第90話 移民募集開始


 世情とは裏腹に、着実に移民の一時受け入れセンターの上物うわものができ上がってきた。


「一条、移民の受け入れセンターの方はすまないな」


 久しぶりに、八階に上がって来て、自分の机で緑茶を飲んでいた一条に礼を言っておいた。


 一条が八階の自席でお茶を飲んでいるのは何か俺に用事があるのか言いたいことがあるときのパターンだ。俺から話しかけられるのを待っている一条に何か言ってやらないとかわいそうだからな。


「えへへ、そっちの方は、ほぼ順調です」


「ほぼというのは?」


「工事現場の周辺に市民団体がやって来て工事の妨害をするんです。トラックの出入り口の前で気勢を上げるとかが主なところなんですけど、作業員の人たちが困ってしまって」


「ふーん。それはひどいな。一条の方の仕事は民間ベースなのにな」


「まあ、ニチアグループの看板を出している以上、アギラカナ案件だと誰でも分かりますから」


「なんだか、一部の市民に俺たちが嫌われているようだな」


「アインさんに言って、そういった連中の生体データ?を取って、全員の身元を調べてもらいました。そしたら、日本国籍を持った者が七割、残りの三割は日本国籍を持っている可能性もあるそうですが国籍不明でした」


「そうだろうな。まあ一条、がまんして仕事を進めて行ってくれ。何か事故があっても困るから、できれば現場の警備員を増やした方が良いかもしれないな」


「それは、もう手配しています」


「さすがは、ビジネスウーマン。抜かりはないようだな。他に何か困ったようなことがあるのか?」


「困ってはいないんですが、うちの事業に競合する他社がどうも原価を無視してうちから顧客を奪おうとしてるようなんです」


「ほう。原価無視ということはダンピングか。それはむちゃなことをする。おまえのところで使っている大きなハードウエアはほとんどアギラカナで作ったものだからタダみたいなものだろうし、固定費と言ったらほぼ事業所の維持費と人件費くらいなんだろ? そんなところと価格勝負するとはある意味尊敬できるな。このままダンピングさせとけばお客さんも喜ぶだろうし放っておけばいいだろ」


「ええ、ですので勝手に相手がつぶれるまで放っておくつもりです」


「おまえのところが財務的に困ることはないだろうが、必要ならこっちにはいくらでも現金があるようだからいつでも言えよ」


「そういったことはまず起きないでしょうが、その時はお願いします」


 どうも、いろいろな方面できな臭くなってきたようだ。一条には護衛を付けているからまさかのことはないと思うが一応警備してる陸戦隊の方にも一言言っておいた方が良さそうだ。


「アイン、そういうことだから、一条の警護には十分注意してくれと上の階の陸戦隊の方に伝えておいてくれ」


「了解しました」


「アインさん、よろしくお願いします」


 実際のところ、われわれアギラカナには直接的な被害はないのでたいした問題とは思っていないのだが、われわれの邪魔をして何がしたいのか、その気持ちが理解できない。


 ようは、十数年前のようにアギラカナがいない世界になれば、従来通り世界を自分たちで牛耳ることができるとでも思っているのか? そうだとすると、なるほどと納得できる部分もある。


 近い将来埋め戻されるとも知らずに、井戸の底で場所を取りあい足を引っ張りあってるかえるだな。それが土砂で埋め戻されるのを知った後は、他者を押しのけてでも必死に飛び上がろうとするが、井戸の底から飛び出ることはできないし、飛び出せたとしても、すぐに干からびて死んでしまう。われわれの好意だけが頼みの綱、命綱とも知らずに目先のことだけを考えて行動する。あわれなものだ。


 ここ一連の出来事で俺も少し疲れたようだ。妙なことをつい考えてしまった。




 一条とそんなやり取りをして、半月ほど過ぎた。


 アギラカナでは、移民の輸送用に太陽系クルーズ船を参考に貨客船を二隻ほどすでに建造している。クルーズ船と異なり船内には娯楽施設などは無いため、一隻当たり収容人数は余裕をもって二万名。地球、アギラカナ間をハイパーレーンゲートを利用して片道十二時間でつなぐことができる。人と物の出入りを考えても三日みっかに一往復は可能だ。また、アギラカナ側でも、外部に通じるシャフトの底にある宇宙港に移民受け入れ用一時宿泊施設と医療施設、また宇宙港から、移住先と考えている外周第二層へのエレベーターとエレベーターステーションの建設。エレベーターステーションから移住先へ移動するための輸送機の建造など準備を進めている。



