM潜水艦発射弾道ミサイルの射程内に入ると思われます」


「もし、そいつらがミサイルを撃ったら撃ち落せるかい?」


「現状、クラインの0001雷撃戦隊が地球を周回していますので、周回を止めさせ、北海道の上空1000キロ辺りに静止しておけば簡単に撃破できますが、かなり入念に破壊しなければ多数のデブリが発生してしまいます。ミサイル数にもよりますが、多数ですとに破壊することは難しいかもしれません。また、合衆国が先制攻撃をした場合、大陸中国はもちろん、ロシアも自国が攻撃されたと思い、合衆国に対して報復攻撃を行う可能性もあります。いわゆる全面核戦争です」


「推定ミサイル数の二倍を完全撃破可能な数の船を出しておくか」


「0002および0003雷撃戦隊を地球に向かわせます」


「そのように頼む」


「それと、大陸中国側ですが、攻撃型原潜三隻からなる小艦隊が三群、計九隻、バシー海峡からフィリピン海へ抜け太平洋に進出し、カナダ方面に向かっている模様です」


「合衆国の戦略原潜が展開している方向か?」


「おそらく」




[あとがき]

フォロー、♡、☆、感想、誤字報告、みなさんありがとうございます。

何となく潜水艦を書きたくなったので出してみました。

リトルボーイ:広島に投下された原子爆弾

ミサイルの発射方法は適当です。

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