第89話 会談後


 なんとか我慢して記者たちの前で半田首相の汗で湿った手と握手をした後、早々に首相官邸を後にして、大使館に帰って来た。もちろんアインには国籍離脱手続きを進めるよう頼んでいる。


 大使館に帰る途中、大使館の敷地の前の通りで、横断幕を先頭に、数百人規模の『市民』がデモ行進していた。手にしたプラカードには、「宇宙人は出て行け」「アギラカナNO」「宇宙人ゴーホーム」といったものがほとんどだったが、中には俺の読めない〇□文字で書かれたプラカードや簡体字で書かれたプラカードが散見された。


 普通は警官が道路にデモ隊が広がらないように指導などをするものだと思っていたのだが、警官はどこにも見当たらない。


 道に広がってゆっくり進むデモ隊の脇を車で追い越して行ったのだが、低速な車の中を覗き込んでくるものや、車に手を伸ばしべたべた触ってくる連中までいる。車外から車内は見えないのだが、非常にうっとうしい。国番号999から始まる外交官ナンバーに気づいたデモ隊がさらに大きな声で気勢を上げ始めた。


 先頭の横断幕に赤字で書かれていた「日本を守る市民の会」という字の下に小さな字で日本労働党と書いてあった。たしかこの政党は現連立政権の中核政党の一つだったはずだ。この近辺でのデモは規制されていると以前アインから聞いたことがあったのだが、聞き間違いだったのか、拡声器を持った連中が大きな声で、「宇宙人は出て行け」と何度も連呼している。


「うるさいな。大使館の中にいるときは気付かなかったが、こうして間際まぎわで見るとかなり迷惑だな」


「申し訳ありません、何度も日本政府の公安当局にこの近辺でのデモは以前のように禁止するよう申し入れているのですが、いい返事はもらえていません」


 アインが謝ってもどうにもならないので、そのことはおいておき、


「どういうつもりでわれわれを排斥はいせきしようとしているのかはわからないが、近隣の国からの日本への影響力が以前と比べてだいぶ大きくなっているようだな」


「艦長。同行中の陸戦隊員から指示を出してほしいと連絡が入っています。こんなところで徒党を組まれても邪魔ですから、排除指示を出しますか? 取りあえず、この集団の全員の生体データの収集は終わりました」


「俺たちにはこの国での警察権があるわけではないから、それはできないな。大使館の敷地に入ってくれれば話は別だが、ゲートの守衛の人たちもこっちで採用した一般人だが、あんな連中を敷地内に入れるはずはないからな。通行の邪魔になる連中だが、時間が来たら解散するんだろ? 大使館の中にいれば気にならないし放っておくしかないな。ここでデモをしている連中が世の中の全てではないということは理解しているつもりだが、どうも気力はそがれるな。

 アイン、移民については、一条に確認して今作っている一時受け入れ施設で受け入れ可能な移民の枠をどの程度増やせるか確認してくれ。なるべく早く枠を増やして、早いうちに移民の数を年間二十万、いや五十万まで持っていこう」


「了解しました」


「この惑星の状況をここの集団にしらせた場合、どういった行動をとるのでしょうか?」


 マリアが俺に率直な疑問を投げかけてきた。


「俺たちに助けを求めてくるんじゃないか。いまこういった行動をとっているのも自分で考えての行動ではおそらくないだろうし」


 さらに、マリアが不審そうな顔をして俺の方に顔を向ける。


「マリア中佐、地球人はわれわれとは本質的に異なるのです。こういうものだと理解した方が理解が進むと思います」


 地球人のほとんどは、アインの言う通り、こういった連中なんだろう。俺まで妙に納得させられてしまった。




 大使館の執務室に戻り、自席でマグカップに入ったインスタントコーヒーを口で冷ましながら、今日のことを考える。


 フーッ。


 とコーヒーを吹く息の力が抜けてため息っぽくなってしまった。執務机の上のモニターには、今日の会談についてのニュースがむなしく流れている。


「本日、山田圭一アギラカナ代表兼アギラカナ駐日大使が総理官邸を訪れ半田首相以下主要閣僚と会談を行いました。

 政府の発表によりますと、アギラカナ代表との首相以下の粘り強い交渉により、日本政府がアギラカナに貸与していた一兆円の返済が行われることになりました。また、これまでわが国からアギラカナ大使館に対し貸与していた大使館の土地につき、その使用料として年間二百億円の支払いに応じることをアギラカナ側が承諾しました。加えて、東京上空の宇宙船も近日中に移動することにも合意したようです」


 この星の上に棲むものの未来について考えていかなくてはいかないのだが、いっそのこと、俺の次のアギラカナの艦長に先送りしてしまおうか。俺と違ってしがらみがないぶん合理的な結論を出してくれるだろうからな。




 約束は約束のため、日本政府との金銭関係の取り決めは即日実行した。


 俺が、この大使館にいるため、軽巡クラインは現在は高度36000キロの静止衛星軌道上にいる。その程度の距離ならたいていのことは対応できると思い、東京上空のブレイザーも二十二時をもって月のAMR上空に移動させることにした。


 十数年間東京上空にあった長ぼそい月が夜間にひっそりと移動したことに気づいたものは少なかったと言われている。



 為替市場も株式市場も、俺と日本政府との話し合いの結果を見て以降、いろいろな憶測が飛び交い大きく乱高下らんこうげしたようだが、午後には取り敢えずの落ち着きを取り戻したようだ。株式、為替についてはそれで一応落ち着いたが、夜間、S&〇や〇ーディーズといった海外格付け機関が一様に日本国債を2ランク格下げしたことにより、日本国債の価格が暴落し、為替も一気に円安に振れたが為替の方の振れ幅はさほどでもなかった。


 日本国内の経済団体からもアギラカナに対する政府の対応に対して午後から相次いでメディアを通じ懸念が表明されたようで、政府内では思ってもいない国内外の反応に戸惑っているようだ。


 その程度のことも予測できない政府であることが国内外に露呈ろていし、経済界からもダメだしされた現政権は、一気に苦境に立たされるだろう。



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