 主要五都市の近郊に建設中の移民受け入れセンターの中で最初の移民受け入れセンターが上物だけだが完成した。


 場所は、新宿から私鉄で三十分ほど西に行ったところで、もとは一条のニチアグループ傘下の総合エンターテインメント会社アムールが出資していたシネコンなどの入った複合ショッピングモールだった場所だそうだ。そこをそのまま買収し、移民の受け入れセンターに改装したものだ。形の上では企業の研修センターのような物だ。


 センターの収容人員は五千人だ。かなり大きな建物なのだが、意外と収容人数は少ない。センターでは、アギラカナへの移民として選別・・された人たちの身体検査を行う。


 身体検査の後は移住先での住居の形態やとりあえずの職業などを決めてもらう予定だ。住居の形態とは、一軒家か集合住宅かということで希望の形態の住居を本人の希望になるべく沿う形でアギラカナから提供する。また希望する職業で必要な資材などがある場合、調達可能なものはアギラカナが調達し支給する。あらたにこれまで経験のない職業を希望する者には希望職種の職業訓練を一週間ほどかけてシミュレーターで行う。アギラカナ側としては農業、漁業を勧めていくことにしているがそれ以外でも可能なものならば対応するつもりだ。


 移住者たちはセンター内で十日ほど過ごした後、いったん解散し、各自の資産の処分や、事務手続きを済ませ、センターに五日後に再集合後、全員で横浜などの港に移動し、そこで用意した宇宙船に乗り込みアギラカナに向かうことになる。


 アギラカナに到着後、先の身体検査で異常が見つかった者については、宇宙港に新設した移民受け入れ用医療施設で治療が行われ、四肢欠損などについてもその場で義肢、義足を製作し支給する。




 先週から、ネットを通じてアギラカナへの移民の受付開始を告知をし、応募方法、移民条件などを提示している。


 移民への応募は、全国各地のニチアグループ企業の一部店舗などに設置した生体認証機器での認証登録を行ったうえ、移民を希望する旨を記した書類へ住所、氏名を自署し、その場で提出することにより応募は完了する。


 今の段階での応募者数は、すでに第一次受け入れ人数の十万を越え、軽く五十万に達していた。第一陣のセンターへの受け入れ開始は、一カ月後を予定している。一月ひとつき半もすれば最初の移民がアギラカナの土を踏むことになる。



 今回の移民の応募条件は、

1.応募者は申込時、満一八歳以上四十歳未満の男女で日本国籍を有する者。対象者は、応募者と配偶者がいる場合は配偶者および応募者本人と配偶者の一親等の血縁者。(応募者本人を含め辞退可)



 移住先での条件項目として、

1.移住先での衣食住は光熱関係を含めアギラカナ側で保障する。

2.なんらかの労働を行った場合その対価として、アギラカナの新通貨を支給する。

3.その他の物、たとえば娯楽関連の物を購入するには、アギラカナの新通貨で購入する必要がある。

4.新通貨と円との交換レートは当面1対1。日本円の持ち込み限度額は一人当たり百万円とし、すべて新通貨に交換。

5.移住時一人当たり百万単位の新通貨を支給する。アギラカナにおいて出生した場合、一人当たり百万単位支給する。

6.移住後十年の間にアギラカナにおいて不適格と判断された者は本国に強制送還される。



 プライマリーコアを破壊してしまった以上、移民の条件としてのアーセン人の血の濃さなどの問題はなくなったのだが、これからの応募者の選別にあたっては、移民申請手続き時に読み取る生体情報から、アーセン人の遺伝情報の多い順に、募集人数分までを最初の移民として選ぶとこととした。また、反アギラカナ的行動をとっていた者については無条件で移民不適格とすることにした。




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